第7話 オリエンテーション

「うんうん。午後のコンカツは、オリエンテーションじゃなぁ~い。パートナー同士、親睦を深めて良いんです」


 巨大モニターに映ったHUKAN先生は、控えめに言って顔面の圧が強い。

 ハラスメントについて考えがてら、僕は周囲を見渡した。

 トクセンのメンバーが広場に集まっている。

 とは言え、ここは学校じゃない。郊外のショッピングモールだ。


「お互いの距離感どんどん縮めてほしいなぁ~。コンカツの土台作りです」


 HUKAN先生がショッピングモールのモニターを占拠しているので、他のお客さんの視線が痛い。まるで奇異との遭遇をしたような悲鳴が聞こえた。


「せんせー。よーは、ショッピングデートすれば良い感じぃ~?」

「えぇ~、鷹野さん、要約してくれちゃうタイプぅ~? ワタシ、助かるなぁ~」


 クラスメイトがワイワイ盛り上がる中、僕はソワソワしていた。

 デート、か……僕はデートなんてしたことない。

 それはリア充の特権ではないのか? 中学時代、俗に言う1軍に在籍していたものの、彼女なる存在が現れることはなかった。


 やれ土曜日どこへ行った、やれ日曜日何をした。

 自慢・事後報告・マウンティングなど、実用性のない情報だけが頭脳にインプットされていく日々。悶々とした思春期を過ごしたなあ。

 遠い過去に思いを馳せたけど、これ大体去年の話でした。


 僕は、現在に向き合おうと顔を上げる。

万能AIが胡散臭い笑みでお出迎え。

 直視したくないリアリティーがそこにあった。


「うんうん、みなさんがショッピングを楽しめるように、活動資金をスマホにチャージしておきました」

「あ、本当だ。サンキュー。先生、太っ腹じゃん」

「仮想通貨の運用で学校の予算は100倍に膨れ上がりました。まあ、ワタシはスリムでスマートなんですけどね」


 へー、スパコンが作ったAIも投資する時代なのか。それ、ズルくない?

 いろいろとツッコみたいけど、一つだけ。先生、腹出てますっ!

 そして、肥満である。


「ちなみに、ショッピングモールの責任者に掛け合って、フードコートのサービスは全て無料なんですよ、じ・つ・は」

「おぉ!」

「すげぇ、何でも食べ放題!?」

「うち、気になる店があったんよっ」


 トクセンの歓声に、HUKAN先生はうんうんと頷き。


「ワタシですっ。ワタシが全て手配しました!」

「「「HUKAN先生、サイコーッ!」」」

「そこに気付いてほしかった! ワタシ、万能だからぁ~、つい生徒にサービスしちゃうんですけどね」


 万能AIの自画自賛を経て、自由行動へ。

 まずはお近づきになろう。そんなテーマのコンカツ。

 各々、パートナーと共に散会していく。

 気付けば、加納君や比木盾君の姿はなかった。


「さて、どうしよう」


 疎らな広場に取り残された、僕。

 コンカツ高校唯一のカルテットという肩書だけど、早くも出遅れてしまう。

 行動力の差がハッキリ出ちゃったね。流石、エリートたちだよ。


「久能くん、ぼぉーっとしてどうしました?」


 堀田さんが首を傾げながら、僕の顔を覗いてきた。

 近くで見るほど、顔が小さく可愛らしい。それに。


「……綺麗な瞳だなあ」

「はい?」


 きょとんとした。


「いや、何でもないよっ」


 僕は、ハハハと誤魔化しつつ。


「それよりさ、どこ行こっか? 僕、デートなんてしたことないから、勝手が分からないんだよね。リードできなくて、ごめん」

「ふふ、全然です。わたしも同じようなものですし」

「こういう時は堀田さんの経験に頼るしか……」


 言いかけて、別の言葉を引っ張り出すことに。


「今、何と?」

「わたしもデートの経験はありません。変ですか?」

「いや、全然変じゃない。けど、全然意外」


 若者による全然の乱れは、全然大丈夫かな? 全然、大丈夫にあらず。


「堀田さん、絶対モテたでしょ? その、目をひく感じが華やかだし」

「えっと、告白みたいなことは何度かありました。けど、そういうのが苦手で、いつも逃げちゃってました」


 堀田さんが俯き加減に頬を染めた。


「恥ずかしかったんだ? 周りにそーゆー関係を噂されたりするのが」

「はい、今思えばそうです」


 こくりと首肯する。

 だとすれば、なぜコンカツ高校へ赴いたのだろう?

