第11話 ゲームセンター

 ちょっとお手洗いに。

 そんな言葉を言い残し、堀田さんはフードコートを後にした。

 僕は珀さんの誘いに乗り、アミューズメントパークへ入った。


 けたたましいBGMが鳴り響く中、オンライン対戦のゲーム筐体に人が集まっている。小学生の頃に遊んだメダルゲームやカードゲームがやけに懐かしいね。

 プライズコーナーの一角を右往左往。

 見覚えのある姿が、クレーンゲームに張り付いていた。


「珀さん、ここにいたんだっ」

「やあ、明爽くん。そんなに慌ててお急ぎかい?」


 珀さんが小首を傾げた。


「お急ぎだよ! オリエンテーションサボって、ゲーセンに屯する子を見つけたからね」

「へー、気まぐれなパートナーを持つと大変だ。ご褒美にアメちゃんをあげよう」

「いや、それよ――むぐ」


 棒付きキャンディーを突っ込まれた、僕。


「君を呼んだのは他でもない。ちょっとボクの用事に付き合ってほしくてね」

「如何に?」

「もちろん、このクレーンゲームだぜ」


 珀さんが指差した筐体には、アニメのキャラらしきぬいぐるみが陳列されていた。

 普通に考えて、欲しいぬいぐるみがあるってこと?


「僕、こういうの取れた例がない。両替機に消えた英世たちは忘れない」


 あれはまだ、世界は希望で溢れていると信じでいた頃……


「変な回想シーンは要らないよん。取るのは、ボク。明爽くんは、横からアームの位置を誘導してくれればいいのさ」

「なるほど?」


 僕は、ふと視線を下げた。

 スカートから伸びる珀さんの脚はスラリとしなやかで、滑らかな線を描いている。


 ――ではなくて。

 彼女の足元には、アニメグッズや美少女フィギュア、お菓子の山が紙袋に詰まっていた。


「おや、ボクの脚がお気に召したのかい? 目つきがやらしぃー」


 珀さんがチラっと、スカートの裾をつまんだ。

 白い太ももが露わになるや、図らずも僕はガン見してしまう。強いられているんだ!


