第2話 顔合わせ

《一章》

 よく分からないうちに、僕はコンカツエリートになった。

 付け加えると、パートナーは人気が高い美少女三人を総取りした。多分、結婚を意識したアレコレをやっていく。


 ……もしや、前世で積んだ善行をドバーッと解放したのかな? 毎日、ゴミ拾いに精を出した記憶があるような。幾度となく、おばあさんと横断歩道を渡った記憶がないような。


 特別選抜クラス。通称、トクセン。

 その教室は、ホテルラウンジの様相だ。リクライニングチェア、システムデスクにタブレット端末、間接照明、観葉植物、クラゲの水槽。


 黒板に向かって机を並べる固定概念を捨て去り、各パートナー同士がトライアングルを形成していた。まさに、三角関係を暗示しているのかもしれない。

 唯一例外として、僕はスクエアフォーメーション。四角関係は収拾がつかないぞ。

 男子に次いで、女子たちが遅れてやって来た。


 堀田さんがキョロキョロ辺りを見渡して、僕と目が合った。

 ニッコリ。

 本物は写真より断然可愛くて、なぜこの人がパートナーなのか不思議でならない。  

 僕、イケメンじゃないですけど。資産10億円持ってないですけど。

 僕が首を傾げる間、珀さんと五十嵐さんが席に着いたタイミング。

 黒板の代わりに設置された大型液晶ディスプレイの電源が入る。


「――はぁ~い、ちゅ・う・も・く。みなさん、席に着いたみたいねぇ~」


 ディスプレイに人型のシルエットが映ると、スピーカーから音声が溢れ出した。


「ワタシがコンカツの授業を担当する万能AIにして、万能マリッジコンサルタントのHUKANじゃなぁ~い。男性目線、女性目線、どっちも得意だからぁ~、あなたたちを結婚まで導きます。これからよろしくねぇ~」


 HUKANと名乗ったそれを目撃した僕らは、多分同じ感想を抱いた。

 曰く。


「「「何、このオッサン!?」」」


 万能AIのビジュアルは、およそ異端だった。

 ポマードで固めたようなテカテカのオールバック、強迫観念マシマシな顔面の圧、ハラスメント確実の目つき、肥えに肥えた中年太りの腹、シャツとズボンを必死に支えるサスペンダーの悲鳴が聞こえた気がする。

 第一印象は、胡散臭い詐欺師の類。


 混沌の静寂に飲み込まれた生徒一同。


「うんうん。もしかして、みなさん緊張しちゃってるタイプぅ~? ワタシ、スタートアップ研修で早く打ち解けたいなぁ~。質問は全方位OKなんですよ、じ・つ・は」


 万能AIは画面の中で、両手を合わせてお願いのポーズ。

 僕は放心状態に陥っていたけど、勇気ある女子が恐る恐る挙手した。


「あの、万能AIのことは何て呼べば……?」

「えぇ~、御留さん。良い質問じゃなぁ~い。それ、いただきっ」


 ちょっとムカついた。


「ワタシ、万能だからぁ~、どんな名称も認めます。でも、遊び心は欲しいなぁ~」

「じゃあ、万能おじさんだな」

「うーん、比木盾さん、期待外れっ。リズムがないなぁ~」


 瞬く間に、万能おじさんのホログラムが、比木盾君の目の前に出現する。

 妖精さんだと思った? 残念、万能おじさんでした!


「ぐはっ!?」


 比木盾君は驚いてしまい、リクライニングチェアをひっくり返した。

 ハハハと教室に笑い声が広がる。


「油断大敵です。ワタシ、全にして一だからぁ~、どこにでも存在できちゃうなぁ~」


 そんなバカな。都市伝説の小さなおじさんが見えるって、まさか……


「うんうん、クラスが和んで何よりじゃなぁ~い。それじゃあ、パートナーと自己紹介に移っても良いんです。ワタシのことは気にしないで、コンカツの土台作りスタート」


 そう言って、液晶ディスプレイの電源がプツンッと切れた。


「……何か、すげーヤバかったな」

「お、おう。とりあえず、皆、グループごとに始めようか」

「そだね……」


 共通の懸案事項を得て、ある意味トクセンはまとまったかもね。

 自己紹介か。特別語れることはないけど、稀代のパートナーに関して興味津々だ。

 正面の席に座る堀田さんが、申し合わせたように頷いた。


「では、わたしが。えっと、堀田ナナミーナです! 運命の相手が見つかると聞いて、コンカツ高校に入学しました! パートナーとペアを組んで結婚を目指すと聞いていたのですが……まさか、四人組とは驚きました。目標は、両親のような理想な夫婦になることです! よろしくお願いしますっ」