 五十嵐さんではないけど、若人を疑似恋愛に浸らせ、結婚至上を掲げる破廉恥学園である。


「その話はまた後でしますね。久能くんの中学時代の話も聞きたいですし」


 顔に疑問が張り付いていたのか、それとも僕が分かりやすいのか。多分、後者だね。

「面白いエピソードは特にないよ? 遅刻した日、信号待ちのおばあちゃんと一緒に渡ってあげたってアドリブを先生が信じちゃって、白状したら体落とし食らったとか。席替えで三回連続隣の女子に、ほんとストーカーじゃんって毎朝侮蔑の笑みを向けられたとか」


 中学生男子ならば、あるある話さ。


「すごく面白そうです! わたし、興味ありますっ」


 堀田さんが爛々と瞳を輝かせる。

 やっぱり、君は優しいよ。

 取るに足らないエピソードにちゃんと興味を示してくれるなんて。

 感嘆の念も禁じ得なかったものの、堀田さんはコホンと咳払い。


「残念ですが、その話も後回しにします。今は、やるべきことがありますから」

「如何に?」

「それはもちろん……ゆのんさんと澪さんの捜索ですっ」

「……!?」


 周囲を見渡すが、あの二人の姿なし。やけに静かだなと思っていました。

 間違いなく、単独行動である。単独犯だ。

 正直、想定内。

 案の定、予定調和。


 ならば、対策しておけとお叱りを受けるかもしれない。

 されど、事件を未然に防ぐのは名探偵でも難しい。

 むしろ、彼らは事件が起きてくれないと困る人種だ。

 それと等しく、デートをまともにこなせない僕たちは、人探しという目的をゲット。

 畢竟、あとは行動するのみだろう。


「じゃあ、二人を探しに行こうか」

「よろしくお願いします」


 そう言って、堀田さんが手を差し伸べてきた。

 僕は首を傾げ、彼女が意図を伝えようとしたちょうどその時。


「うんうん、今回のコンカツは距離を縮めることが課題だからぁ~、移動する時は手を繋がなくちゃダメじゃなぁ~い」


 ナントカは、忘れた頃にやって来る。

 ある意味災害級の彼奴が、僕の肩の上に顕現した。


「……HUKAN先生。立体化は、校内だけのはずでは?」

「ワタシ、万能だからぁ~、久能さんのスマホにプロジェクションマッピングのアプリをインストールしたんですよ、じ・つ・は」


 スマホ画面に怪しげなアイコンが光った。有害アプリを入れないでくれ。


「この場で! 即興で! 一瞬で! プログラミングを組みました。独学ですっ、独学でマスターしました!」


 天下の万能AIが、ドヤ顔で自慢してきた。ウザいことこの上なし。

 控えめに言って、スパコンさん。二度とこんなAIをクリエイトしないでください。


「流石です、先生。久能くんを気にかけてくれて、嬉しいです」

「えぇ~、堀田さん、ワタシの親心に気付いちゃうタイプぅ~? やるじゃなぁ~い」

「彼はパートナーが三人もいますから。これから苦労すると思います」

「ワタシもそれ思った! 早速、繋がり感じちゃうなぁ~」


 どうして、HUKAN先生と軽やかに対峙できるのだろう。

 これが才能か。僕はもう、ストレスで胃がヤバい。


「二人の力で、ゆのんさんと澪さんを見つけます。先生はこっそり見守ってください」

「それで良いんです。その提案、いただきっ」


 HUKAN先生がゆっくりと、底なし沼よろしく僕のスマホ画面へ潜っていく。

 完全に住処にされて、困惑せざるを得ない僕。パッと消えて、どうぞ。


「いろいろとどーでもよくなっちゃった。さ、さがそ、さがそ」


 幸か不幸か、脱力気味な僕はパートナーの手を自ずと取っていた。


「きゃっ」


 堀田さんがビクンッと驚いた。

 なぜに? すぐに察した。

 先述するが、狙ったわけじゃない。


 ただ手を繋ぐのではなく、指を絡ませるなんて積極的じゃないか。久能明爽。

 俗に言う、恋人つなぎ。

 彼女の手の感触は、まるでシルクを撫でたかのようにミルキーウェイ。ん?

 シルクを撫でたことなんてない僕がうつつを抜かしたところで。


「ご、ごめん! いきなりだったね!?」


 マズい! セクハラで訴えられちゃう。コンプライアンス厳守!

 急いで離そうとしたが、離れることはなかった。

 解けないように、先方ががっちり握り締めている。


「嫌じゃないですっ。全然大丈夫です!」


 全然大丈夫は、全然大丈夫じゃない。

 一応、堀田さんの表情を窺えばはにかんでいるご様子。


「うぅ……課題です……仲良くなるためです……」


 逡巡するのは無理もない。

どうせ僕たちは、自称万能マリッジコンサルタントがテキトーに選出したパートナー。


 年頃の乙女が、凡庸な男子とスキンシップしなくちゃならない。やっぱ、辛いよ。

 堀田さんの手が小刻みに震えた。

 きっとこの間、脳裏では幾多の葛藤が駆け巡って――


「でも、恋人つなぎはデートの合図……っ!? 後でペアルックしたり、スイーツをあ~んしないといけないのでしょうか!? そ、それに、最後は夕日を背景に、き、きき、キスするなんてっ!? チューは、まだ早いですよぉ~~~っ!」

「……う、うん。そだねー」


 ――脳裏では数多の妄想が駆け巡っていました。

 堀田さんが楽しそうで、何よりです。


「専門店街の方へ向かおうか」

「はいっ」


 心なしか、パートナーの足取りは軽そうだ。

 どっと疲れた。

 僕は今、美少女とデートできる思春期ボーイの優越感よりも、家族サービスを強いられた休日お父さんの気分を体験するのであった。

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