「そうだけど、そうじゃないって!? ずっと眺めたくなる綺麗な脚だね。ありがとう!」

「アハハ。明爽くん、正直が過ぎるぜ。誉め言葉として受け取っておこう」


 何でもセクハラだと訴えられる昨今、なぜか許された。

 面白ければ、大体オッケー。それが、珀ゆのんさん。


「たくさん景品ゲットしたのに、まだ取りたいの?」

「まあね。ついさっき、追加注文が入ってさ。せっかく、ノルマはこなしたのに。参った、参った」

「ん? 追加注文? ちょっと話が見えないなあ」


 なんとなく、予想は付いていた。

 珀さんがゲーム好きなのは知っている。

 しかし、部屋にアニメグッズや美少女フィギュアは飾っていなかった。

 然るに、コレクションではなくプロダクト。


「この子たちは、フリマアプリで流すんだよ。即決価格は、代行業を承る感じかな」


 そして、転売である。


「え、珀さん、転売ヤーだったの!?」

「プライズ景品専門だけどね。送料はこちらが負担する良心価格だよん」

「そ、そうですか」


 意外な活動をしていて、ビックリした。

 趣味と実益を兼ねているのかな? 珀さん、お金にあまり執着なさそうだけど。


「明爽くん、偉い人は言いました。お小遣いは有限、欲しい物は無限ってね」


 言ってないよ。


「毎月毎月、ゲームやマンガが飽き足らず発売され、推しにお布施し、創作活動は費用がかさむときた。仕方がない、稼がなければいけないのは世の常さ」


 つまるところ、学生のあるある話だ。金欠なら、バイトしましょう。


「おいおい、ボクにまともなバイトが務まると思うかい? 自慢じゃないが、マニュアルは興味がなくて覚えない。五分前行動は、遵守しないよん」

「――これは務まらない!」

「即答だね! 右に同じさ」


 珀さんはまあ、個性を尊重するスタイルが似合っています。


「ボクは得意なことで勝負したい。でも強敵出現につき、パートナーの協力を仰ぐ。初めての共同作業――これでコンカツのノルマも達成。実にウィンウィンじゃないか」

「そだねー」


 ぬいぐるみを入手しても、転売ヤーの財布が厚くなるだけ。

 共同作業という名のタダ働きを経て、心の距離は縮まるか。

 僕は、やれやれと肩をすくめるばかり。


 さりとて、接待は得意な部類。

 かつてリア充グループで培われたヨイショ力を以って、珀さんのご機嫌を取ろう。

 それがいずれ、二人にとって転売不可能な景品になると信じて。

 珀さんは気前良く、クレーンゲームの投入口に500円入れた。六回遊べるよ。


「さぁ、明爽くん。君の平衡感覚を頼らせてもらうよ」


 筐体の側面に回り込む、僕。

 ケースの中を確認すると、落とし口には囲い、景品は段差ごとに置かれていた。

 ちなみに、狙いはアニマガール? という、動物を美少女キャラにした作品。大きなお友だちに大人気らしい。


「もうちょっと右! 気持ち前!」


 ピロローンと情けない音を鳴らしながら、ぬいぐるみの元へアームが動いていく。

 ウサギガールの耳をアームの先が掴んで……ポロリ。


「あぁ、失敗」

「次」


 珀さんはすぐに切り替え、ボタンを叩いた。


「そのタグの出っ張り、引っかけよう」


 ペンギンガールの尻尾から飛び出たひもに狙いを定め……ポロリ。


「頭と身体を挟み込めば、ワンチャンありそう」


 前足を上げるようなポーズをしたウマガールを捕まえ……ポロリ。


「……へー、やるじゃん。ボクをここまでコケにするなんて、なかなかどうして面白い」


 ピキピキ。そんな音が聞こえた気がする。


「えっと、じゃあ一番手前にあるイルカに」

「どりゃぁーっっ!」


 一番奥に鎮座するライオンガールのたてがみ風ヘッドドレスに、アームを絡ませ……ポロリ。おまけに、ポロリ。

 クレーンゲームって、他のゲームより遊べる回数すぐ減らない?


「珀さん、ちょっと待って。このままだと、500円が無駄死よ」

「止めてくれるな、明爽くん。こいつだけはいくら払ってでも、わからせてやる!」


 ふくれっ面な珀さん。

 飄々とした女子がムキになっちゃってる。これが萌えというやつだね。


「そいや!」


 噛んじゃったのは仕様です。


「珀さん、たくさん景品ゲットしてるよね。逆に、僕が邪魔してたよ逆に。普段の調子で挑めば楽勝じゃない?」

「別に、君が原因ではないぜ。いつもは取れそうなやつだけ狙うんだ。それに、大きいサイズのぬいぐるみは今回が初めてだからさ」


 珀さんは、操作ボタンに手をかけようとしたが引っ込める。

 僕たちには難しいレベルでした。ふと、疑問が生じる。

 代行依頼とはいえ、無駄にコストが高い案件を転売ヤーは引き受けるのかな?


「気になるかい?」


 珀さんは僕を見つめるや、ニヤリとほくそ笑んだ。


「ただの直感。なんとなく、君が来れば成功する気がしたんだ」

「それは……役に立てなくて、ごめん」


 ここぞという時、僕は結果を出せない。

 一軍メンバーのヒーローたちに羨望の眼差しを向けてばかりの中学時代。

 高校生になり、環境が大きく変化してもダメなまま。

 なんせ、僕の本質が何一つ変わっちゃいないのだから。


「ま、こんな日もあるさ。今日は十分稼げたし、結果オーライだよん。明爽くん、結構楽しめたぜ。ご褒美にデートしてやろう」


 魅力的な提案を受けたはずなのに、僕はちっとも聞いていなかった。


「――まだ終わりじゃない。僕には、僕のやり方があるはずだ」

「難しい顔しちゃって、怒ってるのかい?」

「珀さんっ」

「んー?」


 彼女は瞳を丸くして、パチクリと瞬かせる。


「……僕に良い考えがある。多分、次はぬいぐるみを取れると思う」

「君の妙案かい? せっかくだ、期待しちゃおっか」


 頭の後ろで腕を組んだ、珀さん。ニヤニヤ顔がよく似合うね。

 悪戯好きな妖精に見守られる中、僕は周囲を窺った。


 うるさいBGMに集中力を乱されるも、お目当ての人物を探していく。珀さんが僕の視界を塞ぐように何度もキメ顔をくれた。可愛さで妨害しないでね。

 果たして、珀さんの誘惑(?)に打ち勝ち作戦を実行する。


「すいませーん。忙しそうなところ、ちょっといいですか」


 隣のクレーンゲームの調整をし始めた女性スタッフに声をかけた。


「はい、どうしましたか?」

「実は……その、僕のか、カノジョがっ、あのぬいぐるみを欲しがってまして! けど、何度やっても全然取れないんです。まだ狙うつもりなので、チャンスをください!」

「明爽くん、無茶な要求はダメじゃないか。店員さん、困ってるぜ」


 さりげなく、500円を提示。


「まあまあ。ふふっ、そうですか」


 女性スタッフが、微笑ましそうに頷いた。

 いつの間にか、珀さんが僕と腕を組んでいる。

 二人はとっても、親しい仲なんだなーと思いました。


「景品が乱れていますので、並べ直します。少々お待ちください」


 そう言って、女性スタッフは慣れた手つきでパパっとぬいぐるみを整列。

 ただ一つ、ウサギガールを落とし口の正面に残したまま。

 これなら、僕でも……っ!


