第30話 真のリア充

「こちら、会場は第三グラウンド。間もなく、コンカツ・デッドヒートサバイバルのトップを独走するペアが現れます! おぉーっと、言ったそばから加納・御留ペアの登場だぁーっ! 正直、予定通り! 予定調和! みなさん、想定内の展開で無感動しょうが、ゴールするまでがレースです。一位じゃなくても、頑張ってる人がたくさんいます。実況席を盛り上げるつもりで応援お願いします。たとえばそう……優勝者がほぼ決まった中、たった今グラウンドへ駆け込んだ久能・珀ペア! ……え、久能が来たん!? 間に合ったん!?」


 屋良瀬君のすっとぼけた実況を拾いつつ、僕は懸命に走った。

 息が辛い。腕がつらい。腰が痛い。

 身体の悲鳴は、枚挙に暇がない。

 されど、全てを吐き出さなければ彼に追いつけない。まして、超えるなど!


「久能・珀ペア! なぜか、お姫様だっこで最終局面に乱入だぁぁあああっっ! 種目は二人三脚のはずだろッ。マジどうして競技違い!? はい、今情報が入りました。コンカツの責任者、HUKAN先生が許可したそうです。ほんと、あの万能AIいつもメチャクチャだな! 実況的には、盛り上がってくれて助かります。いいぞもっとやれ!」


 トラックの第一コーナー、ついぞ加納君たちの背中を捉えた。

 後続の姿が消え、余裕だったのだろう。ゆったりとパレードさながらの凱旋模様。


「主役は遅れてやって来るのかい? やっぱ、そうこなくっちゃな……っ! 明爽、お前は期待を裏切らない!」


 ようやく並んだと思った途端、加納君が嬉しそうに口角を上げる。

 一ミリも余裕がない僕は多分、彼をギラギラと睨んでいたね。ごめんよ。もうしわけ。


「曲者っ! 惰弱者っ! 半端者っ! わたくしと総司さまの蜜月を邪魔するなんて、万死に値しますわ! ひとときの逢瀬を踏みにじった蛮行、天誅下してくれましてよ!」


 御留有栖さんが、ほんまもんの睨みで凄んだ。勉強になります。


「有栖ちゃん、ここはワンダーランドじゃないんだぜ? 発狂しないでくれたまえ」

「きぃ~~~~っっ!」


 珀さん、ドヤ顔で煽らないでね。

 この恨みつらみ、どうせ僕へ放たれるんだし。

 第二コーナーを抜け、まだ加速が乗らない加納君たちを置き去りにした。


「なんと! なんとなんと!? 先頭が入れ替わったぞ。まるで、ドラマだなッ」


 僕もそう思います。

 全くリードとは言えない僅差を少しでも広げようと、歯を食いしばれば。


「やっちまえー、久能っ! イケメンだけには優勝を許すな!」


 比木盾君の声援もとい私怨が届いた。


「久能さん、ファイトですっ。あと少しですよ!」


 堀田さんに応援された。


「疾く駆け抜けろ、久能明爽! これまでの狼藉、優勝で清算するがいい」


 五十嵐さんが激励した。


「ボクはちゃんと掴まってるよん。今度は、明爽くんに合わせようじゃないか」


 そろそろ限界と思った矢先、皆の声で元気を取り戻した。

 復活した活力により、鉛のように鈍くなった脚に潤滑油を差していく。

 第三コーナー、僕たちがまだ先行。ヒシヒシと背後に追跡者を感じた。


「ついに、最終コーナーぁぁあああーーっっ! 並んだ! 再び、並んだぞ! 追いつき、追い越せ、手に汗握れッ。まさしく、デッドヒートサバイバルに相応しい白熱したレース展開を繰り広げております! 我々は、こういうのを待っていたぁぁあああーーっっ!」


 僕は、死神の鎌で首元を撫でられたかのような寒気に襲われていた。

 一歩踏み出す度、応援の一時的ブーストが消えていく。

 リミットブレイクの時間は、もうおしまい。そんな宣告をされていた。

 何度もムチャを許したツケを払えと、利息として最も大切なスピードを奪われる。


「――真の主役は、総司さまですの。これまでも、これからも。いい加減、増長した脇役は引っ込んでくださいませっ」


 総司さまガチ勢がすれ違い間際、どこか勝ち誇るように僕へ流し目を送った。

 ……そんなこと、言われなくても僕が一番よく理解してるさ。

 挑戦者はいつも、無謀だと笑われる。だから言っただろと落胆される。


 しかし、挑まなければならない時もあるんだ。たとえ負けが濃厚でも、必死に足掻く必要がある。今がその時じゃないか。


 徐々に引き離されていく高い壁。加納君の背中がとても大きな山に見えた。

 濃霧が立ち込めるごとく、視界はぼやけていた。僕はどこを走っている?


