第4話 同棲解消
先述通り、コンカツ高校は全寮制。
若い男女が同棲するなんて、キャッキャウフフな展開を妄想しても仕方がない。
「うんうん、ワタシ万能だからぁ~、24時間センサー働かせてるんですよ、じ・つ・は」
全ての部屋にビデオカメラが設置され、他にもサーモグラフィや録音マイクで、生徒たちの状態変化を計測しているらしい。
へー、HUKAN先生は本当に万能AIだったのか。ビックリだ。
ところで、プライバシーの侵害ってどうなってます? この学校、すぐ炎上しそう。
「データは、ワタシが厳格に管理します。セキュリティはスパコン並じゃなぁ~い」
むしろ、心配が増すばかり。
入学同意書にいろいろサインした気がするけど、深く考えるのはやめとこ。
僕たちが入る氷山泊の部屋は、コンカツエリート御用達らしい。
共同生活の家具家電が一式揃っており、個人スペース用のロフトも完備。バスルームは、一階の大浴場を使うらしい。源泉かけ流しもとい税金垂れ流しがジャブーン。
聞いた話だと、HUKAN先生がお気に入りの生徒たちも氷山泊のメンバー。
卒業後、マスターコースと呼ばれるクラスでコンカツ事業を運営しているとか?
閑話休題。
僕たちは、103号室のリビングに入った。
窓ガラスから差し込む日差しが、フローリングを眩しく照らした。
「うわぁ~、広いですね! 学生寮って、もっと身を寄せ合うイメージでした!」
堀田さんが部屋を見渡すと、感想を漏らした。
四人分の段ボールが詰まれているが、十分なスペースが余っている。
「くんくん。良い匂いがするけど、アロマ焚いてる?」
ラックの上に鮮やかなキャンドルが並んでいた。加湿器の蒸気で匂いを運んでいるのかな。オサレ家電のことは分からない。
「ボク、日向ぼっこしてるから。絶好のお昼寝日和じゃん?」
そう言って、珀さんはフローリングに寝転がった。
「あ、ちょっと。珀さん、まだ片付けとか終わってないよ」
「ぐでー」
「ふふ、猫ちゃんみたいな寝顔で可愛いです」
なるほど。既視感があると思ったら、実家の窓際を陣取っていた猫ソックリだ。
「珀ゆのんは暢気というか、マイペースだな。独特な気配で行動がまるで読めん」
呆れ顔で脱力してしまう五十嵐さん。
堀田さんが頷くや。
「まずは、荷解きです。広いとはいえ、片付けないと邪魔になります」
「確か、段ボールの回収は15時期限だって。急ごう」
それぞれ、自分の荷物を運び始めた。
珀さんがのんびりしていてギリギリだったけど、どうにか一段落。
ティーブレイクにしゃれ込むと、堀田さんが口火を切った。
「個人スペースがどんなコーディネートになったか、気になります!」
というわけで、お互いのプライベートゾーンをお披露目する流れに。
まずは、堀田さん。
花柄のカーテンや水玉の布団、壁にはハートのステッカーや雑貨がぶら下がっている。全体的に可愛らしい。夢の国のぬいぐるみたちが所狭しと並んでファンシーな空間だ。
もしかして、それは寂しさの裏返しかもしれない。
「久能くん! 一緒に住むからって、一緒のベッドで寝たりしませんからね! 物事には順序があります。少しずつ、お互いを知りましょう。で、でもっ、どうしてもというのなら後学のために……そんな、大胆過ぎますぅ~!?」
「想像力の飛躍は、イノベーションを感じるなあ」
明爽です。淡々と応対します。
悲しいかな、モジモジ赤面する堀田さんの扱いに慣れ始めてきた今日この頃。
今日が初対面だろ! とセルフツッコミしつつ、珀さんゾーンへお邪魔する。
パッと見、普通の部屋だけど。
テレビの前にゲーム機が真っ直ぐ並ぶも、周辺機器のコードがグチャグチャに絡まっている。ブックシェルフにマンガが収納されていたものの、タイトルが飛び飛びで巻数の順番も揃っていない。
なぜか、バドミントンのラケットとテニスボールが床に放置気味。
「えっと、おもちゃ箱をひっくり返したような部屋だね」
「明爽くんは詩人かい? どうせ、汚くなるんだ。片付けるのは二度手間さ」
珀さんは、筋トレグッズのコロコロするやつで背筋を伸ばしていた。
僕のフォローを返せっ!
