第21話 パートナー解消

 知ってる天井だった。

 背中越しに伝わる振動で、僕の意識は覚醒する。

 浴室に併設された休憩場。

 僕はどうやら、マッサージチェアに腰かけていた。


「やあ、明爽くん。おはよう」

「おはようございます?」


 珀さんが、隣のマッサージチェアで癒しを求めていた。


「あれ? 僕、いつ風呂から出たの? 確か、サウナの後……うぅ、頭がっ」


 ズキズキと頭痛が走る。心なしか、下半身に痛みと熱っぽさ。


「覚えてないのかい? ま、その方が幸せかもね」


 うんうんと頷く、珀さん。


「……僕、何かやっちゃいました?」

「とても、激しかったぜ」

「っ!?」


 まかさ、本当にやっちゃいました? 覗き? いや、比木盾君じゃあるまいし。

 しかし、腕の震えが止まらないね。マッサージチェアは原因ではないよ。

 慎重かつ大胆に、先方へお伺いを立てるや。


「ボクはあまり気にしないし、澪ちゃんも後ろめたさがあるだろうし、目下大勢に影響なしだよん。ナナちゃんは、いつものパターン」

「そうなんだ? お、オーケー」


 よく分からないけど、深掘りは避けた方が安パイかな。

 珀さんに手渡されたコーヒー牛乳を口に運ぶ。ふう、生き返る。


「あぁ、そうだ。大したことじゃないけどさ、君に話があるよん」

「大したことなんだ」

「さて、どうかな?」


 珀さんが一度目を伏せ、ニヤリと笑みをこぼした。


「真面目な話は手短に。明爽くん――ボク、コンカツを辞退するよ」


 迷いなく、そう断じた。


「……」

「驚かないのかい? ボクは、コーヒー牛乳吐き出すリアクションを期待してたぜ」

「驚いてるよ。でも、納得してしまう自分もいる。だって、珀ゆのんさんは自由を縛られるのが最も嫌いだからね。忌避感ってやつ」


 前兆はあった。元々、珀さんはコンカツに特別興味がないと語っていた。

 みんなと仲良く、みんなと一緒は合わない。それが彼女の性質。


「辞めるなら、決断は早々に。明爽くん、迷惑をかけるね」

「……」


 何も迷惑なんて、思ってない。

 否、僕はどんな言葉をかけるべきか口が全く働かなかった。


「詳細はまた後程、詰めよう。でも、引き留められる覚悟はあったんだぜ? それを固辞する算段を華麗にスルーとか、やっぱり万能AIが選びしパートナーだよん」


 珀さんはスッと立ち上がり、そそくさと浴室を出て行った。

 一人取り残された、僕。


「それは違うよ、珀さん。パートナーとの惜別に声をかけられないのは、0点だね。今頃、万能AIもマッチング唯一の失態を嘆いているだろうさ」


 もちろん、僕の独り言は誰にも届かない。

 風が吹けば、飛ばされそうな弱々しい意思。

ようやく切られた口火は、マッサージチェアの振動にかき消されるのであった。

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