第32話 復帰

「すいませんでしたぁーっ!」


 初手、土下座。

 部屋の玄関、僕たちを出迎えてくれた堀田さんと五十嵐さんへ全面降伏。

 なぜか、珀さんのついでとばかりに僕も土下座を強要された。


 曰く、一蓮托生だよん。連帯責任だよん。ちゅーした仲じゃないか。

 ……早々に、コンカツパートナー解消の危機が訪れました。


「勝手に辞めると言い出して! やっぱり、戻って来て! すいませんでしたぁーっ!」


 珀さんの土下座は、腰の低さから手の位置にかけて見事と述べる他なし。その平伏ぶりたるや、とても素人の業にあらず。プロの所業と言わざるを得なかった。


「珀ゆのん、散々周囲に迷惑をかけたのだぞ。まさか、謝罪すれば済むなどと浅はかな考えではあるまい?」


 五十嵐さんが、冷たい瞳で下手人を見下ろしていた。

 待て。よく観察したら、僕の方だけに怜悧な視線が飛んでいる。なぜだい?


「うぅ、澪ちゃん……分かったよん。君はボクに、切腹しろと言うんだね。短い付き合いだったけど、澪ちゃんと友達になれて良かったぜ。介錯は――任せよう」

「いや、そこまでは言っておらんのだが」


 五十嵐さんは基本女子に優しいが、面食らっていた。


「澪さんは、本当にゆのんさんを心配していたんですよ。自分に何ができるか、わたしに相談までして。厳しく振る舞っても、一番喜んでいるのは澪さんだと思います」


 堀田さんが膝をついて、珀さんへ優しく語りかけた。


「堀田ナナミーナ、そんなもの憶測だろう。断じて、私はコンカツに反対なのだ。自ら洗脳教育から抜け出す者が現れれば、むしろ好ましく思うのが道理だ」

「そんなに照れなくても良いと思います。今回、久能くんに協力的でしたよね? 二人をトップ争いまで押し上げた功績は、澪さんに間違いありません」


 堀田さんが自信満々に、五十嵐さんの手を握った。

 確かに、あのお尻の妙技には感動したよね。身体を張ってくれました。


「フン、これ以上は押し問答か。興が削がれた。珀ゆのんの処遇、勝手にするが良い。私は稽古に戻るぞ」


 五十嵐さんはプイッとそっぽを向いてしまい、そのまま外へ姿を消してしまった。


「澪ちゃん、ボクには勿体ないくらい良い子だぜ」

「五十嵐さんは一応僕のパートナーだよ」

「なんだい、明爽くんにはボクがいるじゃないか。それで満足しておくれよ」


 顔を上げた珀さんが嗜虐的な笑みを漏らすと。


「おっほん。久能くんのパートナーとして! わたしも、ゆのんさんに物申しますっ」

「謹んでお受けするよん」


 土下座から正座へ姿勢を変更。やはり、僕も同伴。


「ゆのんさんは普段、だらしないです! 朝、ちゃんと一人で起きてほしいです。朝ごはんの代わりにお菓子を食べてはいけません。服を脱ぎ散らかすのも禁止です。部屋の整理整頓を心がけましょう。フラフラと一人でどこかへ行かないでください。それから――」

「っ!? その通り過ぎて、何も言い返せないぜ。へへっ」


 ノックダウン寸前まで打ちのめされた、グロッキー珀。

 さて、トドメの一撃は。


「お帰りなさい。戻って来てくれて、すごく嬉しいです」


 堀田さんが当然の流れのごとく、珀さんへ抱き着いた。


「……うん、身勝手でごめんよ。ボク、変わらないとね」

「いえ、良いんです。元々、大事に至らないと思っていましたし」


 堀田さんが振り返った。


「久能くんは、パートナーを救う人です。それに、ゆのんさんがいくら逃げたところで、絶対に元の鞘に収まると。HUKAN先生もワタシが付いてると仰っていました」


 万能AIの証言は極めてテキトーなものの、堀田さんの信頼は嬉しかった。

 珀さんのコンカツ復帰、オーケー。一抹の不安が解消。めでたし、めでたし。


「……ところで、久能くん。わたし、視力には自信があるんですよ?」


 ふと、流れが変わった。


「ラストの直線、二人の顔が妙に近づいた瞬間がありましたね」


 ニコニコと可愛らしい笑顔のはずなのに、僕はちっともときめかない。


「全然、ちっとも、あり得ないと思うのですが……まさか、わたしたちが心配する中、二人の世界に耽っていませんよね?」


「明爽くん……強引だったぜ。ボクの初めて、奪われちゃったよん」


 あ、逃げた! まるで、被害者面! 女性はしたたかだって、ネットに書いてあった!

 堀田さん、犯人はあっちですよ! 冤罪がなくならないわけだ!


「久能くん?」


 さりとて、とても表情を窺えない堀田さんは静かな口調で。


「久能くん? ゆのんさんにしたんですか? ゆのんさんにしたんですか? 久能くん」

「うわぁああ、もうこんな時間!? 比木盾君とイケメン打倒会へ行かないとっ」


 満身創痍の身体に活を入れ、僕は平然と限界を超えた。

 目下、加納君さえ参ったと言わせる速度で駆けていく。本番で出したかったよ。

 途中、五十嵐さんとすれ違った気がするが火急の件だ。


「逃げたら認めたことになりますよ! あまり怒らないので、白状してください!」

「今度は明爽くんが部屋を抜けるのかい? まったく、君たちと一緒だと大変だよん」


 イベントが終わろうとも、喧騒は続く。

 あとは、期末テスト。


 また問題が起こる予感が綺羅星のごとく降り注ぐ。

 どうせ、HUKAN先生にイライラさせられるのは決定事項。

 それでも、僕たちが協力すれば大丈夫と独り言ちるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る