第22話 噂話

《4章》

『衝撃のスクープッ! 久能明爽氏、パートナー解消か?

 コンカツ高校唯一のカルテット、早々に解散っ!?

 某日、某所。

 新聞部の特ダネ班が、耳を疑うスクープをキャッチした。


 今年度の入学式で全ての話題をかっさらった、久能明爽氏のデビューは記憶に新しい。


 しかし、羨望の眼差しを一身に浴びる輝かしい経歴に影が差した。我々が掴んだ一報によれば、久能氏は近日中に珀ゆのん氏とのコンカツパートナーを解消する運びとなった。


 珀氏といえば、男女共に人気を集める美少女である。


 誰もが羨むパートナーを獲得した久能氏だが、その幸運は長続きしなかったらしい。

事情通Hに証言を求めると「ったくよぉ~、久能のくせに、美少女三人独占するなんて生意気だぞ! ぐへへ、ようやく俺にもチャンスが回って来たってわ……って、加賀谷!? オメー、どうしてここに! いや、待て。冗談だって、冗談――ぎゃぁぁあああああああ!」


 ……事情通Hの安否に一抹の不安が残った。


 さて、久能氏を知る関係者に取材をしたところ、元々彼が特別選抜クラスに入ったこと自体に疑問の声が上がっていた。やれ、パッとしないくせに、個性がないくせに、スター性がないくせに。総司さまがナンバーワンでしてよ! などと、評価は芳しくなかった。