「久能さん、お疲れ気味じゃなぁ~い。ひょっとして、交感神経乱れちゃうタイプぅ~?」
「……」
スマホが勝手に起動した気がするけど、間違いなく空耳だろう。さも当然のように、万能AIが僕のスマホに居座るわけないしね。
最後は五十嵐さん。
畳が敷いてあった。障子のパーテーションやコタツ。江戸切子のグラス。木目調が目に優しい格子のインテリアがスタイリッシュ。
「和風モダンですね。五十嵐さんにピッタリです」
「別に、面白みのない部屋だ。私はお前のように、可愛らしさなど出せん」
「そんなことありません。小物のアレンジ次第で、印象は変わりますっ」
「……む」
堀田さんに詰め寄られると、五十嵐さんは興味がありそうだった。
厳格な態度と裏腹に、実は可愛いもの好きという古典的キャラなのかな。友人のエロゲマイスター曰く、纏う鎧が硬いほど中身は純粋無垢のピュアハートらしい。
くそぅ、僕が鎧通しさえマスターしていれば疑問が解けるのに! 入学前に、通信教育講座『誰でもできる手刀の全て』を受講すべきだった。え、指先痛くならない?
「気味が悪い顔でほくそ笑むな、久能明爽。良からぬことを企んでいるな」
「まかさっ。全然、鎧通しなんて企んでないよ!? 案外打たれ弱そうとか思ってないっ」
「何を言ってるんだ、貴様は……」
五十嵐さんは、きょとんと首を傾げてしまう。
「そんなことより! 三者三様の部屋でした! 参考になるね!」
何も参考にならないけど、僕は万能AIを見習いうんうんと頷くばかり。
HUKAN先生の教え(?)が早速活かされるとは、なかなかどうして腑に落ちず。
話題変更。校内の施設を巡ろうと提案しかけたちょうどその時。
「待ってください! 一つ、問題があります」
「はっはっは。どうしたというのだね?」
口調がおかしいのは仕様です。
「久能くんのコーディネートをまだ見ていません。いえ、むしろそのスペースがないじゃないですか」
「あ、気付いちゃった? 堀田さん、よく見てるね」
「よく見なくても、分かります」
ご指摘の通り、残念ながら僕の個人スペースは確保できなかった。
なぜか? この部屋の造りは、三人用と想定されている。
氷山泊に暮らすコンカツエリートは全員トリオ。僕たち、カルテットを除いて。
フリースペースは広いけど、共同生活の憩いの場を占領するほど厚顔不遜でいられない。あれ、傲岸不遜だっけ? 四字熟語はむつかしい。厚顔無恥な僕を許してくれ。
「寝る時だけ、リビングにシェラフ敷くよ。夜中、うろつく際は踏んづけないで」
「そんなの、プライバシーがちっとも守れません。落ち着いて休めないじゃないですか!」
堀田さんがごく自然に心配する傍ら。
「プライバシーの侵害の懸念かい? ボクの隣なら、空いてるぜ?」
ニタニタとチェシャ猫を連想させた、珀さん。
「だ、ダメです! 同じ布団で身を寄せ合って……あんなことやこんなことで悶える夜を過ごすなんてただれてますっ! 清く正しく、健全なコンカツをしてください!」
「ナナちゃん、ほんと想像力がダイナマイトだね。妄想大爆発じゃん」
「うぅ~」
堀田さんが赤面していた。
どうやら、妄想垂れ流しを指摘されると羞恥を抱くみたい。
「珀さんのとこは、床が散らかりすぎ。リモコンとコントローラを綺麗に並べよう」
「検討しまーす」
やらないやつの代表格、頂きました。
他のパターンだと、持ち帰って協議します。
珀さん、突拍子なく数独に興じる。楽しそうで何よりです。
正直、自分だけの空間がないのは大変かもしれない。僕も思春期を謳歌せし者。エロエロもといアレコレ、持て余したり溜まったり。やっぱり、我慢は辛いよね。
「話を聞く限り、久能明爽を閉じ込めておく牢獄が必要なのだな」
五十嵐さんは、怜悧な視線を飛ばしてきた。
「え、一体全体どんな話聞いてたの!? 何もしてないよ、僕は超無実!」
ちょっと木刀構えるのやめて。乱暴はよして。痛いのはらめぇーっ。
これが、噂の解釈違いか。世界平和が実現しないわけだ。
「本来ならば、不埒な男を成敗するところなのだが」
「……それでも僕はやってない」
「案ずることなかれ、私に解決策がある」
五十嵐さんはあくまでクールに、僕の訴えをスルーした。
「私の個人スペースを使え。貴様が居間を占領しては、安息など訪れまい」
「え?」
まさかの解決案だった。
男嫌いな五十嵐さんが、僕に場所を譲るような提案をした? いや、まかさっ。
絶対に裏がある。じゃあ、表もある。その真相は果たして。
「そもそも、私は見知らぬ男と同棲など認めない。断固、拒否だ。婚約者ならともかく、若い男女の同衾を扇動するなど、教育機関として破廉恥極まりない。恥を知れ」
「……っ!?」
ぐうの音も出ない正論だった。
さりとて、コンカツ高校のコンセプトを全否定する言動である。郷に入っては郷に従えというパワハラ慣用句を引き合いにしたくないけれど、ここってそういう学校でしょう。
あと一応、コンカツのパートナーは婚約者的なサムシングだよ?
