第6話 トクセン
《2章》
入学二日目の朝。
僕がトクセンの教室へ入ると、見知った顔が出迎えた。
「よう、兄弟! 初めての夜はお楽しみだったか?」
「比木盾君……朝からテンション高いね」
「カーッ! 何だよ、そのやれやれ顔は! このラブコメ主人公めっ」
「僕がラブコメ主人公なら、比木盾君も同じ立場でしょ」
年頃の少女たちとの初めて夜は、とても激しく、騒がしく。
切った張った、ひっくり返し。熱さに悶絶、繰り返し。
くんずほぐれつの催し――タコパでした。
意外にも、五十嵐さんが一番手慣れていた。たこ焼き奉行かな?
「全然違うだろ! オメーは別格だろうがッ。美少女三人侍らせやがって!」
「はぁ~。僕、初日からこの先やっていけるかどうか心配になったよ……」
無個性の僕と比べて、彼女たちは癖が強い。不釣り合いこの上なし。
ぜひ有益なアドバイスをくれないかと、視線を投げかける。
「~~~っっ!? ち、ちちちチキショーッ! これが強者の慢心かぁぁ~~!」
そう言って、比木盾君は顔をクシャクシャに歪ませていく。
「どうしたの、比木盾君。いつもの変顔に戻ってよ」
「うるへー。オメーはもう、友達じゃねー」
絶交だと憤慨した、比木盾君。
一日の友情とはかくも儚いものと諦め、早々に新たな出会いを模索する。
元友人の構って攻撃を無視しつつ、教室を見渡した。
「やあ、俺も交ぜてもらって構わないかい?」
好青年に声をかけられた。細身だけど背は高く、流行のヘアスタイルはバッチリ決まっていた。自信に満ちた瞳と柔和な笑みを携えている。俗にいう、イケメンである。
爽やかさを体現したような彼は、冷静に考えればクラスメイトなものの、突然学校にやって来たアイドルの様相を呈した。
「俺は、加納総司。同じクラスの縁だ、仲良くしてくれ。よろしくな」
加納君は有無を言わさず、僕と握手を交わした。
「お、おーけー」
下手に出るしかない僕。圧倒的敗北感。
別に倒すべき敵じゃないけれど、戦う意欲すら沸き上がらない。
この特徴はまさしく――
「加納君は、凄くかっこいいね。イケメンオーラ、半端ない」
「ハハ、よく言われる。それと、もっとフランクに総司でいいって。な、明爽っ」
「……っ!」
初絡みにも関わらずこの距離の詰め方、間違いない。
加納君は、真のリア充である。
中学時代、リア充グループの末席を汚した者として断言できる。
「俺、明爽には一目置いてるんだ。コンカツ高校初のカルテット。その中核をなす男、すげー奴に決まってるだろ?」
彼はハツラツとした様子で、僕の肩を叩いた。
「いや、僕はただの偶然だよ。昨日、HUKAN先生と話したけど、めちゃくちゃテキトーだったし、あと胡散臭いし」
「あんま、謙遜すんなって。明爽がそんな調子じゃ、トリオで喜んだ俺が恥ずかしいわっ」
「加納君がコンカツエリートなのは満場一致で納得だったけど」
「お、そうか? だよなあ。俺も結構捨てたもんじゃないってことかい?」
ニヤリと笑みを漏らした、加納君。
謙遜せずとも嫌味を感じない辺り、やはり本物である。
しかし、僕の観察眼とは異なる判断を下した人もいるようで。
「騙されるな、久能!」
元友人が声を荒げた。
「良い顔して近づいてきやがるイケメンに、良い奴なんていねぇぞ!」
イケメンが良い顔なのは仕方がなくない?
グッドルッキングガイを威嚇するかのごとく、比木盾君は珍妙フェイスで対抗した。
「大体、こういう奴に限って裏で悪さしてやがるっ。優しくて、気さくで、賢そうなイケメンなんていてたまるか!」
イケメン許すまじの急先鋒は、ガルルと息巻いている。
比木盾君、負け犬の遠吠えって知ってる? 小物ほど、声が大きいらしいよ?
