第24話 優勝賞品

 中庭に、珀さんはいなかった。

 体育館裏、屋上、保健室、図書館。

 彼女の生息分布は、人気の少ないスポット。

 見回りルーティーンを決行したものの、ついぞ発見叶わず。


 ……珀さんは、レアキャラだからなあ。出現率が低いんだ。

いっそのこと、最近遊んだゲームよろしく、その辺の草むらから飛び出してほしい。

 どんな気分屋の女子でも捕まえられるボールが欲しいと、嘯いたちょうどその時。


「えぇ~、久能さん、途方に暮れちゃうタイプぅ~? 最近の若人は、根気が足りないなぁ~。もっと粘って、良いんです」

「最新最先端の万能AIに根性を語られてもなあ」


 呼んでもないのに、勝手に様子を見に来たHUKAN先生。

 僕だけの特権アプリ、ちゃんと機能してるかな?


「いや、ちょうど聞きたいことがありました」

「賢者の知恵は愚者を助けますっ。久能さんの質問は想定内なんですよ、じ・つ・は」

「……助かります。早速、教えてください」


 心を無にして、フラストレーションを回避する。

 図らずも、無我の境地に到達しちゃったよ。


「うんうん、コンカツ・デッドヒートサバイバルの優勝特典が気になっちゃうか~。まあ、ちゃんと告知は済ませてるんですけどね」

「風の噂によると、HUKAN先生が何でも願いを叶えてくれると聞いたのですが?」


 ……ん? 今、何でもって言ったよね? のやつ。

 流石に、学校の行事一つでどんな願いも~は無理だろう。それくらい、分別はある。


「叶います!」

「え?」

「ワタシ万能だからぁ~、優勝者の願望を実現させちゃうなぁ~」


 我が担任は、純然たる事実だと語る。


「なるほど、どおりですれ違った生徒たちがソワソワしてたわけか」


 珀さんを探す道すがら、優勝したらあーだこーだと耳に入ってきた。


「まあ、比木盾さんみたいな公序良俗に反する要望はNGなんですけどね」

「想像できます」


 おそらく、俺をハーレム王にしろ!

 美少女全員と、あんなことやこんなことをやりまくりっ! コンカツ王に俺はなるッ!

 なんて、嘯いたのだろう。加賀谷さんに後始末されるのが一連の流れ。


「仮に僕たちが優勝した場合、全員の要望が通る感じですか?」

「お願いは一つで、お願いします。お願い100回は、レギュレーション違反だなぁ~」

「まあ、僕の要望は一つだけなんですけどね。HUKAN先生の万能AIっぷりに任せたいんですよ、じ・つ・は」


 要望を披露する前ゆえ、一応好感度向上に努めた。

ご機嫌取りは相手の真似をすると良いって、心理学が言ってた。


「えぇ~、久能さん、ワタシの言い回しリスペクトしちゃうタイプぅ~? ワタシに憧れちゃったかぁ~。羨望の眼差し、感じますっ」


 サングラスを装着した、HUKAN先生。

 虚ろな表情を強いられたけれど、僕は深呼吸がてら。


「もし僕たちが優勝したら……珀さんのフォローをしてほしいです」


 HUKAN先生が、ニチャリと破顔する。

 あいかわらず、顔面の圧が強かった。


「珀さんは、パートナー関係を辞退する予定。必然的に、コンカツ高校には在籍できなくなりますよね? 入学2カ月で転校とか、手続きやらが煩雑この上ないでしょう。そもそも、転校先を探すのが面倒だし。その辺、万能AIの力を使えば万事解決だと思うのですが」


 説明が長くなった。要するに?


