第27話 パートナークイズ

 第三種目、パートナークイズ。

 体育館をパーテーションで区切り、簡易的なクイズ会場が開かれている。

 案内された場所へ向かうと、珀さんが早押しボタンで遊んでいた。


「珀さん、お待たせ!」


 ピンポンッ。


「コンカツ・デッドヒートサバイバル、想像以上にきついね。なんかこう、メンタルがごりごり削られたよ。リタイアが多いのも頷ける」


 ピンポンッ。


「それは相槌を打ってる感じ?」

「ぴんぽーん」

「珀さんが楽しそうで何よりです」


 早押しボタンから手を離した、珀さん。


「明爽くん、君の活躍はモニターでチェックしていたよん。随分と、お楽しみだったじゃないか。今度はクイズだけど、一体どんなセクハラをボクに仕掛けるつもりなんだい?」


 ニヤニヤ顔のパートナー。


「故意じゃないけど……訴えられたら、負けるかな?」

「安心したまえ。ボクが証言台に立って、示談に持ち込んでやるぜ」


 僕は、やれやれと肩をすくめるばかり。


「文化系の種目は初めてだ。パートナークイズって、パートナーのクイズってこと?」

「かもしれない。実はボク、意外かもしれないけど……他人にあまり関心を持たない方だからさ、結構ピンチだよん」


 珀さんが、神妙な面持ちを披露した。口元緩んでるけど、気にしない。


「それは知ってるよ」

「流石、パートナー。頼もしいぜ」


 一応、自己紹介に加えて雑談は二人で何度も交わした仲。

 しかし、興味や面白さを優先する彼女が総ポカンしても不思議じゃない。

 これは案外、網くぐりやパン食い競走より苦戦が予想された。いつまでも正解を導けない長丁場を覚悟して、僕は画面が切り替わったモニターへ視線を注いでいく。


「うんうん、パートナークイズの時間じゃなぁ~い。出題者は、ワタシですっ」

「げっ」


 失礼。思わず、本音がポロリしました。


「えぇ~、久能さん、つい逆の態度取っちゃうタイプぅ~? 素直になれないお年頃かぁ~。そんな時期が、ワタシにもありました!」


 懐かしそうに頷いた、万能AI。


「お、せんせーじゃん。生徒に優しいって評判だし、きっと楽勝だよん」

「ワタシもそれ思った! まあ、優しい上で厳しく接しちゃうんですけどね。自発的な成長を促す愛情なんですよ、じ・つ・は」


 HUKAN先生のドヤ顔が、モニター画面を圧迫するかのように映った。

 珀さんは、彼奴そのものに耐性を備えているのか、全く怯んだ様子もなく。


「まるで、教育者の鑑じゃないか。コンカツの行く末は、せんせーの肩にかかってるね」

「そこに気付いてほしかった! 珀さん、とっても聡明じゃなぁ~い」


 珀さん、テキトーなこと言う時ほどネコっぽい笑顔になるよね。

 HUKAN先生、そこに気付いてほしかった。


「じゃあ、さっそくパートナークイズ始めちゃおっか」


 気分が良いのか、我が担任はうんうんとリズムを刻んで。


「まずは、久能さんに出題しちゃいますっ」


 デデーンッ。そんな効果音が流れた。


「珀さんがコンカツ高校に入学した理由はな~んだ?」


 ピンポンッ。


「結婚願望がない自分に、万能AIがどんなパートナーを選ぶか、興味があったから」

「正解! 志望理由が今年一番ユニークだったんですよ、じ・つ・は」


 正解だったものの、その真の答えは得られそうにない。

 きっとこのレースを最後に、彼女はコンカツをリタイアするのだから。


「明爽くん、ボクの動機なんてよく覚えてたじゃないか」

「会って早々、一発かまされたからね。印象に残ってるよ」

「君を驚かせて、満足だよん」


 早押しボタンを受け取るや、珀さんはモニターへ視線を向ける。


「この調子で、珀さん挑んじゃおっかぁ~」


 デデーンッ。


「久能さんは中学時代、担任の先生に遅刻の言い訳をすれば廊下に立たされ、廊下で騒ぐと体落としを食らうなど、今と変わらない愉快な生徒だったんですよ、じ・つ・は」

「明爽くんらしいぜ」


 暴露やめて。あと、納得しないで。


「そんな久能さんは、席替えしても何度も隣の席を引く女子、毎晩クラスの出来事をメールする女子、合唱祭の練習でいつも目が合う女子と仲良しだったじゃなぁ~い」

「へ~、モテモテじゃないか。コンカツは、その才能の延長かい?」


 妙に視線が冷たかった。


「ちょ、HUKAN先生。問題文、長すぎ。てか、クエスチョンどこ?」

「ですが、誰一人親密な仲に発展することなく、周囲にモテたいと喧伝しながらコンカツ高校へ入学しました。さて、ここで問題ですっ」


 デデーンッ、セカンド。


「久能さんが意中のガールフレンドを射止められなかった理由を、お答えくださいっ」


 HUKAN先生の問いかけに、僕は苦笑交じりに。


「それはちょっと、難しいより反則では? 与り知らぬ入学前のエピソードを持ち出されても、珀さんの考えるモチベーションがダダ下がりしますよ」

「えぇ~、久能さん、解答者の妨害しちゃうタイプぅ~? パートナーの応援は、静かにお祈りしてほしいなぁ~」


 もちろん、唯我独尊AIに僕の抗議が届くはずもなく。


「……」


 ほら、珀さんも呆れてる。その証拠に、目を伏せて顎に手を当てていた。

 ……ん?


