第9話 堀田ナナミーナ
フードコートまで足を延ばしていた。
「はあ……ハァ……もう大丈夫です……」
堀田さんをソファに案内して休んでもらう。
「こんなに必死に走ったのは久しぶりだ。僕も疲れたよ」
ふぅと、脱力する僕。
そういえば、ここのサービスは無料なんだっけ。フリードリンクください。
「ふふ」
「どうしたの? 僕の顔そんなにおかしい?」
自慢じゃないけど、僕の顔はとても凡庸。汎用とは近そうで遠い。
例の万能AIみたいな個性も獲得できていないと自嘲すれば。
「すいません。さっきのやり取りを思い出しまして……いきなり大勢に囲まれて緊張しました……でも、久能くんに手を引かれて……すごく、ドキドキしました」
朗らかスマイルが眩しい堀田さん。
可愛い子にまじまじと見つめられ、僕はキョドるしかない。
「そ、そいや!」
別に、神輿を担ぐ予定はない。噛んじゃったのは仕様さ。
「せっかく選んだ服、似合ってたのに買えなかったか。勿体ないな」
「気に入ってくれました? では、後でECサイトを利用しましょう」
店で見本を見て、ネットで注文。
実に今風のショッピングだった。
ジンジャエールを二つ頼み、小休止。
一気飲みがてら氷をガリガリ砕くや、堀田さんが口火を切った。
「先ほど、久能くんは疑問に感じていましたね。なぜ、恋愛が苦手だったわたしが、コンカツに身を投じることにしたのか――」
「まあね。けれど、言いたくないなら別に構わないよ。そーゆーのやんごとなき事情があるだろうし」
「いいえ。久能くんには……パートナーにはちゃんと知っておいてほしいです。この秘密を隠してしまえば、本当の意味で親交を深めることはできませんから」
堀田さんの金髪がさらりと揺れた。
大きく深呼吸を済ませ、彼女は意を決したかのように独白する。
「……わたしの両親はとても仲睦まじい夫婦でした。わたしが中学生になっても、二人でデートに行ったり、肩身を寄せ合ってアルバムをよく眺めていました。お互いに世界一好きだと臆面なく言える姿は、聞いてる方が恥ずかしいほどです。しかし、そんな光景が続いたのはわたしが中学三年生に上がる直前。――事故でした。結婚記念日にプロポーズをした思い出の地に寄った帰り、法定速度を破って信号無視の乗用車に衝突されて……」
堀田さんは、そっと目を伏せた。
「お母さん、お父さん。大好きな家族が突然いなくなってしまい、わたしの心にぽっかりと大きな穴が開きました。あの頃はいつもうわの空で、何をしていたのかほとんど思い出せません。気づけば約半年が経ち、わたしも進路を選択しなければならない時期です。そんな折、担任の先生にコンカツに興味がないか尋ねられました。両親と友人だった先生の話では、かつて二人がコンカツ高校で最優秀パートナーに選ばれたそうです。コンカツをやっていたことは聞いていましたが、わたし自身興味はなくて忘れていたほどです」
明後日の方へ視線を向けた、堀田さん。
果たして、両親の面影を追っているのか。
「奇しくも同日、実家の片付けをしているとわたし宛の手紙を見つけました。それは、両親からのメッセージ。――ナナミーナへ、世界一好きな人を見つけなさい。大丈夫、私たちの娘なら必ず運命の相手と巡り合える。自分を信じれば、奇跡なんて起こせるものよ。だって、私たちがそうだったから!」
パートナーと目が合った。
宝石のような青い瞳が輝き、路傍の石のような僕を眺めている。
「……わたしにとって、理想の夫婦とはお母さんとお父さんのような人たちです。そんな関係を築くため、わたしはコンカツにすがることにしました。あの二人に負けないような、運命の相手と巡り合いたい。それが、コンカツ高校にやって来た目的です」
ひとりぼっちが寂しかったことも否定できませんが、と付け加える。
「……」
長い沈黙が周囲を支配する。
僕は、どう切り出していいか分からなかった。
それでも、秘密を開示された以上、答えがなくとも応える義務が生じている。
なにせ、僕は堀田さんのパートナーなのだから。
「えっと、ちゃんとした理由があって驚いた。正直、結構シリアスでビビっちゃったよ」
「引いちゃいましたか?」
「いや、それはないね! 事情なんて、人それぞれだからさ。教えてくれてありがとう」
僕は、徐に腕を組んで。
「でも、困ったなあ。この際、僕がこの学校に来た理由を白状するけど、単純に結婚出来る気がしなかったからだよ。普通に高校デビューしたところで、モテ始める展望はないだろうし、一度くらい男女交際させてくれ! なんて、テキトーな志望動機だ」
若者の恋愛離れは多数派を占め、別に恋人がいなくても引け目を感じる必要はない。
けれど、僕はお付き合いに興味がある。断然したいよ!
比木盾君よろしく、邪な気持ちが表情に出ちゃったようで。
「あ、今単純な奴って笑ったでしょ?」
「ふふ、そんなことありません。それに、発端は何でも良いと思います。わたしの理由だって私情ですから。久能くんのモテたい欲と変わりません」
「やめてっ、そんな真っ直ぐな瞳で見ないでっ」
志望理由を同格扱いしないで! 穴がないなら、掘りたい勢だよ!
DIYショップへ、ショベルを買いに走りかけたタイミングにて。
「コンカツに興味を持った結果、恋愛小説や少女マンガを貪るように読みました。わたし、それからよく変な想像するようになっちゃって、お恥ずかしい限りです……」
妄想過多は、悲しい過去の反動だったらしい。
「面倒な話に付き合ってくれてありがとうございました。引き続き仲良くしてください」
「こっちこそ、よろしくお願いです」
ペコリと頭を下げた、僕たち。
あのご趣味は……などと言い出せば、たちまちお見合い会場に早変わり。
「久能くんの立場的に難しいかもしれませんが、最優秀パートナーを目指しましょうね」
一応、僕にはコンカツパートナーが三人いる。
あっちを立てれば、こっちが立たず。あっちを向けば、こっちが向かず。
いずれ、難しい判断を迫られる時が来るかもしれない。
最たる懸案事項は、あの二人がコンカツにやる気を出してくれるか。なんとなく、僕が駆けずり回る羽目になりそうだね。万能AIの助力は期待できないし。
……名前を連想したのがマズかったかも。
「うんうん、堀田さんのコンカツに対する想い、と~っても素敵じゃなぁ~い。ワタシ、共感しちゃうなぁ~。生徒は平等に扱いますが、贔屓したくなるんですよ、じ・つ・は」
HUKAN先生、感涙に咽ぶ。
その証拠に、彼(?)の目頭は熱くなり――
「……HUKAN先生。目先から、0と1が垂れ落ちています」
「えぇ~、久能さん、ワタシの涙腺指摘しちゃうタイプぅ~? 目ざといじゃなぁ~い」
AIの目にも涙。しかし、本来彼に血も涙も通っていない。
流すのはもちろん、デジタルデータの残滓だった。
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