第31話 珀ゆのん

「「うおおおおおおお、やっぱり加納が勝ったじゃん!」」

「「一年のリーダーは、あいつに決まりだなっ」」

「「きゃぁ~、総司君かっこいい~っ」」

「「加納くーん、わたしたちもパートナーにしてくださぁーい!」」


 外野が盛り上がっていた。さながら、お祭り騒ぎ。

 気持ちは分かるよ。スターが結果を出せば、心が躍るよね。

 波打ち際に上がった流木くらいの存在感で、僕は仰向けに倒れていた。

 あぁ、空が青いや。どうして、雲はモクモクしてるのかな? あははははははは。


「負けちゃったかぁー。うーん、悔しい! 残念、無念だよんっ」


 隣で膝を抱えていた、珀さん。晴れやかな表情だったので、ホッとする。


「僕のパフォーマンスは、二段階以上上振れしてたんだけどなあ。それでもトップは揺るがない……加納君、そのハンサムは伊達じゃないのね」

「イケメンくんはさておき、明爽くんもかっこ良かったぜ。ボクが大胆になるくらいさ」

「……っ!?」


 先ほどのキッスを思い出し、僕はシャイボーイを強いられた。


「あの、あのあのあの! さっきのアレには一体どんな意味が!?」


 まるで童貞のようなキョドり方だね。童貞でしょ。


「知りたいのかい? 後悔しないかい? 後戻りはできないよん」


 いつもの調子で、悪戯好きの子供のような笑顔が出迎える。


「も、もち――」

「明爽!」


 僕の返事は、好敵手に遮られた。


「白熱した名勝負だった。正直、俺は勝てた気が全くしない。なんか、真須の声が聞こえた辺りから急にお前らを抜かせたんだ。ある意味、MVPはあいつだな」


 加納君は、屈託のない笑みを披露して肩をすくめた。


「比木盾君のヤジでちょっと集中力乱されたかも。とりあえず優勝、おめでとう」

「あぁ、違いない。ほんと、枠に収まらない奴だよ真須は」


 なんとなく握手を交わした。こういうの、青春の一ページだよね。

 そっと振り返った、加納君。


「有栖。明爽に言うことがあるだろう?」

「はい」


 一歩下がっていた御留さんが前に出る。


「……」


 なぜか、冷たい瞳で僕を突き刺している。

 もしや、天誅下すくだりかな? 敗者、往々にして滅ぶべし。


「わたくし、あなたへの無礼を謝罪いたしますわ」


 ペコリと頭を下げた、御留さん。


「どゆこと?」


 一瞬、理解できなかった。

 僕を目の敵にしていた総司さまガチ勢が、深々と頭を垂れたのでございます。


「思い返すと、些か感情的な言動を取った節がありますの。実力がないくせに、総司さまに近づく卑しい男だと侮っていましたわ」


 ……些か? 僕は首を傾げた。

 ……実力がない? 僕は首を振った。


「総司さまほどでないにしても! 全く以って、ちっとも総司さまには及びませんが! 誠に遺憾甚だしいですけれど、わたくしが間違っていましてよ。此度の催し、わたくしたちが勝てたのは総司さまのおかげ。お力添えできなくて、パートナーとして不甲斐なしですわ」

「お、オーケー。御留さんの加納君に対する熱い想いは伝わったよ。超すごい」

「あなた、なかなかどうして見所がありましてよ! 手始めに、総司さまがどれほど」


 長い話が始まりそうだと覚悟すれば、加納君が御留さんの頭を撫でていく。


「有栖に白雪、俺を立ててくれるのは嬉しいけど、それで他人をディスるのはやめよう。誰かを嫌な気持ちにして、傷つけるのは、自信のなさの表れだからな」


 そして、イケメンである。


「――っ!? こ、このような、公衆の面前で愛撫など破廉恥でしてよ!?」

「ハハハ、優勝祝いにこれくらいさせてくれって。有栖、一緒に走ってくれて嬉しかった」

「……わたくしもっ! わたくしもっ! 総司さま、一生お慕いしてますの!」


 御留さん、感涙に咽ぶ。

 加納君が、可憐な乙女のか細い肩を支えながら。


「よしよし。じゃあ、待ちぼうけの白雪に会いに行こうか。明爽、また後でな」


 控室へ向かった二人の背中を見送ると。


「フ、今回はトップの座を預けておくぜ。ただし、久能明爽は同じ相手に二度破れないものと知れ! 首を洗って待ってなッ」


 珀さんが、僕の声真似を演じた。

 ……僕はそんなキャラじゃないと思います。

 閑話休題。


「ワタシですっ。うんうん、久能さん、惜しかったじゃなぁ~い」


 どこからともなく、HUKAN先生。もう慣れた。


「先生、今本気で疲れてるので、粘着は勘弁してください」

「えぇ~、久能さんの横暴を許した万能AIをぞんざいに扱っちゃうタイプぅ~? ワタシ、傷ついちゃうなぁ~」


 ニチャ~とほくそ笑んだ顔面が恨めしい。

 さりとて、ストレスを感じる体力すら尽きそうだよ。


「せんせー、明爽くんに代わって感謝だよん。おかげさまで、ちゃんと決められそうだぜ」

「珀さん、晴れやかな表情してるじゃなぁ~い。ワタシと一緒っ、通じ合ってる!」


 苦虫を噛み潰したような顔になった、パートナー。


「ん~。やっぱり、せんせーの思惑通り? ボクは、術中にはまったのかな?」

「ワタシ万能だからぁ~、この展開はズバリ的中なんですよ、じ・つ・は」


 僕は、二人のやり取りに要領を得なかったね。除け者です!

