第28話 風船割り
第四種目、風船割り。
第二グラウンドのリレートラックに、パイプ椅子が等間隔で並べられていた。
男子が風船を膨らまして、女子が風船を踏んで割っていく。そんな競技である。
僕はこの種目が選択された瞬間、圧勝を予感していた。
「はいっ」
パンッ。
「それっ」
パンッ。
「ほいほいっ」
パンパンッ。
僕が風船に息を吹き込み、椅子に乗せた。
五十嵐さんが椅子に座れば、あら不思議。吸い込まれるように風船が破裂していった。
彼女のお尻の威力は、直接食らったことがある僕には分かる。控えめに言って、剛力だ。
抜群のコンビネーションに、既視感。いつかテレビで見た、高速餅つきそのもの。
「やっぱり、凄いや。五十嵐さんは」
「そう言う貴様も、やけに手際が良いな。その肺活量、感嘆に値するぞ」
中学時代、やたら誕生日パーティー好きなリア充メンバーのために、僕はいつも会場のセッティングをしていた。特に、装飾担当。どうも、くす玉師・メイソーです。
「おおっとーっ! 速い速い! 速すぎるぜ、久能・五十嵐ペアッ! もしかして、風船割りのプロの方ですかぁ~!?」
最終直線。あっという間に、風船は残り一つ。
「まったく、この程度では児戯に等しいぞ。デッドヒートサバイバル、私を失望させてくれるな」
「そだねー」
苦戦しない理由は、あなたのお尻が誇る圧倒的攻撃力のたまもの。
僕は名探偵にあらず。真実はいつも、迷宮へ捨ててこよう。
精神的ゴミ出しの帰り道、お隣のレーンの様子をチラリズム。
「がんばれ、がんばれ。ま~やちゃん」
「もぉ~~~~。ふうせんがあばれて、ぜんぜんわれないよぉ~」
「まやちゃんのかわいいおしりにしかれるなんて、くそぉ~うらましいっ」
「いや~ん、たっくんのえっち。でも、ありがとう。まや、がんばるんっ」
…………
……
おえぇぇえええ~~~~。
猛烈な酩酊感。あれ? ここはファンタジー? 僕、異世界転生しちゃいました?
ラブラブカップルの波動を浴びて、フラフラと幻覚に襲われた。
「久能明爽、ゴールは近いぞ。何を腑抜けているのだ?」
僕のテンションのごとく萎む風船を見て、五十嵐さんが怪訝な表情を作った。
「しっかりしろ。必ずや、目的を果たすのではないのか? 私は、堀田ナナミーナにも助力を請われた身ゆえな。活を入れてやろう、久能明爽」
正眼の構えで、木刀の先端が鈍く輝いた、気がする。
……殺気っ!
無意識ながら、僕は通信講座で磨いた手刀で斬撃を捌く。
「はっ、異世界トリップしてた!? 俺YOEEEは斬新だったね」
「っ!? 奇妙な奴だな、貴様は。軟弱なくせに、我が秘剣を克服したか」
「よく分からないけど、五十嵐さんが楽しそうで何よりです」
少しの間、記憶が飛んだけど細かいこと気にしたら負け。
風船をちゃちゃっと膨らませるや。
「はいっ」
パンッ。
乾いた音を響かせ、一座り。
「ふん。造作もない。行くぞ」
淡々と無表情な五十嵐さん。
クールに足を運べば、感想が風に乗ってきた。
「まやちゃ~ん、おとなりさんすごいね~」
「すご~い。まや、ぜんぜんできないのにぃ~」
「うんうん」
「だってぇ~、あんなにおしりおおきくないもんっ」
ピキッ。
刹那、空間にヒビが入った。
「ぶあいそうに、おおきなおしりふっちゃって。ぱんぱんふうせん、わっちゃって。まや、たっくんのまえであんなおげひんぜったいできなぁ~い。とっても、ひいちゃったるんっ」
「まやちゃんとくらべたら、かわいそうだよぉ~。つきとすっぽん。てんしとおにくらいのさはうめられないっ」
あ、こいつら死んだよ。もう助からないぞ。
「――処す」
たっくんのご明察通り、かつて五十嵐さんだった女夜叉が悠然と直立している。
五十嵐さんの尊厳を守るため、どんな鬼フェイスだったのか伏せておく。
「ちょ、待って。あの人たちを処すのは、ゴールした後にじっくりと!」
たっくん、まやちゃん。逃げるなら、今しかない。
一向にまばたきしない般若を宥めすかし、ラストチャンスを提供すれば。
「きゃあ~、おにがこっちにらんでるぅ~。たっくん、こわいよぉ~」
「まやちゃんは、ぼくがまもる。きみにこいして、ぼくはつよくなったんだっ」
「うそ、かっこよすぎぃ~。まや、うまれてきてよかった。たっくんがだいすきだるんっ」
「だれにもじゃまされないしんてんちへ。いまこそかいほうしよう、はじけるりびどーをっ」
「たっくんとあいをかたちにする……それって、とってもはっぴーるんっ」
そう言って、二人は仲良く腕を組んでウフフアハハとスキップ。
彼らを見送り、僕は二度と帰ってこないでくださいと願った。
「ゴール目前でドラマティックは突然に!? 竜・真矢ペア、ここで歓喜のリタイアだぁーっ! なお、コンカツ高校は健全なカリキュラムを実施しております。若気の至りには、相応の責任が伴いますのでご注意ください」
あの屋良瀬君が釘を刺していた。
すっかり元の姿に戻った、五十嵐さん。人の理性を取り戻したみたい。
「久能明爽、一つ問おう」
「……如何に?」
彼女は腕を組んで、いつもの仏頂面を披露する。
「私は……そんなに尻がデカいのだろうか?」
訂正。僅かに赤面していた。
何を言っても、言わなくても、僕が処される流れだった。
否、だからこそ率直な感想がポロリした。
「大きさは、とても良さげ。網くぐりの時、その弾力に感動しました」
「ふんっ。やはり、貴様はヘンタイか。前を歩け。私の背後に立つなよ?」
五十嵐さんはくるりと踵を返して、ポニーテールを揺らした。
「本当に、仕方がない奴だ」
僕は返事の代わりに、そそくさとゴールを目指すのであった。
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