「よし、行け。頑張れ、アーム。負けるな、アーム!」


 ゲーム、スタート。相変わらず、弱弱しいアームのキャッチ力。

 しかし、落とし口の囲いを支えにして、ウサギガールのお尻が持ち上げられた。かろうじて、囲いの高さを超えて一回転。ひゅーすとんと、外の世界へ通じる穴に吸い込まれていく。


「良い考えだったでしょ?」


 古今東西、良い考えは良い考えじゃないのが通説。

 その通説を打ち破り、僕は珀さんにウサギガールを手渡した。


「おお。やるじゃん、明爽くん。ボクの直感の良さが証明されたね」


 パンッ!

 と、歓喜のハイタッチ。


「おめでとうございます! 素敵な彼氏さんで良かったですね」


 まるで懐かしむような顔でほほ笑んだ、女性スタッフ。


「まあね。でも、彼氏じゃないよん」

「え?」


 一瞬呆気にとられたスタッフに、珀さんはすかさず言い放つ。


「明爽くんは、ボクのコンカツパートナーさ」


 そして、ドヤ顔である。


「それは失礼しました。ふふ、引き続き当店をご利用くださーい。また何かあれば、声をかけてくれれば対応しますので」


 そう言って、女性スタッフは仕事へ戻った。


「やっぱり、親切な人だった。テキトーなバイトだったら、作戦失敗だったよ」

「ちゃんと理由があったのかい? 美人だから声をかけたと思ったぜ」

「まさか。美人が相手だと気後れする。理由がなきゃ、パニクるよ」


 僕は、肩をすくめるばかり。

 その辺の対応ができれば、僕もリア充グループの輝きを得られたんだろうな。


「珀さん、相談なしで彼女扱いしたけど、よくアドリブに対応したね。演技派女優だ」

「大したことじゃないさ。彼女って言葉、実に便利と痛感したよん」


 コンカツの授業中、偽装カップルを演じたのは皮肉かな。

 とにかく、珀さんの願いを叶えられました。


「臨時ボーナスゲットだね。そういえば、今、欲しいものあるの?」

「明爽くん、これは売らないよん。今日の記念にしよう」

「え、追加注文じゃないの?」

「気が変わったよ。キャンセルさ、キャンセル」


 珀さんは、ウサギガールの耳を引っ張りながら。


「……まあ、ある意味欲しいものは手に入ったかもね」

「どゆこと?」

「それはボクの口からはとても。君はサディステックかい? とんだ辱めじゃないか」

「えぇ!?」


 ぬいぐるみを抱きしめ、珀さんがクスクス笑った。

 やっぱり、気まぐれガールの心情はつかめない。

 僕が頭を捻らせるや、別の事柄を思い出した。


 ――わたしばかり久能くんを独占するのは不公平だと思います。ゆのんさん、澪さんとも一緒にデートしてください。わたしは陰ながら、応援してますね。

 スマホに、こんなメッセージが入っていた。


「堀田さん、どおりでいつまで経っても来ないわけか」

「なになに……ははーん、なるほど。ナナちゃん、気遣いの人だね」


 メッセージを覗いた珀さんは合点した様子で。


「時に明爽くん。澪ちゃんとは絡んだのかい?」

「いや、まだだよ。そもそも、どこにいるのか皆目見当が」

「さっき、ペットショップで見かけたぜ。なんか、コソコソして怪しかったよ」

「五十嵐さんがペットショップ?」


 流石に、ボルダリングジムにはいないようだ。

 あっさり居場所が判明したのは幸運。早速会いに行こう。


「あ、ボクはパス。郵便局でブツを送らないと。平素よりご愛顧賜りだよん」


 珀さんは、らんらんるーと口ずさみながら踵を返した。


「また会おう、明爽くん。ボクは、速達を強いられているんだッ」

「ちょ、待って。珀さぁーんっ」


 僕の切実な声は、ゲーセンのけたたましいBGMにかき消されていく。

 いくら手を伸ばそうとも、既に届くはずもなく。

 僕を一人残すや、風と共に去り行くコンカツパートナー。

 心なしか、彼女の後姿は弾むようなスキップを刻むのだった。

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