第16話 朝食

 食堂に行くと、トクセンメンバーが自由にテーブルを囲っていた。

 氷山泊の朝食は、バイキングスタイル。


 様々な種類のパンやライス、サラダ、スープ、フルーツ、一口サイズのおかずがカウンターに所狭しと並べられている。まるで、ホテルのビュッフェみたい。行ったことないけど。


「こっちだ、久能!」


 比木盾君に招かれて、僕は彼が陣取っていたテーブルへ向かう。


「ったく、おせーぞ。待ちくたびれて、先に食っちまったぜ」


 どうやら、朝パスタを食したらしい比木盾君。お皿にたらこスパゲッティの名残あり。


「ごめん。ちょっと、ひともんちゃくあって大変だったんだ」

「おいおい、朝からお盛んかよ! 流石、女子を三人侍らすハーレム王だぜ!」


 相変わらず、グヘヘと下卑た笑いがすこぶる似合う。

 日曜というのに、僕はすでに辟易としていた。


「ハーレム王って割り切れれば楽なんだけどさ。比木盾君くらい性欲まっしぐらな性格は、今更僕じゃあ到達できないよ」

「俺は誰より、紳士的だろうがぁ! 夜中、パートナーのベッドに忍び込んでお触りを企んでも、結局バレ――っ! 頬に真っ赤な証を頂戴するほど、ジェントルしてるぜッ」


 確かに、彼の頬は赤く腫れている。信頼のビンタを頂いたようだ。


「そういえば、比木盾君のパートナーは? もう一人の男子も、まだ関わってないなあ」

「加賀谷は、委員会。湧野は、クラブ活動。新歓と案件で忙しいんだってよ」

「そうなんだ。今度、紹介してよ」

「おい、久能! まさか、オメー……加賀谷までハーレムメンバーに加える気、か? 三大美少女独占禁止法を破っておきながら、あまつさえ俺の女に手を出そうとは一体全体どーゆー了見だッ! 見損なったぞ!」


 朝からウザ絡みがしんどい、比木盾君。

 まあ、HUKAN先生で耐性が付いた僕にとってそよ風に等しいんですけどね。


「あ、見損なうほど見損なえる点がなかったなガハハハハ!」


 イライライライライライライライラ。

 ふふふふふふふふふふふふふふふ!

 覚えておいて。君は、僕が処すよ。


 ところで、銀のフォークとナイフって攻撃力いくつ? 武器は必ず装備しよう。

 僕が朝食にオムレツを選んだばっかりに、儚くもない命を無残に散らす寸前。


「やあ。明爽、真須。ここの席、空いてるかい?」

「どうぞ」

「サンキュ」


 休日の朝でさえ爽やかな加納君。

 僕の正面に座るや、快活なハンサムオーラを漂わせた。


「お、明爽はオムレツか。そっちも美味そうだ」

「うーん、眩しい。僕が女子なら危なかったよ」

「ん、何の話だ?」


 何でもないと答え、僕はオムレツを嗜好した。

 卵の甘さと梅やしらすのハーモニーが口に広がった。朝の胃腸に優しい。


「イケメン許すまじってことだ。おい、加納気をつけな。久能はやる時はやっぜ」


 おかしな比木盾君がおかしなことを口走った。

 それってつまり、おかしくないです?


「顔の造詣で人を判断するほど、明爽は早計な奴じゃないだろ」


 まともな加納君がまともなことを口走った。

 それってつまり、まともです!