「やれやれ、ひどい言い草だな」
案の定、加納君は肩をすくめていた。
「なあ、真須。俺はお前みたいな面白い人間、尊敬してるぞ」
加納君が相好を崩すや、心地良い声色で語りかけていく。
「昨日、真須の一言で緊張してたクラスが一気に和んだだろ? あーゆー感じ、俺はできないからさ。お前がいてくれて、楽しそうなクラスになりそうだ。これからも、頼むな」
「っ! お、おう……ったく、仕方がねえな! 加納はなかなか見所のある男だぜっ。俺ぁ、最初から分かってたけどな!」
イケメンの称賛に、満更でもない比木盾君。
その気持ちは分かるよ。真のリア充に評価されることは、ステータスになるんだ。
比木盾君は、グヘヘと下卑たスマイルを垂らしつつ。
「ところで、同棲初日はどうだったよお? やっぱ、イケメンはさっそくお楽しみに興じたんだろぉ~、なあ~」
「お楽しみ? まあ、パートナーと友好関係を築く努力はしたけどな」
「おいおい、加納。こちとら、そんな優等生の回答は求めてねーぞ。もっと、なっ。あんだろ、な!」
まるで旧知の仲のように、加納君の肩に手を回したゲス盾君。
「うーん、特別語るようなことは起きなかった」
加納君が腕を組み、昨夜の出来事を思い出す傍らで。
「おい、昨日はどうだったよ」
「それがさ、女子と同じ部屋で暮らすって改めて思うと、興奮して全然寝れねーわ」
「ぶっ、まるで童貞だな」
「DT感丸出しやん」
「うるせーな。お前らだってそうだろ!」
窓際に集う男子たちの会話が聞こえた。
「将来の嫁氏、ネグリジェ姿最高でござる」
「分かる」
「一緒のソファに座る女子とゲームは集中できなかった」
「「分かるっ」」
「風呂上がりの女子って、めっちゃ良い匂いするよな」
「「「分かるっ!」」」
あっちは、盛り上がってるなあ。
とりあえず、コンカツエリートの男子はエリート級のバカでした。
「おい、久能。加納! あーゆーのでいいんだよ、あーゆーので。俺たちは、艶と色気に満ちた話題を強いられているんだッ」
「そーだなー。じゃあ、ここだけの秘密だけど実は……」
「おぉ! 心の友よぉ~っっ」
加納君が、比木盾君の下世話絡みに嫌な顔せずテキパキ応対している。
流石、真のリア充。誰が相手でも、カッコいい姿勢を崩さない。
そんな中、僕はふと廊下側で陣取る女子グループへ聞き耳を立てた。
「ね、パートナーどんな感じ?」
「ん~、アリよりのナシ」
「ま?」
ま?
「うちさ、顔が微妙だったなぁ」
「なんで、加納くんがパートナーじゃないの~っ!? 許せんし」
「それな!」
「今んところ、プラマイゼロ」
「カレシはあり得ないけど、将来的に結婚するなら妥協ライン?」
「「「分かるぅ~」」」
「でもぉ、JKにはときめくような恋が必要じゃん?」
「あーっ、情熱的な恋に焦がれてー。あたしの潤い、コンカツで枯れるんだ」
一方では、異性との同棲に落ち着かないとはしゃぎ。
一方では、相手がお買い得なのか値踏みに励み。
男女における精神年齢の違いを垣間見た瞬間だった。
知りたくない場面に遭遇してしまい、僕は名状しがたい気分に陥っていく。
すると。
「総司さま」
「わたくしたちを置いてくなんてつれないお人」
「将来を誓い合った仲だというのに、寂しいですわ」
「「総司さまのいけず」」
ロングヘアーをなびかせた美人の双子が、加納君に詰め寄って来た。
パッと見、ビジュアルの差異は青いリボンと赤いカチューシャくらい。
確か、御留姉妹だっけ?
