第29話 二人三脚

 第五種目。

 二人三脚。

 コンカツ高校の外周を一周して、第三グラウンドのテープを切る。


 僕たちカルテットの最終種目だ。

 図らずも、今回の相棒を務めるのは珀さん。


「トリは、ボクたちかい? ナナちゃんと澪ちゃんに金メダルを届けるぜ」


 まあ、競技の順番はどうせ我が担任が細工している。これは必然だろう。

 運命の? 赤いヒモを足首に巻き付け、僕たちは走り出す。

 外周を半分走った頃。


「ふうふう、スタミナあるねー。君、運動部だったのかい? それにしても、ボクと足並みを揃えるなんてやるじゃないか」

「リア充グループは、イベントに興じて年中忙しかったんだ。休む間もないほどにさ」


 受験を控えていようが、昼休みはバドミントン。週一のフットサル。月一のバスケ。

 あいつら遊んでやがると陰口を叩かれたが、一軍メンバーは基本成績が上位である。


 彼らの平均点を下げたのは紛れもなく僕で、勉強を教えてもらったのはまた別の話。


「珀さん、歩幅というか走り方が独特だよ。緩急の癖が強いっ」

「だから、褒めたんだよん。スゲーぜ、明爽くんは」


 感心していた、珀さん。

 二人三脚で、チェンジオブペースを披露しないでね。乱すな、危険。


「久能・珀ペア、猛追です! トップはすぐそこ、目と鼻の先だぁーッ」


 そよ風に背中を押されるように、僕たちの旅路は順調だった。

 足並みが揃わない、見知らぬペアたちを追い抜いていく。ゴボウも抜こう。

 もたついたコンビ諸君を置き去りにして、パートナーが気を良くしたらしい。


「実はボク、このレースが終わったら、コンカツ引退するんだ……」

「死亡フラグ、要らないから! ツッコミで体力消費させないで」


 珀さん相手だと、油断も隙もありゃしない。

 優勝する実力が伴わない僕に、精神的負荷で難易度を上げないで。

 なぜ、僕はハンデを背負っているのだろうか?