 このままでは、万能AIにして万能マリッジコンサルタントHUKAN教諭によるコンカツマッチングの信頼性までもが揺らぐ可能性が生じてしまう。

 久能氏はまだ、新入生男子たちが羨むパートナー二人と組んでいるものの、彼自身変わることができなければ、同じ道を辿るのに時間はかからないだろう。


 我々、新聞部は引き続き、何かと話題な久能氏の動向を調査していきたい。

続報を待たれし。』


 エントランスの掲示板に貼られた新聞部の号外に、僕は辟易とする。


「つまり、どゆこと?」


 噂の新入生の特ダネを掴むスピードは見事だけれど、内容はテキトーだった。

 確かに、珀さんとパートナーを解消する運びになるだろう。事実である。

 否、早々に事情通Hが出てきて、記事の信ぴょう性がかけている。


 比木た……事情通Hの証言はほぼ、個人の感想に留まっている。客観性、どうぞ。

 美少女三人とコンカツするチャンスを総取りした以上、やっかみや批判は受ける所存だ。スペックが足りない? イケメンじゃない? それは僕が一番痛感してるよ。


「芸能人が週刊誌にゴシップを書かれた気分を味わえたね」


 いわゆる有名税ってことかな? 出る杭は打たれる。

 僕が有名だったのは入学初日のみ。

 二日目からは下馬評通りの真のリア充、加納君がこの学年を引っ張っていく存在と暗黙の了解が広がっていた。僕もそう思います。


「ねぇ、あの人じゃなぁーい? パートナーに逃げられたトクセン組って」

「何それ、ソッコー決められすぎじゃん。マジ、ウケるんですけど」

「入学式で話題になってた……あー、無能くんだっけ?」

「無能、乙! そりゃ、逃げられるわっ」


 僕は、他人に舐められることに鈍感な節がある。

 しかし、露骨な噂話が近くから聞こえれば気分は良くない。

 敗北者は、おめおめと氷山泊に退散しようとするや。


「おい、あんたら! コソコソみっともねぇ真似しやがって! 言いたいことがあるならハッキリ言えっつーの!」


 遠巻きに僕を侮っていた女子たちに、比木盾君が絡んでいた。


「何こいつ。え、待って。やば。きもー」

「うわー、マジ、変質者じゃん。これ、通報事案っしょ」

「んだとコラァ! こちとら、トクセンの比木盾やぞ! テメーら、知らねえ顔ってことは平凡クラスだろ。ははーん、やっかみってわけか!」


 ムキーッと憤慨した、比木盾君。

 やれやれとため息をこぼした、僕。

 一応、比木盾君は友人。本当に通報される前にフォローしないとね。


 自分を嘲笑した相手に近づきたくないけど、仕方がない。

 なんせ、彼は久能明爽への悪意を無視しなかったのだから。楽な方へ逃げなかった。


 でも、面倒事は増やさないでほしいと思いました。

 ピエロを演じるのは疲れるなあと歩を進めた矢先。


「やあ、君たち。大きな声が聞こえたけど、どうしたんだい?」


 爽やかな青年が、僕と反対方向からやって来た。

 我らがハンサム、加納君の颯爽登場だ。


「ちょ、うそ!? マジ、イケメン!」

「美形、半端ないっしょ! 本物の加納くんって感じ?」

「めっちゃ、かっこいいじゃん。あたし、こんなパートナーが良かったし」

「まあ、わざわざ俺の偽物なんて現れないだろ」


 はしゃぐ女子たちに、加納君は屈託のない営業スマイルを向けた。


「ところでさ。不躾で悪いんだけど、ちょっと時間あるかな? 駅前にできた新しい店で、女子ウケが良いスイーツを教えてほしいんだけど」

「きゃ~、ナンパされちゃったし。マジ、神展開!」

「全然、暇でぇ~す。めっちゃ教えまぁ~す」

「ありがとう。君たちの分も、奢らせてくれ」


 加納君が僕に目配せするや、手早く女子たちを引き離していった。


「おい、待ちやがれ加納っ! オメー、そんな奴らが気に入ったのかよ、見損なったぞ」

「いや、そうじゃない」

「久能! あんな奴はもう、絶交だ」


 絶交大好き、比木盾君。


「少し、落ち着きなよ。加納君は真のリア充だからね」

「だから、何だってんだ?」

「つまり、嫌な奴を倒すより、嫌な状況を覆す性質なんだ」


 場を整える。それが彼に課せられた使命であり呪いだ。


「ケッ。何が、真のリア充だ。俺はそんなの認めねーぞ。あのイケメン野郎が、誰にでも好感度を売りつけるのは悪癖じゃねーか」


 比木盾君と僕では、思想が全く違っていた。

 そりゃ意気投合した場合、同じような性格になろう。


「比木盾君が代わりに怒鳴ってくれたから、若干溜飲が下がったよ。サンキュー」

「あ、あんだよっ。わざわざ改まって言うんじゃねー。ちぇっ、調子狂うぜ」


 比木盾君が、ポリポリと眉尻を掻き始めた。


「礼がしたいなら、珀ちゃんを寄こしやがれ! 珀ちゃんのパートナーに、俺はなるッ」

「事情通Hは、信用できないからダメ。今後は警戒しておくよ」

「……っ!? な、なぜバレた!」


 本気で驚いていた。

 僕も、驚愕した。


「冗談抜きに、詳しく聞いてこないね。君は、ズケズケ根掘り葉掘りだと思ったけど」

「よーし、久能がどんな目で俺を見ていたか分かった。拳で語り合おうぜ」


 シュッシュとジャブを放たれる。

 打つべしと打つべし、と満足したようで。


「……別に、言いたくねえなら聞かねーよ。どうせ、初めて喧嘩でもしたんだろ? 俺なんか、初日の初対面初っ端で加賀谷とひと悶着あったもんだ。あぁ、当時は若かったぜ」

「そだねー」


 特にケンカはしてないけど、面倒ゆえ頷いておく。

 僕が自室へ戻ると告げれば。


「早く仲直りしろよな! コツは、とにかく謝れ。初手謝罪、先手土下座で、楽勝や!」


 比木盾君、心の一句を、開帳す。

 ……ほんと、根は良い奴だよ。あと、季語がないね。

 ドヤ顔がウザい友人に手を振り、僕は今後の方針を考え始めた。

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