「顔色が悪いぜ、調子でも悪いのかい?」

「そうだね……そろそろお迎えが来たみたい」

「往生するのは早いよん。明爽くんはもっと、往生際の悪さがウリじゃないか」


 いつ倒れてもおかしくない僕に、珀さんがニヤリと笑みを漏らした。


「これは前払いだぜ? お疲れの君へ、ボクから特別なプレゼントさ」

「え――っ!?」


 突如、開いた口が塞がった。

 いや、開いた口が塞がれた。


 気付けば、僕の唇に薄桃色の柔らかいものが押し付けられている。甘いような、心地良い温かさに包まれた。


「ふふん、美少女のキスはどうだい? ボクのちゅーはなかなかレアだよん」

「ど、どどど、どうして!?」

「さっき、言ったじゃないか。前払いだって。じゃあ、報酬を頂こう。高くつくぜ」


 珀さんが耳元で囁いた。


「――最後まで君の手で、ボクをゴールまで運んでくれよ」


 風前の灯火だったはずの活力が、全身を振り絞って捻出された。

 あと少し。ほんとにちょっと。ぎり寄りのぎり。泣きの一回。フリじゃないのよ?

 脳や神経が、深い溜息を吐いたのは杞憂にあらず。交感神経、大激怒。


「もしや、これってドーピング?」

「さあね。けれど、男子をやる気にさせちゃうボクは罪な女だぜ」


 そして、ドヤ顔である。


「よし、引き受けたよ。しっかり掴まってて!」


 最後の直線、視界がバチンと弾けた。瞬くほど痛みが走るが、もはや意識の外だ。

 不思議と、加納君の動きが緩慢に見えた。一挙手一投足や息遣いを捉えるほどに。

 当たり前のことだが、彼らもすごく疲弊している。


「――来た、来たっ、キタァァアアアーーっっ!? 久能・珀ペアの復活だぁーっ! これは何だ!? 意地か、根性か!? ゾンビのようなしぶとさに、実況席はドン引きです! 恐ろしや、コンカツ高校唯一のカルテット! ……なあ、久能君。逆境に強すぎへん!?」


 実況が選手に話しかけるな! 今、超絶忙しいから!

 僕はゾンビよろしく、涎を垂らすほど必死にもがいていた。

 グラウンドを底なし沼と錯覚するくらい、地面を蹴る力が露骨に弱っていた。

 あと数秒があまりにも長い。だが、状況はあちらも同じのようで。


「すげーよ。お前は、すげぇ! 俺をここまで追い詰めた相手は、久しぶりだぜッ」


 加納君も限界を押し殺して、痩せ我慢と一発で分かる笑みを作った。


「うおおおおぉぉぉぉオオオオオオーーっっ!」


 みっともない格好に関して、僕が加納君に負けるはずがない。

 泥仕合の様相を呈すれば、平然と何でもさらけ出す者が勝つ。

 残り数メートル、ようやく僕たちは先頭へ躍り出た。

 足はまだ動かせる。気持ちもある。大丈夫、イケるね。


 他の分野では全敗するだろうけど、今回の勝負だけは頂くよ。

 ゴールテープは、僅かに手を伸ばせば届く距離だった。

 ――否。


「やったか!? イケメン、破れたり! へへ、ざまあみろッ」


 別に、比木盾君の慢心がきっかけとは思わない。

 得てして、フラグとは結果論に過ぎないのだから。

 ……ところで、加納君は真のリア充である。


 散々、言ってきた。繰り返しになるが、真のリア充とは場を整える権利であり、義務を課せられている。自然体でこなせるか、ファッションリア充との致命的な差なのだ。


 しかし、実はもう一つ特徴を備えている。


「せやぁぁぁああああアアアアアアーーっっ!」


 ゴールまであと一歩。気合が衝突した。

 思いの丈全てを吐き出した僕の前へ、ジリジリと抜け出す姿があった。

 やれやれ、脱帽だよ。苦笑するしかないね。


「……真のリア充とは」


 ――場を盛り上げてなお、結果を出す。

 勝敗の鐘が響き渡った。


「決まったぁ~~~~っっ!? 決着です! コンカツ・デッドヒートサバイバルを制したのは、加納・御留ペアだぁぁあああーーっ!?」


 ゴールへ飛び込むと同時、僕はその場に倒れ込むのであった。

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