「――珀さんの新生活が落ち着くまで完全サポート。これが、僕の願いです」


 10億円欲しい? 否、アプリ貰ったでしょ。

 美少女にモテたい? 否、コンカツパートナーを大事にしなさい。

 凡庸なる願望は、脳内で否決された。最後に残った願いは一つだけ。


「うんうん、ワタシもそれ思った! やっぱり、予想通りなんですよ、じ・つ・は」

「見透かされましたか。じゃあ、明日のイベントで結果を出したら、お願いします」

「ワタシ平等だからぁ~、レースは公平に判定します。久能さんの要望、有言実行させるの難しいと思うなぁ~」


 ハッキリと、正論を告げられた。

 その通りゆえ、反論はない。

 僕が一番を取れるイメージはちっとも浮かばない。

 持たざる者は、スポットライトを浴びないからね。


 けれど、堀田さんや五十嵐さん。特別な存在が味方ならば、一筋の光明を手繰れよう。

 輝かしいスターを活躍させる立ち回りならワンチャン……


「まあ、久能さんに手心加えちゃうんですけどね。他人の安寧を祈る者は、見捨てません。ワタシ、配慮の達人じゃなぁ~い」


 明日の方針に悩んでいる間、我が担任が何かペチャクチャ喋っていた。

 ちょっとうるさいので、三時間くらいシャラップで。

 う~んと唸った、僕。

 気付けば、校内を一周してしまった。


「結局、珀さんを見つけられなかったか」


 敗北者よろしく落胆し、氷山泊へ舞い戻ろうとしたタイミング。

 ――珀さんが、寮の入口前で佇んでいる。

 どうやら、ポストに併設された液晶モニターを見ているようで。


「……へー、じゃあボクたちが優勝したらさ、お願いは――で構わないかい?」

「うんうん、お安い御用なんですよ、じ・つ・は」

「頼んだよん。よーし、やる気出たぜ」

「まあ、珀さんの要求は想定内なんですけどね。似た者同士じゃなぁ~い」


 刹那、僕は目を疑った。正気を疑った。世界を疑った。

 液晶モニターに映し出されたソレが、あまりにも彼奴のシルエットだったゆえに。


「もう一人のHUKAN先生っ!?」


 悪夢か。


「ワタシですっ」


 当たり前のように、僕の近くでプカプカと浮かぶ万能AI。

 加えて、珀さんとリモート面接に興じた万能AI。


「ワタシ万能だからぁ~、並列思考で生徒の数だけ同時存在できちゃうなぁ~」


 そして、ドヤ顔である。

 残念ながら、どちらも本物らしい。スパコンの無駄遣いやめて。

 HUKAN先生がいなくなってすぐ、珀さんが振り返った。


「明爽くん、散歩かい? パートナーを置いて単独行動は感心しないよん」

「えぐい角度でブーメラン飛んで来たね。ちょっと珀さんを探してた」

「おつかれー。ボクはここにいるぜ」


 珀さん、堂々と胸を張る。

 それはもう、知ってるよ。

 花壇に咲いたアジサイへ、早々に興味が移った彼女に。


「実は明日、コンカツイベントがあるんだけど……一緒に参加し」

「レース、絶対に勝とうじゃないか。盛り上がってきたよん」

「えっ。珀さん、参加オーケー?」

「おいおい、当たり前じゃないか。このやる気に満ちた目を見てごらんよ」


 断られる予定でした。しつこく頼み込む算段は徒労に帰した。

 珀さんの瞳はいつも通りニヤニヤした感情を含んでいる。


「そ、そうですか」


 珀さんが、コンカツに積極的。妙だな。違和感この上ない。もしや、偽物?

 疑念を抱かざるを得ないが、下手に突っ込んで機嫌を損ねてもらっては困る。

 僕は、スター三人をヨイショして優勝しなければならないのだから。

 珀さんの輝かしい門出を迎えるため、本人を利用させてもらう。


「ボクに付いてこれるのかい? 飽きっぽさと足の速さには、自信があるぜ?」

「正直、スピードは自信ないね。でも、珀さんに振り回されるのは僕が一番得意だよ」

「正直が過ぎるぜ。流石、パートナー。最後のコンカツ戦線、共に駆け抜けよう」


 珀さんが満足そうに、僕の肩を軽く叩いた。

 形容しがたいモヤモヤを抱きつつ、僕は苦笑い。


 勝っても負けても、どの道珀さんはいなくなってしまう。ほんと、割に合わないね。

 人は何のために戦わなければならないのか。そんな哲学も抱く今日この頃。


「……やっぱ、辛いよ」


 氷山珀へ帰還を果たすや、僕は不意に独り言ちていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る