「射止められなかった、むしろ射止める気がなかった。これって、引っかけかい? 想像するに、相手のアプローチを全部避けた気がするよん」

「いや、単純にフラれる自信があった。あの子たちは学校の有名人で、良くも悪くも仲の良い男子を何人も抱えてたしね」


 避けたかったのは、リア充グループでトラブルを起こすこと。派閥争い、ありました。

 一軍メンバーの有力者たちと事を構えるのは、すこぶる面倒くさいのだ。


「パートナーくんはなるほど、すごーく他人に気を遣うみたいじゃないか。事実、気まぐれなボクがまだコンカツイベントに参加している。まさか、ボクが他人の過去をイメージできる日が来るとはね」


 不思議そうに首を傾げた、珀さん。


「答えは、告白しなかったから。告白すれば、成功したと思うよん」

「正解ですっ。珀さん、やるじゃなぁ~い」


 ピンポンピンポーン。


「それ、正解!? 僕自身、正解を知らない問題だったよ! 答えは、解なしでしょ」

「ワタシ万能だからぁ~、富山さん、藤崎さん、鶴巻さん、三人に言質を取りました。まあ、久能さんの覚えは今でも良かったんですけどね」

「HUKAN先生……その辺を詳しくお願いします」


 僕が身を乗り出して、モニター越しのご尊顔を拝むや。


「そうか、そうか。明爽くん、過去の女とよろしくしたいみたいじゃないか。別にボクにはもう関係ないけどさ、後でナナちゃんと澪ちゃんに楽しい土産話ができたよん」

「――中学時代との決別ッ! 生まれ変わるために、僕はコンカツ高校へやって来ました! もはや、振り返る過去などありはしないっ」


 不退転の決意、増し増しなりや。


「罪な男だぜ、君は」


 珀さん、したり顔で首肯する。


「うんうん、パートナーが多い人はそれだけ魅力が溢れています! まあ、中にはどうしても例外が含まれちゃうんですけどね」


 真っ直ぐ、目が合った。モニターを破壊しそうになった。


「珀さんに、続けて問題ですっ」


 デデーンッ。


「久能さんは柄になく、今回のイベントで熱心に優勝を狙っています。それは――」


 なぜでしょう? 優勝したら、何でも願いが叶うから。うん、合ってる。

 その内容は、いちいち触れなくて構わないよね。それとなく誘導しよう。

 否、HUKAN先生は僕の予想などもちろん想定内だったようで。


「珀さんのコンカツ辞退が受理された時、万能AIのワタシに、珀さんの新生活を完全サポートさせること。〇か×か。一つ選んで、良いんです」

「……」


 悪事が露見したかのごとく、汗がぶわぁーっと噴き出していく。


「明爽くん。それは……本当かい?」


 すぐ横からヒシヒシと視線を感じるけれど、僕は別の会場を見つめるばかり。

 どうやら、隣の会場が盛り上がっていた。あの唯一性溢れるハンサムは!


「まったく、君らしいよん。勝手に脱落する奴は放っておけよ。お節介が過ぎるぜ」


 呆れてしまったのか、深いため息が聞こえる。


「けど、ボクも同類だったかな? あぁ、せんせー、人が悪いなあ。仕組んでた?」

「えぇ~、珀さん、ワタシを疑っちゃうタイプぅ~? 俯瞰です! 俯瞰しましたっ」

「やれやれ、答えになってないじゃないか。この問題はパスだ。でないと、明爽くんがこっちに顔を向けてくれないからね」


 確かに、何様案件がバレてすこぶる恥ずかしい。

 さりとて、僕が隣の会場へ釘付けだったのは別の理由だ。


「問題です。加納くんは――」

「誕生日、7月30日。しし座。血液型はA。出身、埼玉県。好きな食べ物、グラタン。好きなスポーツ、サッカー。好きな本、星の王子様。好きな映画、ロードオブザリング。好きな女性のタイプ、髪が綺麗で穏やかな子。特技、困った人に手を差し伸べること。趣味、自分と価値観が違う相手と交流すること。チャームポイント、お世話を欠かさないのに実家のゴールデンレトリバーが全く言うことを聞かないところ。欠点、ありませんわ!」

「わっ、分かりましたぁ~。大いに問題を感じましたが……こちらはもう、手元に問題がありません。合格です。次の競技へどうぞ。できれば、可及的速やかにお願いしますっ」


 マスターコースの出題者が、白旗を上げていた。


「やりましたの、総司さま! わたくしが、あなたさまの知識で後れを取る相手などおりませんでしてよ!」

「ハハ。ありがとう、白雪。君のおかげで、優勝に一歩近づいたな」


 これには流石のイケメンも苦笑い。

 加納君、案外苦労してたんだね。リア充の憂鬱、推し量ることいと難し。


 先方がこちらを察知。またしがらみ抜きで交友しよう、と心の中で握手を交わした。


「おーい。さっきの、聞かなかったフリしてあげるよん。機嫌を直しておくれ」


 珀さんに呼ばれ、ハッと振り返った。


「ごめん。友達の意外な一面に遭遇してた。HUKAN先生、次の問題お願いします」

「しっかりしてくれよ? 優勝したいならさ、よそ見する暇はないよん」

「あれ? 珀さん、やる気を感じるけど? 具合悪いの?」

「明爽くん、正直が過ぎるぜ。身から出た錆とはこのことかい?」


 してやられたと項垂れる、珀さん。


「久能さん、言う時は言うじゃなぁ~い。ワタシたち、似た者同士だなぁ~」


 HUKAN先生が、うんうんと共感していた。やめて。


「では、問題です」


 まだまだ、パートナークイズは続く――

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