 その疑問はついぞ解消されないものの、別の返事が飛んできた。


「やあ、明爽。やっと来たか!」


 ハツラツとした声。シトラスの香り。爽やかな風貌。


「加納君!? いつの間にっ」

「おいおい、それはこっちのセリフだ。実況聞いて、振り返った途端、明爽たちがすぐそこにいたってわけさ。まあ、この展開は概ね予想通りか」

「何が?」


 僕が首を傾げると、加納君は苦笑しつつ。


「俺たちに追いつく奴がいるとすれば当然、明爽に決まってる。当たり前だろ?」

「お、おう。加納君の謎の信頼に応えられて、良かったよ」

「やっぱ、ライバルとの勝負は燃えるよな! 本気で行くぜ」


 可視化するほどのイケメン粒子を放出させ、加納君たちが加速していく。

 先導される間際、御留有栖さんがキィーッと僕に一瞥をくれた。


「総司さまにあだなす敵! 総司さまに気に入られるなんて、生意気の極み! わたくしが白雪の分まで、粛清してくれましてよっ」


 殆ど絡んだことはないものの、どうやら嫌われていたようで。

 何だかなぁー、と思いました。


「人気者じゃないか、明爽くん。ボクも大和撫子にお慕い申されたいもんだぜ」

「なんか薙刀で襲われそうだし、僕は怖いから遠慮しとく」


 セイッ! 打突一閃される光景が過った。

 木刀とは間合いが違うゆえ、新しい通信講座を始めるか逡巡しちゃうね。

 余計なことを考えた結果、加納君たちにどんどんリードを許してしまう。


「先頭は、加納・御留組、速い速い! 久能・珀組も頑張ってくださいっ」


 運動会のリレー実況かな? BGMは、オッフェンバック<天国と地獄>。


「……ふうふう……っ!」

「珀さん、まだイケる!?」

「おうとも。よゆ~、だよんっ」


 いつものニヤニヤフェイス。

 と思いきや、表情の強張りは疲労の痕跡だよね。

 しかし、今のペースを維持すれば我らがイケメンに突き放されるばかり。

 どうするどうするどうする? 勝つ選択は一つ。仕掛けるしかない。


「君はまた、気を遣っているね? 配慮は時に、人を傷つけるものだ」

「いやいや。僕もちょうど、しんどい時間が来た。呼吸を整えたかったところ」

「目がキョロキョロしてるよん」


 僕の迷いを見透かすように。


「もっと飛ばそうじゃないか」


 珀さんが珍しく、軟弱者を鼓舞した。


「行けよ、明爽! ラストスパートだッ」

「――ッ!」


 思考が吹き飛んだ。

 温存とか諦観、面倒なものを捨て去って、最後に残ったのは優勝への渇望。

 加納君に勝ちたいッ! 仲良くしてくれた珀さんを後腐れなく送ってやるんだッ!

 感情やスタミナをくべて、燃料へ投じていく。


 俊足の回転数を爆発させた、僕たち。再び、トップへ差し迫った。


「おおおおおおおおおっっ!? あいつらはまだ、諦めていなぁ~い。届くか、届かないのか? 巻き返せるかぁー!?」


 加納君が彼我の距離を測るため、後続へ視線を向けた。


「――っ!?」


 驚愕。

 そして、落胆。


 (……明爽、勇気と無謀は違う。残念だけど、この勝負は決着が付いたな。)


 加納君と刹那のアイコンタクト。

 彼の心情を物語るように、異変はすぐ起きた。


「く……っ! すまないね」


 珀さんがバランスを崩して、大幅な減速を強いられる。

 言わずもがな、僕の先走りが原因。二人三脚はお互いの呼吸を合わせる競技。

 そんな基本中の基本を疎かにすれば、事が上手く運ぶ道理などない。


「――アッ!」


 あまつさえ、珀さんが路傍の石に躓いてしまう。

 転倒だけは防ぎたく、僕は彼女を必死に支えようと踏ん張っていた。


「珀さん、大丈夫!? ごめん、無理やりだった!」

「謝るなって。君、ほんとはメチャクチャ速いじゃん。驚いたよん」


 完全に止まってしまった、僕たち。

 珀さんは片膝をつきながら、呆れた口調で。


「さっきので、確信したぜ。どうせ、他の分野でも周りに合わせるんだろ? 明爽くんは新入生の中で最も適応力に優れている。だから、パートナーが三人いるんだよん」

「ただ、流されてるだけの人生だよ。僕は、何者にもなれなったからね」

「おまけに自己評価が低い、と。ふふ、めんどーな子を三人押し付けるくらい、せんせーが気に入ってるわけか」


 珀さんが、合点したように首肯する。


「後悔先に立たず、さ。ボクは、いつも中途半端に投げ出してしまう。今回は頑張ってみようかなって思ったのはマジ。けど、日頃の行いが祟ったらしい」


 珀さんは自嘲気味に、僕に地面に着けた膝を向ける。


「膝小僧を擦りむくなんて、小学生以来じゃないか。結構、痛いぜ」

「血が出た部分が汚れちゃってる。洗わないと。それ、完全に見たことあるね」


 僕も若い頃、帰宅後にランドセルを放り投げて、すぐさま学校の校庭へカムバックするくらいヤンチャでした。冬でも短パン小僧が懐かしい。


「君をリタイアさせるのは申し訳ないよん。自分が悪いと勘違いはやめてくれ」


 先手を打たれた。

 ――リタイア。

 棄権、か。

 優勝できない以上、約束は果たされない。


 珀さんが怪我をした。

 随分と、立ち止まった。

  悪あがきはしない。

 よく頑張った。健闘した。


 この辺で手を引こう。利口な選択だ。

 ――否。


「僕は、潮時が読めるほど賢くないよ。残念ながら、愚かな愚者だ」


 逆に、愚かじゃない愚者に会ってみたいね逆に。

 これは、珀さんの今後がかかった戦いである。諦めが悪く、撤退はない。

 さりとて、僕に状況を打開する術はあらず。それはいつものことか。

 ゆえに、自称賢者を呼び出そう。


「HUKAN先生っ!」

「ワタシですっ!」


 ゼロコンマ一秒のリアクション。

 万能AIのホログラム、ドヤ顔で登場。


「あの~……来てくれて、ありがたいんですけど、確か召喚アプリを使うって話では? スマホ、ロッカーに置いてあるんですけど?」

「えぇ~、久能さん、細かい設定気になっちゃうタイプぅ~? ワタシ万能だからぁ~、人工衛星に接続して、居場所の特定できちゃうなぁ~。HUKAN‐Earthなんですよ、じ・つ・は」


