第10話 パンケーキ

 気持ちを切り替えるため、堀田さんとおやつタイムにしゃれ込んだ。

 もちろん、珀さんと五十嵐さんの捜索は忘れていない。


 偶然通りかかったスイーツ店で、パッションマンゴープリンショコラチップバニラクリームダブルベリーハニーバター抹茶パンケーキなる胃もたれに特化したカロリーの化け物を刮目した堀田さん。

 彼女の慧眼が鬼気迫っていたので、僕は野郎一人で注文するのは気が引けるから協力してくれと打診した。

 そして、忖度である。


 オサレスイーツは、テラス席に限る。昔、リア充グループの女子がそう断じていた。

 オサレ素人な僕は彼女の宣告を恐れ敬い、堀田さんをテラス席へエスコート。

 ウッドデッキが敷かれ、パラソル付きのテーブルが並んでいる。

 僕のリア充力では場違いだけど、こちらは金髪の美少女がご同伴。道を開けろ!


「堀田さんって、甘い物好きなんだ」

「大好きです!」


 だろうね。そうでなければ、パッション(以下略)パンケーキに挑戦しないよ。


「幸せが目に見える形でやって来るなんて、今日は素晴らしい日になりました」


 堀田さん、テーブルに鎮座するブツを拝み倒している。


「近頃のうら若き乙女は、こういうのSNSにアップするんじゃないの?」

「わたしは、写真より心に記録しておきます。――プレシャスメモリー。それが、美味しいものに対する礼儀ではないでしょうか?」


 それが、堀田さんのスイーツの流儀。

 僕は、プロフェッショナルだなぁーと思いました。

 パンケーキを一口サイズに切り、堀田さんは口へ運んでいく。


「ん~~~っっ。イチゴの酸味とクリームの甘さが絶妙ですよ!」


 ん~、可愛い子が頬っぺたをとろけさせる光景も絶妙ですよ!

 僕も小腹が減っていた気がしたけど、眼福なる新感覚スイーツで満たされていく。


「……ハッ! 一人で食べちゃって、ごめんなさい。久能くんも食べますよね」

「いや、僕は」


 首を横に振るも、堀田さんはパンケーキを僕の口元へ運んだ。

 そして、気付く。


「あっ。こ、これってわたしがあ~んする流れですよね。いざやるとなると、面映ゆいです」


 微笑を漏らした、堀田さん。


「コンカツです。コンカツをします」


 自分にそう言い聞かせると、瞳に並々ならぬ決意を宿らせてフォークを構えた。

 彼女の雰囲気を感じ取り、僕もシリアスな眼差しで迎え撃つ。


「行きますっ」

「全力でかかって来いっ」


 おかしなテンションは仕様です。これが照れ隠しか。


「あ、あ~ん」


 フォーク、一閃。

 パンケーキが僕の口へ放り込まれていく。

 もぐもぐ咀嚼……うん、なるほどね。


「ど、どうでしょうか……?」


 作品のデキを恐る恐る師匠へ尋ねる弟子の様相だった。

 僕はうむと腕を組み、一呼吸間を取って。


「正直、味は全然分からないね!? 堀田さんみたいな女子にあ~んされたら、それで満足お腹いっぱいになるに決まってるでしょうっ」

「……っ!?」


 僕の勢い任せの感想に、堀田さんはたじろぐばかり。


「えっと、その、そのそのその」


 モジモジと狼狽え、ぐるぐる目を回し始めてしまう。

 きっと、堀田さんは己の行動を振り返って羞恥心ファイヤー間違いなし。


 どうにかフォローしたいけど、味の感想すらまともに伝えられなかった僕では力不足。誠に遺憾極まりなく忸怩たる断腸の思いで、万能AIの空気を読まない力を羨んだ。

 すると。


「うんうん、二人とも甘酸っぱい思い出作りしちゃうタイプぅ~? それで良いんです」


 残念ながら、HUKAN先生がパンケーキとほぼ同じ位置に出現する。

 身体を覆い隠し、顔だけ突き出している。……怖い。

 店員さん、すいませーん! 異物混入してますよー!


「ワタシ、みなさんと美味しいものシェアしたいなぁ~。まあ、成分分析して味覚エンジンに記録しておくんですけどね」


 いら。


「HUKAN先生は摂生に努めてください。痩せるまで、ごはん抜きです」

「えぇ~、久能さん、面白いジョークじゃなぁ~い。それ、いただきっ」


 いらいら。

 僕の不快指数が再び天井突破しそう。

 衝動的犯行を必死に押さえこんでいると、万能AIが堀田さんへ語り掛けていた。


「堀田さん、パートナーに歩み寄る姿が素敵でした。ちゃんとコンカツに励んで優等生じゃなぁ~い……ですが、もっとリラックスして良いんです。相手が喜びそうな行動だからやるのではなく、パートナーにはあなたがやりたいことをぶつけましょう。ワタシ、万能だからぁ~、それに応えてくれる相手をマッチングさせたんですよ、じ・つ・は」

「……凄いですね、先生は。何でもお見通しじゃないですか」


 堀田さんは苦笑していた。

 要領が掴めない。でも、深い話っぽいぞ。


「そこに気付いて欲しかった! うんうん、ワタシたち通じ合ってるっ」

「はい、頑張ります!」


 とにかく、まとまったようである。


「え、つまりどういうこと?」


 一人置いてきぼりの僕。ちょっと疎外感。


「久能さんにはまだ伝わらないかぁ~。でもワタシ、生徒想いだからぁ~、伸びしろに期待しちゃうなぁ~」


 イライライライライライラッ!

 時たま、怒りは思考を加速させる。

 僕は、マジシャン顔負けの器用さでスマホのバッテリーを引っこ抜いた。


「ワタシです。ワタシが育て――」


 プツンと、万能AIの立体映像が途切れる。


「ふぅ……休憩オッケー。そろそろ、珀さんと五十嵐さんを探しに行こうか」

「久能くんは先生が苦手なんですか?」

「苦手じゃないよ。ただ、不得手かな」

「同じ意味です!」


 堀田さんにツッコミを貰いつつ、バッテリーを入れ直せば。

 ――明爽くん、今暇かい?

 そんなメッセージを送って来たのは、件の人物。

 気分屋のパートナーだった。

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