第18話 掃除

「ったく、なんで俺たちがイベントの準備を手伝わなくちゃいけねーんだ」


 比木盾君がぶつくさ文句を言いつつ、体育館倉庫へ入ってきた。

 埃っぽくて、薄暗い。どこの学校も似たり寄ったりな小屋の中。


「そう言うなって、真須。大した予定もないし、先生の頼みは無下にできないだろ。お礼もちゃんと出るみたいだし、損にはならないさ」


 加納君がテキパキと必要な資材を運び出し、僕はその仕分けをしていく。

 カラーコーン、ヨシ。リレーセット、ヨシ。ネット、ヨシ。ふうせん、ヨシ。

 HUKAN先生の特大パネル、ヨシ……ん?

 若干、疑問が生じたけれど、僕の危機管理センサーが悪い意味でスルーを告げた。


「ケッ。万能おじさんのために働くのは納得いかねー。命令するなら、タイトスカート履いたクールビューティーに代わってくれよ」

「僕もそっちがいいね。比木盾君は、カラーコーンとネットを校門まで運んで」

「おい、久能……違うだろお」


 死んだ魚のような目で。


「俺たちは、こんな雑用のためにコンカツ高校の門を叩いたのか? いや、違う! 年頃の女子とあんなことやこんなことを通じて、しっぽり耽るためだろーがッ」

「この学校、結構健全だと思うけどな」

「ただし、イケメン! オメーはダメだ! たとえ神が許したもうても、非モテの希望・比木盾真須が加納のリア充プレイを阻んでやるッ」


 そして、小物である。


「って、誰が非モテの代表格じゃ!? こちとら、コンカツエリートだぞ!」


 そして、セルフツッコミである。


「真須の面白さはトクセンで一番だろ。ほんと、スゲーって。よ、比木盾師匠」

「お、おう。分かればいいんだよ、分かれば。ったく、加納は見る目あるぜっ」


 トクセンのコメディー担当は、想像以上にチョロかった。

 ここまで簡単に転がされるのは、西部劇の枯れ草以来だね。


「久能くん、調子はどうですか」

「ぼちぼちだよ」


 ひょっこり現れた、堀田さん。

 きらびやかな金髪が、陰気臭い体育館倉庫に光を照らした。

 堀田さんは、跳び箱に寄りかかっていたコメディーの人に会釈して。


「比木盾くんもお疲れ様です」

「堀田ちゃん!? 俺の名前、知ってるの?」

「もちろん、クラスメイトですから。比木盾真須くん」


 朝食時、五十嵐さんは存じ上げなかったけどね。

 多分、珀さんもかなりすごくはげしく怪しい。


「……あなたは、天使だ……」


 美少女に認知され、感極まった比木盾君。

 震えながらも救いを求めんと、堀田さんへ手を伸ばす。


「はい。綺麗どころにお触り禁止です。変顔不審者は下がってください」

「久能、テメーッ! 薄口顔こそ下がってろ!」


 僕が、厄介クレーマーの応対に辟易するや。


「比木盾くんのおかげで、イベントの準備が予定より早く進行してるみたいです。普通やりたがらない裏方を率先して引き受けるなんて、すごく良い人ですね」

「えぇ、そうでしょうとも! ハハハ、小生は皆が喜ぶ顔を見るためなら、喜んでお手伝いに興じる男ですから!」


 比木盾君はキリっとした表情で、ハキハキと答えていく。背筋がピンと伸びていた。


「おいおい、久能君。もっと手を動かそうよ。やることはまだ、たくさんあるだろう?」


 どちら様ですか?

 僕が知ってる彼は何処。比木盾君、惜しくない奴をなくしたよ。


「では、堀田さん。小生には、こちらの資材を運ぶ任があるので失礼します」

「よろしくお願いします。比木盾くんは頼もしいですね」

「ハハハハハハハッ! 小生は今、猛烈に感動しているッ」


 小生君がニヤリと笑みを漏らして、よく分からぬままこの場を後にした。

 ちょ、待って。資材、運んで。せめて、HUKAN先生のパネル処分して!


「久能くんのお友達は変わってますね。う~ん、類友でしょうか?」


 堀田さん、きょとんと首を傾げる。


「巻き込まれは勘弁してほしい。堀田さんたちは、買い出し終わったの?」

「はい、ホームセンターが近所にあったのですぐに済みました」


 キョロキョロ周囲を見渡して。


「えっと、ゆのんさん、こちらを訪ねてきましたか?」

「来てないよ。もしかして、また失踪しちゃった?」

「買い出しにはちゃんと付いてきました。でも、さっき運営委員会のメンバーに引継ぎする間、ちょっと目を離した隙に……無念です」


 苦笑気味な堀田さん。


「まあ、幼児と珀さんから目を離すなって迷子センターに教訓掲げられてるからね」

「流石にそれは、ゆのんさん、怒っちゃいますよ?」

「堀田さん、口元緩んでる」

「はっ! うぅ~、すみません。ちょっと想像できちゃって」


 そして、てへぺろである。かわいい。


「珀さんは僕が探しとくよ。多分、人気のない場所に潜んでる」

「お願いします。わたしは澪さんと、マスターコースのみなさんのお手伝いに入ります」


 マスターコース。一応、コンカツイベントの運営をサポートしてるらしい。

 氷山泊に住む仲間なのに、なぜか胡散臭いんだよね。

 堀田さんが別れを告げ、体育館倉庫を先に退出した。

 ふと、気付いた。


「あ、加納君。ずっと一人でやらせちゃって、ごめん。あとは僕がやるよ」

「これくらい問題ないさ。それより、明爽には大事な用事が出来たみたいだな」


 倉庫の奥から顔を出した加納君。


「ここは俺に任せて、パートナーを探しに行くといい」

「いや、でも……」

「おいおい、何を迷う理由があるんだい? コンカツって、相手を想いやる積み重ねが大事だと思うけどな」


 加納君は、当然とばかりに腕を組む。


「流石、加納君! 新入生が選ぶパートナーにしたい男子ランキング一位っ」


 最近、ようやく重い腰を上げて、SNSで情報収集を行った成果をここに発表する。

 僕のITリテラシーはダンチ。ちなみに、このネタは一か月前が最終更新。


「まったく、恥ずかしいこと言わせるなって。なあ、明爽。期待してるぜ」


 風に乗った声援を置き去るように、僕はすでに走り出していた。

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