「よろー」

「……うむ」


 珀さんと五十嵐さんが反応した。


「へー、運命ね。相手が白馬に乗った王子様だったら、メルヘンな話だったけど」


 現状、僕は小人Rくらいのポジションかな。セリフは、息遣いのみ。

 って、それ幼稚園のお遊戯会でやった役じゃん! 母は、爆笑してた。


「そんな! スクリーンに久能くんの顔がアップされた時、思ったんです! この人がわたしの運命の相手!? 将来の旦那さん!? やっぱり、あなたって呼んだ方がよいのでしょうか!? 朝はご飯派ですか、パン派ですか? 夜は、お風呂にするか、ごはんにするか、それとも、きゃっ! まだ恥ずかしくて、そこまではダメですよぉ~~っっ!」

「お、おう……」


 堀田さんは両手で顔を覆って、身悶えていた。

 メルヘンというか、だいぶ妄想が達者みたいじゃないか。

 僕は、ロボットよろしく首を右側へ傾けた。


「ナナちゃん、なかなかどうして面白いね……ん? ボクかい? 珀ゆのんさ」


 珀さんは頬杖を突きながら、荒ぶる堀田さんを見守っていた。


「自己紹介は苦手でね、手短に済まそう。趣味はたくさんあったよ、3日も続かないけどさ。明爽くんにパートナーが三人いる状況、ボクはとても興味深い」

「それね! 通じ合ってるようでよかった」

「あと、これはあまり関係ないかな?」

「如何に?」


 珀さんは、たいした話じゃないと言わんばかりに。


「ボク、実は結婚願望がないんだ。全然、これっぽっちも」

「へー、そうなんだ……って、めちゃくちゃぶっこまれたっ!?」


 リアルガチで、爆弾発言だった。


「その素っ頓狂な顔が見れて、正直に告白して結果オーライだね」

「全然、結果オーライしてないよ! 僕たちのコンカツはこれからなのにっ」

「明爽くんの次回作に期待するよ」


 珀さんが、前髪をくるくる弄ぶ。


「じゃあ、どうしてこんな学校に来たの?」

「もちろん、興味本位さ」

「え、コンカツに興味ないんじゃ?」

「それ自体にはね」


 珀さんは、悪戯のネタばらしを披露する子供のごとく。


「噂に聞く万能AIが、結婚願望のないボクに、どんな相手をマッチングさせるか試してみたかったのさ。果たして、コンカツにハマるか。そこそこ、期待してるぜ」


 嘘かまことか、はたまた冗談か本気か。

 珀さんの態度は、全く以って掴めなかった。

 僕が返事に困っていると。


「えぇ~、珀さん。ユニークな入学理由じゃなぁ~い。ひょっとして、万能AIに戦い挑んじゃうタイプぅ~? まあ、ワタシが勝つんですけどね」


 妖精さんもとい万能おじさんが僕の肩に乗っかっていた。


「ふ、HUKAN先生っ!? いつの間に!」

「堀田さんが自己紹介してる時からいたんですよ、じ・つ・は。久能さん、もっと状況を俯瞰しなくちゃダメじゃなぁ~い」


 何だろう。控えめに言って、ストレスがマッハフル。ハゲそう。

 後で聞いた話だけど、コンカツ高校にはあらゆる場所に万能AIが立体化できるデバイスが設置されているらしい。税金の無駄遣いを初めて憎んだ瞬間だった。


「珀さんは遊び心があって、ワタシと同じ匂いがするぅ~。育て甲斐があるじゃなぁ~い」

「アハハ。AIにセクハラされたの初めてだよ」

「ワタシ、傷ついちゃうなぁ~。うんうん、最初は尖っても良いんです。コンカツはみなさんの個性――氷山の下の部分を養います。それが理念だからぁ~、グイグイ行くんですけどね」


 そう言うや、HUKAN先生はパッと消滅した。


「あ、逃げた。じゃ、澪ちゃん。パス」


 珀さんはポケットからゲーム機を取り出すと、目線をそちらへ集中させた。

 左側に顔を向けた僕。


「……」


 ほとんど眼を閉じて腕を組んでいた、五十嵐さん。


「あの、五十嵐さん?」

「五十嵐澪だ」

「……」

「……」


 黙殺っ!

