第25話 デッドヒートサバイバル
コンカツ・デッドヒートサバイバル。
物騒なネーミングとは裏腹に、内容は極めて学校行事の範疇だった。
ざっくり言うと、文化祭、体育祭、持久走大会をごちゃ混ぜにしたイベント。
パートナーとペアを組み、障害物リレーの要領で様々な競技に挑戦していく。
もちろん、それぞれパートナーの数が違うので、種目の順番や、ゴールまでの距離が調整されている。
HUKAN先生曰く、完璧完全なルートを演算したんですよ、じ・つ・は。
この時点でもう嘘くさい。
当然のごとく、コンカツ高校周辺の道路規制が敷かれていた。バグっても、万能AI。一声かければ、国家権力にお力添えしてもらえるってさ。
「おおっとーっ! ここで噂のルーキー! 稀代のコンカツカルテット! 久能・五十嵐ペアが第一グラウンドにやって来たぞー!」
放送部・屋良瀬方導君の実況が響き渡った。
校庭には、障害物競走でお馴染みの光景が広がっている。
「五十嵐さん! 早く早くっ」
「急かすな、久能明爽。まだ序盤だ。焦燥感を募らせてばかりでは、勝機を逸するぞ」
五十嵐さんが淡々と、僕を嗜めた。
目下、僕たちは手首に付けた赤いヒモで繋がっている。切れたら失格のやつ。
当初、先方は途方もなく難色を示していた。渋面極まる彼女を、僕は堀田さんと共に説き伏せて大変だったよ。未だ渋々な表情だけど、いつも仏頂面と考えればモーマンタイ。
「まずは、網くぐりか。小学校の運動会以来だなあ」
マスターコースの面々が網を広げてるね。お疲れ様です。
「フン。この程度、児戯に等しい。行くぞ」
五十嵐さんが鼻を鳴らし、網の中へ潜っていく。
お尻を突き出した彼女の体勢にドギマギしつつ、僕は冷静に追随する。
これは独り言だけど、ブルマって大変良いと思いました。
絶滅危惧衣類の保護活動に勤しむコンカツ高校は、僕らの誇りです!
「……っ、こしゃくな」
ほふく前進で半分渡ったところ、急に前方の動きが鈍くなる。
「ここで、五十嵐選手っ! まんまと網に絡めとられてしまい、苦悶の表情だ!」
パッと顔を上げれば、五十嵐さんが魅惑のお尻を振っている。
もとい、網の拘束を解こうと躍起だった。
それは蜘蛛の巣よろしく、動けば動くほど獲物の自由を奪っていく。
ちなみに、僕の視界の自由も奪われていく。全く以って、いやらしい感情はありません。美しい山脈を眺望する気持ちです。
「網くぐり。なんて恐ろしい罠なんだ……」
「下卑た視線を向けるな、久能明爽! 早くこの鬱陶しい網を解け!」
「極めて、了解」
パートナーの真横に移るや、早々に原因が判明した。
「五十嵐さん! どうして、木刀持って来たの!? 完全に、原因これだよっ」
五十嵐さんの腰に差された木刀が、ぐるんぐるんと網に引っかかっている。
彼女は巻き添えを食う形で犠牲になったのだ。
「我が愛刀は一心同体。半身を置き去りにできるほど、私は薄情にあらず」
「そんな堂々と言われちゃったら、もう納得するしかないけどね」
やたらじょう舌だった五十嵐さんに、僕はやむなしと首肯する。
「チーム・久能! 後続にドンドン追い抜かれていきます! 優勝候補、早速脱落か!?」
木刀に絡まる網を解していく間、知らないペアたちにお先に~と声をかけられた。
「……すまない。まさか、貴様に助けを請う羽目になるとは。断腸の思いだ」
「謝っているようで実質、誠意を一刀両断してる感じ、五十嵐さんらしいよ」
「む。心外だぞ、久能明爽。私ほど礼節を重んじる生徒は、この学校におるまい?」
せやろか? 図らずも、心中関西弁が出たんやで、ホンマに。
あまり器用ではないものの、拘束された木刀をうまく解放した。
「よし、遅れた分を取り戻すぞ。私にしかと付いて来い!」
五十嵐さんの気合の入った声を聞き、僕は嫌な予感が弾けていく。
「あ、ちょ待っ」
確かに、木刀の封印は解除した。彼女の半身が復活となれば、やる気も生じるだろう。
しかし、そこに致命的な見落としがあった。
「むぐっ!?」
単なる事実として、五十嵐さんに直接巻き付いた網は、未だ健在である。
無意識の一歩で足を滑らせた彼女を救わんと、僕は咄嗟に手を伸ばす。
ぷりん。そんな感触だった。ブルマの触り心地について、詳しくなりました。
「きゃっ」
小さな悲鳴が聞こえた。
杞憂だと信じたいけれど、五十嵐さんが振り返ってこちらを睨んでいた。
「……これは独り言だけどさ、僕にセクハラを断行する勇気はないよ? 兵は拙速を尊ぶらしい。でも一度、深呼吸した後に行動してみた方がいいよね」
遠回しに、いつもの早とちりはやめてくださいと懇願した。
「そうか、そうか。よく分かったぞ、久能明爽」
五十嵐さんが、朗らかな笑みを作った。
あ、ダメみたい。ちょっと今から、遺書したためていいかな?
「貴様は余程、私の臀部にご執心らしいな。この痴れ者がッ」
尻者と幻聴をキメた手前、これ以上弁解はしないよ。
「ふん、冥途の土産だ。取っておけ」
五十嵐さんのお尻が揺れた。
と、思考したゼロコンマ一秒後。
「あべしっ!?」
別に、阿部さんとはお知り合いにあらず。
さりとて、僕の腹部へ弾力性に富んだソレが強打したようで。
「おおーとっ!? 久能選手、突如網を引き千切る蛮行に躍り出た! これはいけませんねぇ~。器具の破壊は、コンカツポイントの大幅減点です!」
パートナーのヒップアタックは、すこぶる威力を秘めていた。
断然、木刀より強い。どちらも食らった当事者ゆえ断言できるね。
弾き飛ばされたものの、赤いヒモだけは死守した僕。
「うぅ……良いお尻、持ってやがるぜ……」
「ふん。久能明爽、疾く起きろ。慢心してる場合か? 貴様、優勝したいのだろう?」
セクハラ野郎に天誅を下した五十嵐さんが脱力し。
「珀ゆのんを円満に、送り出してやりたいのだろう? ならば、勝て。プライドをかなぐり捨てられるのが貴様の強さなのだから」
「え、五十嵐さん、それって」
「行くぞ」
五十嵐さんは会話を打ち切って、レースに戻る構えだ。
余計な質問はカット。もっと必死に、勝利にしがみつけ。
「さぁ! 早々にレースに波乱あり! ですが、まだまだ序盤っ! 一体全体、どうなってしまうのかぁー!? 注目選手の活躍に乞うご期待ッ」
屋良瀬君の実況に加え、各会場の声援が響き渡る。
「喧騒ばかり囃し立ておって。否、己を研ぎ澄ますには丁度いい雑音か」
僕の聴覚は、パートナーの言葉だけを捉えていた。
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