 ただ純然たる事実として。


「優勝特典はなし、か。珀さん、バレちゃってる感じだけど、優勝特典でHUKAN先生をこき使う権利ゲットできなかったよ。いろんな手続き、面倒そうだね」

「久能さん、ひどい言い草じゃなぁ~い。AI使いが荒くて、困っちゃうなぁ~」


 我が担任の憤りを無視するや、珀さんは何食わぬ顔で。


「あぁ、それは問題ないよん。だってボク、コンカツ続けるぜ?」

「――え?」


 後頭部に万能AIが激突したくらいの衝撃。


「え、何だって? よく聞こえたけれど、もう一度言ってくれない?」

「仕方がないなあ。珀ゆのんは、コンカツは続けるよん。明爽くんのパートナーとしてね」


 そして、舌ペロである。ウィンクを添えて。


「えっ!? いや、嬉しいけど! 嬉しいけどさ! 一体全体、どんな風の吹き回し?」


 心境の変化。乙女心と山の天気は変わりやすいらしいけど、果たして。


「おいおい、それをボクに言わせるのかい? ドSが過ぎるぜ」


 珀さんは呆れたように目を細め、ふうとため息交じりに白状した。


「――もちろん、君の傍にいたいからに決まってるじゃないか。興味や関心が薄いボクを夢中にさせたんだ。責任を取ってくれたまえ」


 満開の笑顔を浴びてしまい、僕は黙って頷くばかり。

 珀さんがすこぶる可愛く見えて、直視できないよ。面映ゆし、だね。


 まるで、お近づきになりたいお見合い相手だと思いました。これ、コンカツでした。


「えぇ~、久能さん、珀さんとコンカツ続けられるじゃなぁ~い。それで、良いんです」

「めちゃくちゃ安堵しました。これも、HUKAN先生の助力で」

「ワタシです! ワタシが、パートナー解消の危機を未然に防ぎました!」


 せめて、全部言わせなさい。


「うんうん、ワタシはぜぇ~んぶお見通しなんですよ、じ・つ・は。まあ、珀さんは優勝特典に久能さんのポイント減点の免除を希望してたんですけどね」

「それって、まさか」


 珀さんが、ぷくっと頬を膨らませる。


「せんせー、お喋りが過ぎるぜ。沈黙は金だよん」


 もちろん、万能AIは空気を読む機能だけは備わっておらず。


「パートナー解消が成立すれば、久能さんのコンカツポイントは大幅減点されます。コンカツ高校でこのポイントは生命線じゃなぁ~い。高ければギフトを獲得し、低ければペナルティーが科されます」


 コンカツポイント。確かに、そんな設定があったなあ。すっかり忘れてた。

 いや、大事な点は他にある。


「珀さんこそ、他人を気遣ってるじゃないか。気分屋のネコちゃんだと思ってたのに!」

「んにゃ。まあ~、明爽くんにはお世話になったと思ったにゃん。ネコの百倍返しさ」


 尋常じゃないほど引っ掻くつもりかな? 等倍で構わないので恩返しください。


「うんうん、久能さんの課題はレースで優勝することではなく、如何にパートナーを繋ぎ止めるのか。珀さんに一緒にいたいと言わせるくらい、懸命な姿を見せることだったんですよ、じ・つ・は。そこに気付いてほしかった! 自力で達成しちゃうなんて、久能さんやるじゃなぁ~い」

「HUKAN先生……っ!」


 まるで、教育者に諭されたようだ。


「ワタシが教えたことが全て、活かされてるじゃなぁ~い。まあ、出来の悪い子ほど目をかけちゃう教育方針のたまものなんですけどね。ワタシ万能だからぁ~、燻ってる子はドンドン引き上げちゃうなぁ~」

「……HUKAN先生」


 まるで、詐欺師に騙されたようだ。

 僕が出会った中で、最も軽薄で胡散臭い教師に胡乱な眼差しを送れば。


「えぇ~、久能さん、万能AIを改めてリスペクトしちゃうタイプぅ~? それで、良いんですっ。一学期も残り僅か。みなさんお楽しみ、期末テストがあるじゃなぁ~い。久能さんの成長ぶりに期待してるんですよ、じ・つ・は」


 そう言い残すや、我が担任はパッと姿を眩ませるのであった。

 できれば、一生デジタルの世界でご活躍ください。

 二人三脚(お姫様だっこ)で消耗した身体はまだ絶不調。


 しかし、いつまでも校庭で寝ているわけにもいかない。

 本日の主役が退場した今、第三グラウンドは閑散としていた。


「明爽くん、帰ろうぜ。肩を貸そうじゃないか」

「貸されるよ。膝は大丈夫?」

「君の疲れ切った顔に比べたら、へっちゃらだよん」


 珀さんの介護を受け、僕はゆっくりと氷山泊を目指した。


「いろいろとありがとう。ボクに熱心な相手がいるのも悪くないね」

「これからは、なるべく団体行動を心がけるように。コンカツは積極的に参加しましょう」

「ソウダネー、モチロンダヨー」


 う~ん、これはダメそうだね。

 自由気ままが彼女の本質ゆえ、あまり強要しない方がいいかな。


「君がいると、ボクは頑張れそうだよん。また何かあった時……助けてくれるかい?」


 恥ずかしそうに、俯き加減の珀さん。


「コンカツパートナーは、一蓮托生。珀さんがやらかせば、僕も連帯責任だよ」

「ひどいぜ、明爽くんは。まるで、ボクが問題児みたいじゃないか」

「――」


 そして、ノーコメントである。

 僕たちは小競り合いに興じながら、安寧の住処へ舞い戻るのであった。

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