第5話 ソロキャン(4人)
キャンプ場の使用申請をスマホで済ませた。便利な時代である。
便利とは言え、スマホ画面から変なおじさんが飛び出すのは厄介だね。
「久能さん、入学初日から大変な目に合ってるじゃなぁ~い」
「大体、HUKAN先生のせいじゃないですかね? やっぱり、パートナー三人なんて僕じゃ役不足ですよ……」
「うんうん。それを言うなら、役者不足なんですよ、じ・つ・は」
いらっ。
「ワタシ、万能だからぁ~、出来の悪い子ほど目をかけたくなるんです」
いらいら。
「ははーん。落ちこぼれの僕に、チャンスを恵んでやったと?」
「そこに気付いて欲しかった! ワタシたち、通じ合ってるじゃなぁ~い」
イライライラ。
今日ほど、不快指数が上がった例はない。うだるような猛暑が心地良いレベル。
「まあ、久能さんはワタシが大成させるんですけどね。ワタシです、ワタシが育てますっ」
すこぶる自己主張が激しい万能AI。もっとバックアップしなさい。
キャンプ場は、雑木林が広がる裏庭のスペースに開かれていた。
キャンプ道具一式がレンタルできるものの、テントを張ることはしなかった。
なぜか? だって、コテージあるし。
ソロキャンに関する興味は本当だけど、コンカツに対する疲労はもっと本当。
畢竟、準備が面倒です。万能AIのせいで、僕の体力はマイナスへ突入している。
コテージ前の木につり下がったものを見つけ、僕は真っ直ぐそれの元へ。
一度はゆらゆらまどろんでみたいランキング一位・ハンモックだ!
僕は夢の癒しアイテムに歓喜した。そうか、今までの疲労の蓄積は伏線だったのか。
全てを察し、全てを許し……はしないけど、有無を言わさず、ハンモックへダイブ。
「あぁ~、自然の恵みに感謝ぁ~」
小鳥が囀り、そよ風は凪ぐ。
新緑の息吹が鼻孔をくすぐり、腹の虫を鳴かせる。
この学校に来て、初めてリラックスできた。なんて開放感、これがストレスフリー。
「えぇ~、久能さん、ハンモックでリラックスしちゃうタイプぅ~? ワタシも癒し系じゃなぁ~い。コンカツ高校のゆるキャラです」
「真に満たされていると、雑念が過らないなあ」
先生、僕ばかりに構わず他の生徒たちへ粘着もといフォローしてください。
ハンモックでうたた寝をキメる寸前。
「現状、久能さんはコンカツポイント最下位なんですよ、じ・つ・は。あまり単独行動はオススメしないなぁ~」
頭上を旋回するHUKAN先生が鬱陶しい。わざわざ俯瞰しないで。
「コンカツポイントって、何です?」
「コンカツは、パートナーと婚約を目指す共同作業。二人の愛と絆を、万能AIが計算して数値化します。うんうん、コンカツは一蓮托生、連帯責任。パートナーと協力して、課題を解決して溜まるポイントです。ポイントが多いほど、特典や要望が叶うじゃなぁ~い」
つまり、どれだけコンカツを頑張っているのかステータス。
「パートナーと協調性がなかったり、課題に合格できないと、コンカツポイントが減少します。一定の水準を下回る度、社会奉仕活動や補習を強いられるんですよ、じ・つ・は」
「流石、学校教育。前々から思ってたんですけど、学習意欲のない奴にペナルティを課すって逆効果では? それとも、学校から追い出すためのダメ押しですか?」
「久能さん、形骸化したシステムに思考を放棄しないタイプぅ~? 考える葦じゃなぁ~い。それで良いんです」
考える足? 足が考える?
え、僕って足に脳があるの? ぎゃぁぁああ!
「もっと哲学学ばなくっちゃ。パスカルさん、草葉の陰で懐疑論じゃなぁ~い」
疑う論者? かいぎゃくを弄して、かしこそー。
とりあえず、哲学者と万能AIは等しく胡散臭いと思いました。
「HUKAN先生、協調性がないと僕に指摘するのはおかしいでしょう。明らかに、僕は融和路線の人。窘めるべきは、あの二人では?」
「うんうん、ワタシ万能だからぁ~、つい油断すると生徒が抱える悩みや問題点を全て矯正しちゃうんですよね。それじゃあ、コンカツにならないじゃなぁ~い。パートナー同士、支え合って良いんです。歯痒くも見守りますっ」
HUKAN先生、銀歯を覗かせたニチャニチャスマイル。
人工知能も虫歯になるのか、知りたくなかった雑学を雑にスルーしつつ。
「……分かりたくないけど、分かりました。コンカツポイントを気にしながら、これからの行動を考え直します。自らを律して省みるので、お引き取りください」
「えぇ~。久能さん、ひょっとして瞑想しちゃうタイプぅ~? 明爽だけにぃ~? 明爽だけにぃ~?」
いらいらいらいらイライライライライライライラ――っっ!
……はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ。
「……瞑想します……明爽だけに……」
「今日一番、面白いじゃなぁ~い。ワタシですっ、ワタシが考えました!」
拝啓、万能AIさま。
可及的速やかに、この場から消え去りたまえ。
そのために、僕は生き恥を晒したのだから。敬具。
「HUKAN先生、きっとトクセンの奴らがかまってちゃんです。HUKANだけに、俯瞰して、どうぞ」
「それ、いただきっ」
HUKAN先生のホログラムがパッと途切れた。
ついでに僕の意識もパッと途切れそうになった。
「もしかして、これから3年間。アレに付きまとわれる?」
怖気と寒気で頭痛が痛いよ。腹痛は痛くない。
これが万能AIの洗礼。
コンカツポイント最下位のペナルティならば、意地でも奈落の底から這い上がってやる。落伍者の末路は悲惨だ。今夜、HUKAN先生が夢に出てきたら泣き叫ぶ自信がある。
「人生で最も無駄なカロリー消費しちゃったな」
僕は、改めて生協でレンタルしたBBQセットを準備することに。
コンロ、炭、着火剤、ライター、トング、調理道具、ゴミ袋、食材など。
本格的なものは面ど……初心者の手には余るので、簡単楽チンプランでお願いした。食材の下ごしらえも済んでいる。残念だけど、串刺しメイソウの出番もない。やった!
特に苦労せず、一人BBQが始まった。網の上で肉がジュージュー焼けていく。トウモロコシとタマネギの焦げ目を気にしつつ、僕はソーセージを咀嚼する。
うん、パリッとジューシー。ホクホクで美味しい。
やっぱり、外で食べると一味違う。炭火焼ならば、二味違う。
モクモクと煙が上がる中、僕は黙々と――
「……っ!?」
絶句。
まるでHUKAN先生みたいなたわ言を呟き、軽く眩暈がした。
僕はすでに、万能AIに管理されている? 想定済みなんですか、じ・つ・は?
ハハ、お笑い種だよ。一人寂しくBBQにしゃれ込んだ結果が、これか。
さりとて、失笑すら起こらない。当たり前だよ、ぼっち飯だからね。
備長炭の火が網の上で踊る光景が、虚ろな視界を満たしていく。
燃やせ、燃やせ、燃やせ! 全てを燃やし尽く――
「ちょい、明爽くん! そのお肉、焦げそうじゃん。早く、取って!」
「え、珀さん? どうして、ここに?」
「はーやーくっ」
「了解っ」
僕は紙皿に肉を乗せて、珀さんに手渡した。
珀さん、割り箸を構えるや早速テイスティング。
「どれどれ? ボクはお肉にうるさいからね。うん、この上質な油……特上カルビ!」
「ロースだよ」
「ぼ、ボクの舌を騙すとはやるじゃないかっ。こっちのとろける旨味は……ハラミ!」
「それ、豚バラ」
「フッ、今日は美味しさに免じて敗北を認めよう。でも、次は本気出すからね」
一体、誰と戦っていたのだろう。
珀さんは、口いっぱいに肉を放り込んでいく。
わんこそばよろしく、僕は珀さんの紙皿へ食材たちを運んだ。
しかし、一瞬でペロリと平らげられる。あ、ピーマンと茸だけ網に戻さないで。
「ゆのんさ~ん、置いてかないでください。道に迷っちゃいましたよ」
息を切らしながらBBQ会場へやって来た、堀田さん。
「堀田さんもお腹空いてるの? 新しい肉焼くから、ちょっと待ってて」
「では、タン塩でお願いします。いえ、違います! お肉は後で頂きますっ」
「じゃあ、どしたのさ」
僕が首を傾げると、堀田さんはムムムと眉根を寄せて。
「久能くんを迎えに来ました。やっぱり、一人だけ部屋を出ていくなんて認められません」
「その件は平行線だったけど。結局、僕が戻ると五十嵐さんがいなくなるんでしょ」
「大丈夫です! 話し合いの末、澪さんが同棲を認めました!」
「え、何だって?」
よく聞こえたけれど、ラブコメ主人公みたいな返しを繰り出してしまう。
まさか、あの五十嵐さんを説き伏せたのか? 頑固一徹堅物キャラのはずでは。
「ですよね! 澪さんっ」
堀田さんが振り返るや、五十嵐さんが遅れて到着した。
「……うむ」
五十嵐さん、渋面極まれり。
苦虫を噛み潰したような表情で、腕を組んでいる。
「……っ」
僕の顔を見た途端、バツが悪そうにそっぽを向く。
五十嵐さんの視線の先へ、堀田さんがニコニコと回り込んだ。
「ねっ」
「……あぁ」
何だろう、形容しがたいプレッシャーを感じるなあ。
「久能明爽! 聞け、一度しか言わんぞっ」
「イエッサー」
僕が咄嗟に姿勢を正すと、五十嵐さんは観念したように。
「貴様が私を気遣い、譲歩したのは認めよう。本当は認めたくないが」
どっちかにして。
「然るに、久能明爽の立場を尊重し、私も弁えねば道理が通らない。貴様に温情をかけられて部屋に居座れば、安息の日々は訪れまい」
つまり、どういうこと?