「真須は、人を見た目で判断するし、自分も見た目通りだよな」

「グハッ」


 比木盾君の小物キャラにちゃんと対応してあげるとは。完全敗北である。

 加納君はグラタンを一口ほお張り、何食わぬ顔で淡々と。


「まっ、明爽は俺のライバルだからな。張り合うなら望むところさ」

「ゴッホッ!?」


 あやうく、浮世絵に影響を受けそうなほどむせちゃった。

 どちらかといえば、僕はヒマワリよりチューリップの方が好き。


「ナイスジョークだね、加納君。思わず、噴き出したよ」

「いや、明爽はスゲー奴だよ。俺には分かる」

「僕には、分からないよ」

「自覚がないのか、謙虚なのか。いずれ、自覚するさ」


 加納君は、やれやれと苦笑した。

 等しく、やれやれと苦笑する僕。

 真のリア充あるあるの一つ、他者への過大評価。

 恵まれた環境は、良くも悪くも視野を狭めていく。


 隣の芝生は、こちらと同じ青色だ。当然でしょ? 同じ芝生なのだから。

 彼のような存在は基本、幸福や充実感に満たされている時間が長い。

ゆえに、他人の不幸や劣等感に鈍感になりがちなのだ。


 真のリア充の無自覚なる善意は、時々指向性ある悪意に匹敵する。

 もちろん、加納君は至って真面目に僕を評価してくれた。これは受け手の問題。

 畢竟、勘繰ってしまう時点で僕はスゲー奴じゃないんだよ。悲しいね。

 比木盾君が暢気そうに、おかわりのたらスパをすすっていた。平和だね。


「総司さま、お待たせしましたの」

「総司さま、遅れて申し訳ありませんわ」


 声の方に視線を移すや、双子の美人が現れた。


「有栖、白雪。全然待ってないさ。皆で一緒に食べよう」


 加納君がふと立ち上がった。

 何をするかと思えば、イスを引いて御留さんらを座らせていく。


「お優しいこと」

「流石、未来の旦那さま」

「大げさだな。これくらい、当たり前だろ」


 うーん、これはイケメンに許されたエスコート。本物の紳士じゃないか。

 自称ジェントルに横目を向ければ、彼はたらスパに夢中だった。


「わたくし、今朝のメニューに迷ってしまいましたの」

「白雪姉さまは、些か優柔不断ですわ。おっとりがすぎましてよ」

「手厳しいのね、有栖は。あなたの迅速な決断が羨ましいわ」

「いいえ、それはなりません。姉さまの穏やかな性格、見習いたいくらい好きですわ」


 加納君の左右で双子トークが展開される。


「有栖と白雪って顔はそっくりだけど、性格は結構違うもんな」


 御留姉妹が同時にきょとんと首を傾げるや。


「あら、総司さま」

「あらあら、総司さま」

「性格が違えど、想いは一つでしてよ?」

「わたくしたち、同じ殿方にぞっこんですわ」


 かのイケメンは左右から腕を絡め取られ、肩に美人の顔を寄せられる。

 図らずも、たらスパの人の手が震え、フォークを床へ落下させた。


「気持ちは嬉しいけど、食堂でベタベタするのは控えよう。食堂は皆のスペースだからさ」

「これは配慮が足りませんでしたわ。謝罪します」

「えぇ、わたくしたち、節度ある行動を心がけていますのよ」


 そう言って、御留姉妹は加納君の拘束を解いた。

 多分、有栖さんがそば。白雪さんがうどんを食べ始める。

 勝手なイメージで申し訳ないけど、ケーキやリンゴはいらないの?


「楽しそうですね。わたしたちも交ざります」

「貴様ら、騒がしいな。食事は静かに取れば良かろう」


 堀田さんと五十嵐さんがやって来た。


「……フ。ここは僕が――」


 さっと立ち上がり、イスを引こうとした。


「澪さん! 孤高を気取って、テーブルの端へ行かないでください。席は、ここですっ」

「む」


 五十嵐さんをちゃっちゃと座らせ、堀田さんは僕の隣の席に着いた。


「……」


 やっぱり、上手くできないね。ハンサム値が足りないよ。

 僕がオムレツを口に運ぶだけのマシーンになりかけたところ。


「えっと、堀田さんに五十嵐さん。こうしてちゃんと話す機会は初めてかな。二人とも、すごく可愛らしい女子だ。明爽のパートナーと聞けば、納得だけどな」

「見え透いた世辞はよせ、加納総司。なるほど、薄い笑みは調和を好む性ゆえか? 邪な視線は、久能明爽ほどではないな」


 ひどい。


「これは手厳しい。以後、気を付けるよ。堀田さんも少し馴れ馴れしかったかな?」

「ふふ、そんなことありません。ですが、見た目の賛辞は自分のパートナーに送ってください。きっと、後が怖いですよ?」


 僕や比木盾君がセクハラになっても、加納君はイケメンだし許されるのでは?

