第23話 あの子は何処

「久能くん、このままでいいんですかっ」


 開口一番、堀田さんが声を荒げた。

 目下、僕、堀田さん、五十嵐さんがリビングに集まっていた。

 珀さんは多分、中庭でネコちゃんと戯れている。


「わたしは怒っています。ゆのんさんの一方的なリタイア宣言はもちろんですが、他に何より怒っていることがあります」

「それは一体……」

「久能くんは、ゆのんさんを引き留めませんでした!」


 必死に僕を睨むような視線を作った、堀田さん。

 しかし、優しい彼女ではムムムという効果音が聞こえてくる。


「はい、不甲斐なくてすいません。この度の件は、僕の甲斐性の欠如が原因です。ごめんなさい。臆病が僕の本質です」

「謝罪を要求したわけじゃありません! 誠意は行動で示してください!」


 そして、激おこである。

 彼女のコンカツ目標は、最優秀パートナー賞の獲得。


ある意味、パートナー被りというデメリットが自ずと解消されたのに、損得勘定抜きで珀さんの脱退が大いに不満らしい。その思いやり、あなたの美徳だよ。


「少し落ち着け、堀田ナナミーナ。今のお前は、感情が先走っているぞ」


 腕を組んでいた五十嵐さん、開眼。


「うっ。ですよね……反省します」


 堀田さんが、ペコリと頭を下げる。


「うむ。珀ゆのんの件、大いに驚かされた。正直に言うと、脱落があるとすれば私が最初だと思っていたからな」

「澪さんっ」

「仮定の話だ。私は、コンカツに対する考えを改める気はない。だが少なくとも、逃げるように途中離脱を企てないと誓おう」


 怜悧な眼差しが向けられる。


「久能明爽、貴様と珀ゆのんの間に親和性を感じていたぞ。私の眼は、節穴だったか?」

「珀さんは、気分が乗れば誰とでも仲良くできるからね。人の顔色を窺ってばかりな僕と、仲良く見えるのは仕方がないよ」

「フン、自虐など不要だ。謙遜も過ぎれば、傲慢だな」


 五十嵐さんの言の刃が心に突き刺さる。木刀より、痛かった。


「久能くん、久能くん。落ち込まないで。今のは、澪さんなりの激励ですよ」

「え?」

「……っ。堀田ナナミーナめ」


 バツが悪そうな五十嵐さん。


「勘違いするな。なよなよした貴様に、うじうじされてみろ。この上なく、鬱陶しいだけだ。別に、元の鞘に納めてやろうなどと画策していないからな。勝手にするがいい」


 自慢のポニーテールが跳ねるように、そっぽを向いてしまった。

 親和性といえば、珀さんと五十嵐さんの方が僕よりマッチしている。

 このコンビを解散させてなるものか、と悪足掻きを決意したタイミングだった。


「えぇ~、久能さん、とっても大変そうじゃなぁ~い」


 テーブルに置いたスマホから、万能AIがポップした。


「ワタシがちょっと目を離した隙に問題起こしちゃうタイプぅ~?」

「HUKAN先生。真面目な会議中なので、後にしてください」

「ワタシ万能だからぁ~、シリアスな場面も得意なんですよ、じ・つ・は。まあ、これまでの経緯はぜぇ~んぶおり込み済みなんですけどね。説明不要で、良いんです」


 HUKAN先生が、うんうんと両手を合わせた。


「担任として、僕たちのパートナー関係解消の危機が心配ですか? コンカツ高校唯一のカルテットが早々にポシャった。学校の醜聞、統括者の責任問題。いろいろマズいとか」


 いくらふざけた存在でも、万能AI。

 危機管理タスク、問題解決スキルはスパコン由来。

 おそらく、HUKAN先生は自分大好き。保身、大事ですよね。


「珀さんのコンカツ辞退は残念ですが、各々の判断は自主性に委ねちゃうなぁ~」

「HUKAN先生のマッチングに、疑問の声がチラホラ出てますよ?」

「えぇ~、久能さん、ワタシの責任気になっちゃうタイプぅ~? うんうん、それには及ばないんですよ、じ・つ・は。出来の悪い子の成長ほど、嬉しいじゃなぁ~い。ワタシです、ワタシが育てました!」


 心配して損した。引責辞任、どうぞ。


「本当の要件は何でしょう? 僕の様子見はオマケでしょ」

「そこに気付いてほしかった! やっぱり、ワタシたち通じ合ってるっ」


 イラッ。

 人間工学を否定したスマイルを近づけないでください。それ、顔面ハラスメントですよ?

 HUKAN先生は、堀田さんたちの方へ視線を向けた。


「イベントの準備、ご苦労さまでした。ワタシ、素直な子に囲まれて助かっちゃったなぁ~。明日の本番、みなさんの活躍が楽しみじゃなぁ~い。まあ、審判は平等にジャッジしちゃうんですけどね」

「あの、HUKAN先生。明日のイベント、ゆのんさんは……」

「うんうん、堀田さん、コンカツは自分の意思で培うものです。出場の可否は、珀さんが決めて良いんです。全て、本人たちに任せますっ」


 つまり、知らんと。

 意外だった。我が担任、美少女にはえこひいきしちゃうタイプだと思っていた。

 僕はすべからく煽られるけど、可愛い子にはまともに対応できちゃうよね。

 う~んと腕を組み、首を傾げた。ふと、気になった点を口にする。


「明日のイベント、何やるんだっけ? コンカツマラソン……いや、トライアスロン?」

「コンカツ・デッドヒートサバイバル」


 五十嵐さんが即答した。


「え、何だって? よく聞こえたけどさ、もう一度言ってくれない?」

「久能明爽、一度で理解しろ。コンカツ・デッドヒートサバイバルだ」


 ちっとも穏やかじゃないネーミングである。

 もしや、別のコンビやトリオを処したりするのかな? バイオレンス系?