「私が引っ越しの申請をしよう。宿舎に余った部屋は多いと、すでに調べはつけてある」
想定済みか。様々な理由で共同生活をリタイアする学生がチラホラいるみたい。
準備の方向性が間違ってるものの、先見の明である。
「五十嵐さんが出ていくなんて嫌です! わたし、まだ全然お喋りしてませんっ」
「所詮、まだ会ったばかりの他人だろう」
「はい、まだ会ったばかりの他人だからです」
堀田さんがムムムと目力を込めていた。にらめっこかな?
「堀田ナナミーナの思いやりは受け取ろう。否、それは同棲しなくとも実現可能だ」
頭を振った五十嵐さん。
「事態は、どちらかがいなくなれば丸く収まる。業腹だが、お前たちはパートナーと同棲する必要がある。己の主張を優先するゆえ、ここは私が去ろう」
「ボクは丸く収まるより混沌が好きだよん。人間関係は拗れたカオスが面白そうじゃん」
「珀さんは、パズルより同居人の進退に頭を悩ませてください!」
「らじゃー」
珀さんは、中立の立場で数独に励む。
良くも悪くも無関心。どっちに転んでも天秤は傾かない。
このままでは、五十嵐さんが部屋を去る流れ。
僕は、考える人ばりに顎に手を当てた。
……本当にこのままでいいのかな?
――ハッ、君は僕の心に住まう天使くん!
……強気とはいえ、年頃の女子です。解決手段は、手を取り合えばいいのさ。
――確かに、そうだ。引っ越しの手続きが上手くできるとは限らない。だって、コンカツを仕切ってるのはあの自称万能AIだし。
……ちょ、待てよ! いかんせん、俺っちが譲歩してやる必要があんのか?
――僕の心に住まう悪魔!
……そもそも、テメーのわがままだろうが! 男嫌い? ハッ、抜かせ。そんな奴がこの学校に来るんじゃねーよ。
――確かに、そうだ。結婚までのトレーニングを拒否するなら、居場所は与えられない。
……本体をたぶらかすとは何事ですか、悪魔!
……甘言をほざく偽善者から守ってやったんだよ、天使!
……偽善ではなく、親善です! 自身に仇名す悪魔、天誅を下します!
……ああん? 俺っちとやろうってかあ? いいぜ、上等だ!
ポコポコポコッ!
心中、すこぶる騒がしい。お察しください。
心穏やかでいられず、とはこのことか。違うね。
僕は、天使と悪魔を吐き出す勢いでため息を漏らして。
「やっぱり、ここは僕が適任だね。パートナーを追い出した部屋で楽しく生活するとか、そんな図太い神経は持ってないし。結構、繊細なんだ」
「私の決断を否定するか、久能明爽。大人しく従えば、悪いようにしないぞ」
「そんな怖い顔で脅迫されたら、全然信用できないって!」
まるで、金剛力士像に睨まれたような錯覚を味わいつつ。
「実は僕……ソロキャンに憧れてるんだ」
「……は?」
素っ頓狂な声を発した金剛力士像。いや、五十嵐さん。
「流石、税金ジャブジャブなコンカツ高校! 年一の授業で使うだけで、キャンプ場を開設。パンフレットで見つけた時、たき火を囲いながら星空を眺めるシーンを想像したよ!」
僕は、そそくさと必要最低限の荷物をまとめる。
「そういうわけで! ちょっと、ソロキャンパー始めます。あ、荷物は全部持ってけないからたまにお邪魔するよ。そこは勘弁してね!」
「待て! 貴様、情けのつもりか……っ!」
五十嵐さんが行く手を阻もうとしたが、遅い。僕はすでに、靴を履き替えた。
「待ってください! 退出は認められません。久能くん一人だけの問題じゃありませんよ! 同棲をしなくて、何のためのコンカツですか!」
「ごもっとも! 堀田さんが全面的に正しいね。コンカツはするし、心配しないで。パートナーが困ってたら、いつでも助けに来るから!」
「今がその時ですっ」
ぐうの音も出ない正論だった。
しかし、人は正しさだけで生きられるほど強くないんだ。僕、行くよっ。
ちょっと、かっこよすぎたかな? 背中で語る男でありたい。
去りゆく間際、意外にも珀さんが見送りにやって来た。
「明爽くん」
「止めないでくれ、珀さん。男には、堪えねばならぬ時が――」
「備長炭でお肉焼き始めたら、連絡して。よろー」
そう言って、部屋へクイックターン。
……ふぅ。
「別に、BBQの準備じゃないよっ!? 勘違いしないでよね!」
誰が下ごしらえの達人・串刺しメイソウや!
中学時代のリア充BBQ大会で得た二つ名は伊達じゃないっ!
引き立て役に強いられた悲しき思い出を胸に、僕はキャンプ場を目指した。
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