 不正ログインで逮捕されてください。


「うんうん、それにワタシと久能さんの仲じゃなぁ~い。デジタル信号を超えた絆は、誰にも断ち切れないなぁ~。繋がりですっ」


 両手を合わせるお決まりのポーズで、顔面ハラスメントをキメたHUKAN先生。

 こめかみの辺りがピクピクしたけれど、僕は極めて冷静です。


「要件を手短に。珀さんが足を怪我しました。リタイアは嫌、優勝もまだ諦めたくない。HUKAN先生、ぶしつけな要求をします。二人三脚からおんぶに変更して良いですか?」


 我が担任へ真剣な眼差しを送るや。


「えぇ~、久能さん、レギュレーション違反宣言しちゃうタイプぅ~? 自分ルール発動は感心できないなぁ~。ワタシ平等の精神だからぁ~、不正は見逃せないじゃなぁ~い」


 ぐうの音も出ない正論だった。

 彼奴の言う通り、僕だけのわがままを通すのは間違っている。

 新聞部の真実を追求する姿勢によって、現状僕に疑惑の目が向けられていた。


 ここで特別扱いを受ければ、さらに窮地へ立たされるだろう。

 だが、しかし。それでも――


「まあ、認めちゃうんですけどね」

「え?」

「許可します」


 ひどく真面目くさった表情に、僕は呆気に取られてしまう。


「いや、不正は見逃せないって」

「不正ではありません。ワタシです。ワタシがたった今、許可しました!」

「HUKAN先生っ」


 やっぱ、万能AIは凄いや! 流石です。


「うんうん、ワタシ人格者だからぁ~、出来の悪い子ほど手心加えちゃうなぁ~。久能さんの教育はやりがいがあるんですよ、じ・つ・は」

「遠回しにバカにされて、イラっとしました! でも、急ぎます」


 珀さんを背負おうためにしゃがむと。


「チャンスをくれて感謝だよん、せんせー。よく見れば、男前……でもないなあ」

「珀さん、なかなか面白いジョークじゃなぁ~い。それ、いただきっ」


 冗談じゃないって。冗談じゃないよ!


「おんぶは堀田さんのパートで披露したじゃなぁ~い。ワタシ、別のやり方で頑張ってほしいなぁ~」

「別の?」


 意図が伝わらず、僕は首を傾げるばかり。

 おんぶじゃいかんのですか、おんぶじゃ。ど、どうしよう。


「明爽くん、分からないのかい? 背負うのがダメならさ、担げばいいじゃないか」


 珀さんは僕の正面に立つや、腕の中に包まろうと体重を預けてきた。


「プリンセスって柄じゃないけど、よろしく頼むよん。ボクの王子様。ふふっ」


 珀さんが早々に噴き出しながら、僕の首に手を回した。

 女子の柔らかい感触と温もりが肌に密着する。息遣いと鼓動が跳ね上がっていく。

 ――お姫様だっこ。


 恋に焦がれたり、夢見ちゃう乙女がイケメンで妄想する胸キュンシチュエーション。

 残念ながら、僕は加納君にあらず。


 役者不足が過ぎて、原作に謝れとSNS炎上間違いなし。原作って何?


「これ、妙に恥ずかしいね! でも、行くっきゃないよっ」

「イケメンくんに、目に物見せちゃいな。明爽くん」


 珀さんと共に、僕は再び走り始めた。

 二人三脚より、断然スピードが出せる。その分、スタミナの消費が半端ない。


 一位の影を捉えるか、僕の足が止まるのが先か。

 ここにきて、本当のラストスパートが始まった。もう、次はない。


「それで良いんです。まあ、最後に大事なことに気付いてほしいんですけどね」


 背中越しに、HUKAN先生の声が響いた。

 しかし、僕は前進する以外何も考えていない。

 風さえ押し退け、トップを目指す――

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