「畢竟、共に生活することを受け入れよう。部屋に戻るぞ――久能明爽」
「え、どうしたのさ、五十嵐さん!? 同棲拒否して一時間も経ってないのに、男を部屋に誘うなんて奔放が過ぎる! そんなの……間違ってるよっ」
「笑止! 周りを誤解させるような言い回しはよせ!」
僕が身体を抱きしめると、五十嵐さんはイメージ通りの強面に戻った。
「澪さん、ズルいです! わたしたちの前であんなことやこんなことの予約を……その……きゃっ、恥ずかしくて、これ以上は言えませんっ」
「澪ちゃん、大胆だー。ボクたち、お邪魔かい? 退散するぜ?」
二人が乗ってきた。いや、堀田さんは妄想を嗜んでいるだけかもしれない。
「堀田ナナミーナ! お前がしつこく説得するから折れただけだ。おかしな勘繰りは控えろ。珀ゆのん! 肉をほお張りながら、ニヤケ面はよせ」
五十嵐さん、ツッコミを強いられる。どうやら、配役は決まったみたい。
「はぁ……ハァ。とにかく、貴様を排除するのは容易い。が、その性根を見極めて天誅を下すのも一興だ。おかしな真似をすれば、我が愛刀で成敗してくれる。心しておけ」
「極めて、了解。委細、承知」
なるべく低い声で答え、厳かな雰囲気を出してみた。
鋭い眼光携え、対峙した僕たち。
コンカツパートナーというポップな関係にはとても見えない。
だけど、こういう始まりもあるのかもしれない。
最初から万事滞りなしとはいかない。それ、予定調和なヤラセじゃないか。僕たちのドラマに台本はない。予定通り進むドキュメンタリーとはワケが違う。
僕たちのコンカツはこれからだ!
なんて、打ち切られそうなセリフを連想したちょうどその時。
「えぇ~、久能さん、五十嵐さん。仲直りできちゃうタイプぅ~? 妥協点を見つけられて良かったじゃなぁ~い」
僕と五十嵐さんの間に割り込むように、奴が出現した。
「HUKAN先生。他のクラスメイトの様子を見に行ったはずじゃ?」
「うんうん、ワタシ万能だからぁ~、生徒の数だけ同時存在できるんですよ。じ・つ・は」
「すごーい」
控えめに言って、最悪だった。僕、一生付きまとわれそう。
万能の無駄遣いとはこのことか。そうだよ!
「久能くんがどこへ行ったのか、教えてくれたのはHUKAN先生です。寂しがっているから、迎えに行くよう促してくれました。久能くんは今、良くも悪くも最も注目される存在。パートナーが困っていれば、手を差し伸べるべきと」
「堀田さん、内緒だって言ったじゃなぁ~い。ワタシです、ワタシが教えた結果、解決しました!」
すぐ、手柄自慢する人っているよね。承認欲求ってやつかな?
「ごめんなさい。先生が久能くんを気にしてくれて、嬉しかったもので」
「それで良いんです。まあ、生徒のケアはワタシの存在意義なんですけどね。どんな悩みも相談に乗ります。どんな問題も解決します。久能さん、素敵なパートナーがいて羨ましいじゃなぁ~い。うんうん、ワタシです。ワタシが選びました!」
「流石です、HUKAN先生!」
妖精的オッサンもしくはオッサン的妖精と、堀田さんは談笑を交わす。
HUKAN先生と長話できるなんて、凄いな堀田さんは。
僕なら、そろそろ発狂しそう。
「珀ゆのん! それは私が大事に育てた、ホタテだぞ!」
「う~ん、プリプリデリシャス。澪ちゃん、醤油取って。代わりにこれあげる」
「おいっ。抗議の最中に、ピーマンとエリンギを皿に乗せるな!」
「注文が多いなー。ここは料理店じゃないんだぜ?」
そして、宮沢賢治である。巻き込みリプは気を付けよう。
「お前には、どうもペースを崩される。ハッキリ言って、苦手だ」
五十嵐さんがやれやれと肩をすくめた。
「アハハ。ボクは、君みたいな子は大歓迎。振り回すの、得意さ」
「少しは悪びれろ!」
一人寂しいBBQ会場が一転、賑やかになりまして。
騒々しさすらあるけれど、僕は皆を見守るように眺めていた。
結婚を目的とした、コンカツ。そのパートナーがなぜか三人いる状態。
美少女だけど妙な性格の子たちと、僕は上手くやっていけるだろうか。
思春期特有の茫漠な不安を過らせ、未来予想図を必死に描こうとすれば。
「えぇ~、久能さん。物思いに耽っちゃうタイプぅ~? ワタシと一緒じゃなぁ~い。うんうん、やっぱり通じ合ってるっ」
HUKAN先生が両手を合わせ、僕にウィンクをくれやがった。
少なくとも、万能AIとは上手くやっていけないと思いました。
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