「有栖、白雪。二人ともおはよう」
「「おはようございます」」
ただの挨拶にもかかわらず、フローラルな風が教室を駆け巡った気がする。
まるでスポットライトに照らされたかのように、彼らの日常は鮮明に輝いている。
「総司さま、朝食はご相伴に預かりたかったですわ」
「わたくしたち、昨晩からずっと楽しみにしていましたの」
「それがどういうことでしょう? 朝起きてみれば、総司さまの気配があらず」
「わたくしたちに至らぬ点があれば、仰ってください。修正しますわ」
憂いた美人に、加納君は微笑みを返した。
「ちょっとこの学校を見て回りたくてね。二人の気持ちに配慮できなくて済まない。こういう時は、俺から誘わないといけなかったな」
「では、総司さま」
「早速、リードしてもらいますわ」
そう言って、御留姉妹は加納君の腕を左右から組んだ。
「下ごしらえは済んでいますの」
「総司さまのために作った料理、食べてください」
「もしかして、今からかい? そろそろ、HRが――」
「「今からですわ!」」
両手に花という男子憧れの状況なのに、なぜか悲壮感を背負っていた加納君。
「やれやれ、参ったなあ。明爽、一時間目は欠席だと先生に伝えておいてくれ」
「う、うん。頑張って」
「あぁ、出された皿は全部空にしてくるさ」
そして、イケメンである。
連行気味のランデヴー。廊下から、キャーと歓声が響いた。
「……おいおい……うせやろ? 朝っぱらから双子の美少女に熱心に迫られる、だと!?」
ここまで口を閉ざしていた比木盾君が痙攣し始める。
バンッ! とデスクを叩いた。
「リア充爆ぜろぉぉおおお――っっ! あんな、羨まけしからんイベントはっ! たとえ神が許したまっても、絶対に俺が許さねぇぇエエエ――ッッ!」
そして、ブサイクである。
男の嫉妬は見苦しいと、偉い人が言ってたよ。
「うるへー。俺はモテる男とイケメンが嫌いなんだ! あんなやつ、もう絶交だっ」
フンと口をへの字に曲げた、比木盾君。
あの程度のやり取り、真のリア充は日常茶飯事。文字通り、朝飯前だったけどね。
比木盾君はほぼ私怨だけど、誰かを強く意識する気持ちは見習うべきかもしれない。
「僕も彼みたいな慕われる人間になりたいよ」
「久能みたいな軟弱そうな男には100年早ぇーよ」
「否定できない」
格好だけでも加納君を見習って、僕は肩をすくめてみせた。
果たして、その成果は。
「久能くん! 一緒に登校しようって約束したじゃないですかっ」
教室に入るや、真っ直ぐ僕の元へ迫った堀田さん。
「え、五十嵐さんに追い出されたけど」
「まったく、昨日の単独先行を反省してないんですか? みんな、出来る限り一緒に行動するって約束しましたよね?」
「は、はい。すいません」
瞬時に、ペコペコ頭を下げる僕。悲しいかな、平社員の才能はありそう。
堀田さんはプクッと頬を膨らませるや、僕の腕を抱き寄せた。
あ、なんか、柔らかい感触が当たってますよ! 一言で表すと、むにゅ!
「玄関までゆのんさんと澪さんを迎えに行きますよ」
「もしかして、今から? それじゃ、二度手間――」
「ねっ」
「……はい」
堀田さん、弾圧のニコニコ笑顔。
僕は将来、パワハラの餌食になると悟った。
「では、急ぎましょうか。ゆのんさん、目を離すとフラフラいなくなりそうですから」
「僕は五十嵐さんに出合い頭、斬りかかられそうで怖いよ」
白羽取りって、素人でもできるのかな?
やはり、通信講座『誰でもできる手刀の全て』を受講すべきだった。マストじゃないか。
堀田さんの温もりを忘却の彼方へ飛ばすほど、憂鬱ゲージが高まっていく。
「……」
ふと、比木盾君の沈黙を背中でひしひしと感じた。
教室を出たタイミングに振り返れば。
「久能ぅぅううう! この、ファッション非モテッ! オメーだけは許さねーぞ! 絶交だぁぁあああ――っっ!」
比木盾君、会心の絶叫。
彼の激しい怨嗟に、僕はそれにしても絶交好きだなと思いました。
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