 音を出せば、斬られる。そんな緊張感を打開したのは。


「五十嵐さんは、どんな結婚スタイルに憧れているんですか? ぜひ、教えてください!」

「堀田ナナミーナ。そんなこと、考えたこともないな。珀ゆのんではないが、私はコンカツという怪しげな教義に反対なのだ」


 五十嵐さん、開眼。クールな眼差しである。


「この学校は、やれ結婚は素晴らしいと説くのだろう? 若人を金と特権でたぶらかし、結婚して出産することが幸せだとAIを持ち出して洗脳教育を施す。フン、異常だな」


 アンチ・結婚至上主義者。

 コンカツが施行されて以降、最重要国家戦略事業に異を唱える者たちの総称。


「いや、いや。五十嵐さん。コンカツって、別に義務教育じゃないし」

「……今は、な。選択の自由は尊重しよう。あくまで、私個人の意見だ。聞き流せ」


 となれば、結局コンカツ高校に入学した理由が気になる。

 僕が、ウィットなジョークを交えて尋ねようと画策しているうちに。


「親に、どうしてもと懇願されてな。私の男嫌いを克服させる腹積もりだろうが、その企みは水泡に帰すだろう。それを証明するために、門を叩いたわけだ」

「男性が嫌いなんですか? ……ハッ、分かりました! 女の子同士のプラトニックがお好みなのですね! わたしの友達も、百合の花を咲かせましょうと力説していました!」


 堀田さんが捗っているようで何よりです。


「断じて違うぞ、堀田ナナミーナ。私はただ、色恋の類が理解できない。スケベで横柄で粗雑な男と愛を育むだと……? フン、鳥肌が立つな」


 五十嵐さんは、僕を憎々しげに睨んだ。


「久能明爽、残念だったな。年頃の娘三人に、不埒な真似を迫ろうとした貴様の魂胆はお見通しだ! 私は不貞な輩を成敗するため、鍛錬を重ねた。悪漢退治など、造作もない」

「え、僕が討ち取られる流れ!? 無害だよ! 個性がないのが個性の、特徴のなさが特徴の僕に乱暴しないでぇ~っ!」


 刹那、時代劇みたいな切り捨て御免の光景がフラッシュバックした。ぎにあああっ!


「貴様のような弱腰で軟弱な駄犬とて、好機が訪れれば肉欲獣へ成り代わる。早急に始末をつけるべきだ。せめて、辞世の句を詠む機会は与えよう」


 どこからともなく木刀を取り出した、五十嵐さん。

 いや、ほんとどこに隠してたの? 懐に? これがほんとの懐刀か。違うね。

 コンカツすると思った? 残念、終活でした!

 今夜は特注の棺桶でご就寝としゃれ込もう。それ、ご臨終。


「五十嵐さん! 久能くんはパートナーです! コンカツは、お互いを尊重する姿勢がなければ何も得られません。一番大事なものを放棄しています! 由々しき問題です!」

「あの胡散臭いAIを刮目して、戯言を吐けるとは。大したものだ、堀田ナナミーナ」


 それは僕も同意気味。


「否、恋は盲目とよく言ったもの。お前はいずれ、後悔に苛まれるぞ」

「大丈夫です! 恋は元気の源です! あなたはいずれ、愛に溢れます」


 婚活がお題目の学校に入り、同じパートナーとマッチングしたはずなのに、考え方は果てしなく平行線を辿った。

 どうしてこうなった? 僕、何かやっちゃいました?

 コンカツ高校、史上初のカルテット。

 早くも暗雲がたちこめ、前途は多難。


「うんうん、個性的なメンバーが揃って、今年も大変そうじゃなぁ~い。でも、ワタシ万能だからぁ~、まあしっかりリードしちゃうんですけどね」


 再びディスプレイにデカデカと映ったHUKAN先生。

 根拠がなくても、まずは自信を持つ。でなきゃ、始まらない。

 もしや、万能AIはその大切さを僕たちに気付かせたがっている?

 うんうん、やっぱり杞憂かも。

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