「わたし、楽しみです! コンカツ三大イベントの一角・デッドヒートサバイバル。絶対に優勝しますっ」

「あぁ、コンカツに懐疑的な私でさえ、催事となれば高揚感を隠し切れないものだな」

「二人とも、妙にテンション高い……? あれ、僕だけ除け者?」


 美少女たちの微笑みはずっと眺めたくなるね。そんな現実逃避を仕掛ければ。


「えぇ~、久能さん、ひょっとしてHRずっと居眠りしちゃったタイプぅ~? ワタシ、傷ついちゃうなぁ~。人の話はちゃんと聞かなきゃダメじゃなぁ~い。減点ですっ」


 確かに、今日のHRは上の空だったかもしれない。

 早朝から姿を消した珀さんのために、僕はずっと考え悩んでいた。

 具体的な問題があるわけではなく、状況を打開する力こそ僕にとって縁遠い。


 持たざる者ゆえ、僕はかつてリア充グループに潜り込めた。一軍メンバーの末席は、いくらでも替えが利く人員が務める。一人では何もできない無力な奴でなければならない。


 ……加納君なら、ドラマチックにヒロイックに解決するんだろうなあ。

 中学時代、かつて僕が羨望の眼差しを送った真のリア充とその姿を重ねていた。


「久能くん、明日は頑張りましょう。かっこいい姿を見せたら、ゆのんさん、戻ってくると思います。だって、万能AIが選出したパートナーですもん! きっと、大丈夫です」

「堀田さん、お世辞が上手じゃなぁ~い。まあ、その通りなんですけどね」

「教諭は慎みを覚えた方が良いな。些か、自信過剰だぞ」

「五十嵐さん、他人に手厳しいタイプぅ~? ワタシ、もっと表情筋和らげてほしいなぁ~。笑顔です。和の心はインストール済みなんですよ、お・も・て・な・し」


 イライラッ。

 と、五十嵐さんが眉根を寄せた。


 ね、ムカつくでしょ? あ、ちょっと! 僕のスマホに、木刀振り下ろさないでっ。

 閑話休題。


「コンカツ・デッドヒートサバイバルは、第一グラウンドで開催式を行います。みなさん、今日は早めに寝て、明日の本番に備えてください。ワタシとの約束ですっ」


 そう言って、HUKAN先生のホログラムがプツンと途切れた。


「毎度、嵐のように好き勝手暴れて去っていくね」

「ふふ、HUKAN先生は久能くんがお気に入りみたいですよ? 着眼点が素晴らしいと思います」

「――」


 僕は、シュールストレミングとクサヤを嗅がされたような表情だったに違いない。

 絶望的苦悶を照れ隠しとすっとぼけた、堀田さん。


「HUKAN先生の個別指導は、基本一日一回らしいです」

「え、一時間に一回じゃないの!? 僕、めちゃくちゃ付きまとわれてるよ?」


 いい加減、ストーカー被害を警察に相談しようと思っていました。


「期待の表れ、かもしれません。ちなみに、わたしは一日三回くらいですし」

「堀田ナナミーナと同様だ。あの教諭、やれ久能明爽を構ってやれと煩くてかなわん。見合い相手を薦めてくる、近所の世話焼きではなかろうに」

「一応、万能マリッジコンサルタントを自称してるけどね」


 肩をすくめた五十嵐さんに、僕は補足しておく。


「マスターコースの方によると、先生が開発したアプリを譲渡されたのは久能くんだけ。世界最優のホットラインは、魔法のランプに等しい垂涎のアイテム。宝くじで10億円当てたくらい幸運だと力説していました」

「……そういえば、プログラミングは独学だって自慢してたっけ」


 なんてことだ。あの胡散臭い、万能AI召喚アプリに10億円の価値?

 まさか知らぬ間に、10億円の資産家に成り上がっていたとは。

 こんな伏線、どこかにあったかな?


 さりとて、多大なる精神的苦痛を伴うならば、幸運とは言い難い。

 健康は、失った時に値千金だと悟るのだ。僕、15歳で気付いちゃったよ。


「久能明爽、ちゃんとアレの面倒を見るがいい。貴様の手腕にかかっているぞ」

「そんな、ペットじゃあるまいし……」


 想像するだけで、氷山に閉じ込められたほどの悪寒。

 身震いしながら、僕は徐に立ち上がった。


「そろそろ、珀さん探してくるよ。今日はどこで戯れてるかな」

「珀ゆのん、か。奴のことだ。空腹になれば、自ずと姿を現すだろう」

「まあ、ケンカしたわけじゃないし……一応まだパートナーだし、探すよ」

「律儀だな、貴様は」


 好きにしろと、自室へ戻った五十嵐さん。


「わたしも一緒に探しに行きます」

「いや、堀田さんは待機で。珀さん、人数が増えると意地でも隠れようとするからさ」

「その可能性はありますね。分かりました。ゆのんさん探しは専門家に任せましょう」

「ちっとも、エキスパートじゃないよ。いつも、オペレーション・総当たり」


 堀田さんが、クスクスと笑った。


「では、首根っこを掴んで捕まえてください。戻ったら、お説教です」

「御意」


 少なく見積もって、正座一時間コースだろう。

 コンカツカルテット真のボスが、内に秘めたる憤りを発散させるまであと30分。

 暢気そうに寝転がった珀さんを想像して、僕は心中合掌した。

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