 どっこい、そーゆー浅い考えじゃないようで。


「総司さま……堀田さまのような手弱女がお好みですか?」

「総司さま……他所の雌に見惚れてしまいましたか?」

「あぁ、羨ましいですわ。その可憐な容貌が」

「あぁ、羨ましいですの。その人目を惹く金糸が」


 ゴゴゴゴゴゴと妙な圧を感じるね。

 御留姉妹が目を細めて加納君と腕を組み、所有権を主張している。


「窮屈な束縛は、相手を信用できていない裏返しですよ?」


 怨敵指名を受けた堀田さんは、涼しい顔で胆力を発揮した。かっこいい。

 一触即発かと思ったけれど、そうはならない。

 なんせ、ここには真のリア充が控えているのだから。


「え、いや、深い意味はないけどなあ。ただの挨拶じゃないか」


 僕ならキョドる一幕なものの、加納君は慌てず騒がず場を整えていく。


「大体、俺のパートナーは有栖と白雪しかいないだろ。それ以上のラッキーが、この学校にあると思えないよ」


 そして、イケメンである。


「「総司さま……っ!」」


 感極まり。


「「わたくしたち、一生総司さまと添い遂げますわ!」」


 感涙に咽ぶ双子。


「やれやれ、大げさだな。でも、これからもよろしく頼むな」

「「もちろんでしてよ」」


 こうして、美男美女たちは改めて絆を確認するのであった。

 ……イイハナシダナー。

 僕と比木盾君はこの手のシーンが不慣れで、そっと視線を逸らす他なかった。


「おい、久能。そういえば、珀ちゃんはどうした?」

「どうしたとは?」

「カァーッ、なぜここにいないんだ。俺は、三大美少女と楽しくお喋りするために早起きしんだぞ! 特に、珀ちゃんは相手してくれそうだって期待してたのに! オメーの素朴な顔を拝むために、席をリザーブしてたわけじゃねえ!」


 本音をぶちまけた、比木盾君。

 予想は付くけど、一応堀田さんに聞いてみる。


「ゆのんさんは、お先にと出て行ったのですが……」

「じゃあ、いつものだね」

「いつものです」


 こくり、と頷き合う。


「フラフラと落ち着きがないな、珀ゆのんは。まったく、少しは節度を守れないものか」


 五十嵐さんは箸を使って、シャケの骨を綺麗に取り除いていく。伝統の和食セットだ。


「シャケ、没収されずに済んで良かったね」

「うむ。やはり、納豆とシャケは朝食に欠かせないな」


 思わず相槌を打った、五十嵐さん。


「……っ! 私は別に、珀ゆのんに朝食を脅かされなかったと安堵などしておらんぞ? その漬物より萎びた表情で私を眺めるな、久能明爽!」

「えー!?」


 まるで、梅干しを口に突っ込まれた気分だった。すっぺ。


「澪さんも落ち着ていください。食堂は、わたしたちの部屋じゃありませんからね」

「……善処しよう」


 五十嵐さんは黙食に励むことに。

 それで良いんですと空耳が聞こえれば、堀田さんがサンドイッチを手に取った。


「久能くん、オムレツだけだと足りないと思って多めに持ってきました。どうぞ」

「ありがとう」

「あっ」


 堀田さんの手が止まった。

 おそらく、あ~んをしようかどうか逡巡中。

 さりとて、五十嵐さんを諌めた手前、自分がはっちゃけるのは如何なものか。

 珍しく、彼女の妄想に常識がせめぎ合っているのだ。


「今日はお行儀良くしようか。皿の方、貰うよ」

「あは、バレちゃいました。久能くん、わたしの考えはお見通しですね」


 堀田さんが、俯きがちに頬を朱色に染めた。

 ほんわかタイムに心安らぐ、僕たち。

 ――否。


 かりそめの、ぬるま湯の関係をヨシとしない硬派な漢が異議を唱えた。

 バンッ! と、テーブルが強く叩かれる。

 彼は震えが抑えられないと言わんばかりに、立ち上がった。


「ち、ちち、チッキショー~~~~っっ! 公共の場でイチャイチャしやがって! このリア充コンカツエリートどもめ! 見せつけてくれやがるぜ! 爆ぜろぉぉ~~っっ!」


 比木盾真須、怒りの宣告。

 唯一、パートナー不参加の彼は、一抹の寂寥感に耐えかねていた。


「久能! 加納! テメーら、絶対俺が倒してやる。首を洗って待ちやがれッ」

「ちょっ、待って。比木た」

「うわぁ~ん」


 脱兎のごとく逃走を図った、比木盾君。

 食堂から姿を消すのは、一瞬の出来事だった。


「虚しい叫びだ」


 僕は思わず呟いた。

 すると。


「久能明爽、一つ問おう」

「如何に?」

「あの騒がしい男……もしや、同級生か?」


 五十嵐さん、冗談が入り込めない硬い口調で言わないで。


「さあね。僕も知らないや」


 断言できるのは、彼がたらスパ好きってことくらい。

 比木盾君のコンカツに、幸あれ。

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