万能AIのコンカツマッチング

金魚鉢

第1話 パートナーマッチング

《プロローグ》

「この中に結婚相手がいるんだぜ? 実感ないよなあ」


 入学式のつまらない式典が終わり、新入生一同そわそわした頃合い。

 期待と不安が交ざり合った体育館の中、隣に座る比木盾君が徐に独り言ちた。


「大体、高校生の時点で将来の嫁が決まるとか、マジかよ! って、話じゃん?」

「そうだね。でも、この学校はそーゆー場所じゃないか」


 僕は、相槌を打ちながら手元の入学案内に視線を落とした。

 結婚活動推奨指定高等学校――通称、コンカツ高校。

 生涯未婚率が5割を超え、少子高齢化が最も懸念される社会問題の現代。

 若者の深刻な結婚離れ、もとい恋愛の過疎化。

 草食系男子の台頭と揶揄された時代が懐かしい。今や、絶食系なんてざらである。

 別に、二次元で良くね? そんな言葉を残し、歴戦の兵はVRへ旅立った。

 オタクどもが夢の跡。

 ミスター・バショーは、この惨状を予言していたのかな?


 さて、事態が逼迫してから重い腰を上げるのが行政の常。

 慣例に則り、手遅れ感を滲ませつつ、立ち上げられた事業こそすなわち――

 コンカツ。


「……思春期の間に結婚を意識させ、将来に希望を抱かせるうんたらかんたら……」


 理念が長ったらしく、僕はそこで読むのを止めた。


「カーッ、要はパートナーとお付き合いすればいいんだろ? 上等だぜ!」


 些事は気にするな、と比木盾君が頭を掻きむしる。


「おい、久能。ステージを見ろよ。そろそろ、マッチングが始まるぞ」


 顔を上げると、ステージ上には巨大なスクリーンが準備されていた。

 スクリーンには、おそらく入学生180人の顔が映し出されている。


「お待ちかねの、パートナーマッチングの時間だ。高校3年間……いや、これからの人生を左右する運命が決まるぜ」


 ゴクリと、唾を飲んだ僕。


「コンカツ高校の特徴は、婚活が必修科目で、パートナーと同棲しなければならない全寮制」


 気付けば、入学説明会で聞いた文言を呟いていた。


「AIが、趣味や性格、心理テスト、遺伝子にDNA。ビックデータを基に、俯瞰的にパートナーをマッチングする画期的なシステムらしいよ」

「はあ? んなもん、結婚相談所がとっくの昔に実用してんだろ。ったく、お国が個人の結婚に口を出す時点でお察しだよな」


 比木盾君がやれやれと両手を広げた。


「まあ、モテる見込みのない僕たちはそのおこぼれを貰うわけだけど」

「ちょ、オメーと一緒にするなって。俺は絶対コンカツエリートになってやるぜ」

「コンカツエリート?」


 聞き慣れない単語に、僕が首を傾げると。


「俗称だ、俗称。いいか、久能。婚活のパートナーって普通一人だよな?」

「そりゃね。二人一組で共同生活するのがコンカツだって」


 僕の声と被るように、ピンポーンパーンポーンとアナウンスが響き渡る。


『只今より、第20期生のマッチング結果を発表します』


 真っ白なスクリーンに、GentleとLadyと表記されたフレームが表示された。


『Gentleナンバー1・青木裕太&Ladyナンバー13・大森加奈ッ!』


 始まった!

 おおぉ~と、歓声が上がる。


『Gentleナンバー9・鈴木圭&Ladyナンバー1・井上綾ッ!』

『Gentleナンバー25・木村功&Ladyナンバー47・小林光ッ!』


 お見合い写真よろしく男女の顔が並ぶや、次々に入れ替わっていく。

 ヤバいっ。緊張してきた!

 早く来い! いや、まだ心の準備がっ。

 手に汗握る状況が落ち着かない。人生で最も心臓の鼓動がうるさかった。


『Gentleナンバー36・加納総司&Ladyナンバー36御留有栖――』


 美男美女だなあ。

 ああいう人たちも選びたい放題なのに、わざわざこんな学校に来るのか。

 僕が予想外だと呟けば。


『&Ladyナンバー37・御留白雪ッ!』


 スクリーンに映ったのは、イケメン一人と美少女が二人。

 想定外の事態が起きた。

 ……え、何だって?


「うおおおおおおおおおっっ! すげぇぇぇぇっっ!」

「ついに出たか、コンカツエリート!?」

「双子を両方取るなんて、イケメン半端ないって!」

「うちも、あんな王子様がいいなぁ~」

「「素敵やんっ」」


 本日最大の盛り上がり。会場のテンションは最高潮でありまして。


「え、つまりどういうことなの?」


 周囲を見渡すものの、僕だけ理解していなかった。


「パートナーは通常、一人。けれど、ごくまれにAIが二人選ぶ。三人一組のトリオを、憧憬とやっかみの念を込めてコンカツエリートって呼ぶんだぞ。常識だろ?」

「全然、知らなかった。僕には全く関係ない話と思ってスルーしてた」

「その気持ちは分かるぜ。結局、男女一人の方が特別な奴だろうしな」


 比木盾君は腕を組み、ニヤリと笑った。


「コンカツエリートは、特別選抜クラスに配属される。トクセンってやつ。噂じゃ、卒業の日には重婚も何でもござれなハーレムさえ国が認めるらしい」


 流石に眉唾だな、と付け加え。


「ま! 今一番憂慮すべき案件は、愛しのあの子がパートナーに選ばれるかのみ。クックック、久能。特別に、オススメな子を教えてやろう」

「いや、遠慮しておく」

「まずはだな……」


 ダメだ、聞いちゃいねー。

 比木盾君は舌なめずりしながら、入学案内の新入生紹介ページを開いた。


「堀田ナナミーナ。校内SNSでパートナーにしたい新入生ランキング堂々の一位っ!」

 鮮やかな金髪ストレートに青い瞳。鼻筋が通り、唇は薄い桜色。柔和な笑みが眩しい。

 確かに、文句のない美少女だ。皆が見惚れるのも頷ける。


「次に、珀ゆのん。中性的な顔立ちで友達になりたいランキング男女総合一位っ!」


 銀髪のショートボブの子がウィンクがてら舌ペロしている。小悪魔系?

 うーん、アインシュタインに茶目っ気を見習えと言いたくなる可愛さだ。


「で、五十嵐澪。モデル顔負けのクールビューティ。お慕いしたいランキング一位っ!」


 漆黒の髪をポニーテールに結った美人。切れ長の目が凛々しさを助長している。

 着物姿に刀を携えた光景が目に浮かぶ。それがしに、ときめいてもらう候。


「比木盾君。そんなランキングどこで調べたの?」

「情弱め。毎年恒例の非公式ランキングだぜ。ちょっとはコンカツの実態を調べとけ」

「情報収集に抜かりないね。スタートの時点で差をつけられちゃったな」

「フ、まあ困ったことがあれば遠慮なく聞きたまえよ。久能くん」


 そして、ドヤ顔である。

 僕はあまりSNSをやらないけど、一応チェックしておこう。


『Gentleナンバー42・比木盾真須――』

「お、ついに俺の出番だぜ。さぁ、選べ! 俺に相応しい美少女を!」


 比木盾君がギラギラした視線でスクリーンを眺める。

 果たして。


『&Gentleナンバー81・湧野スミハシ&Ladyナンバー77・加賀谷輝っ!』

「……っ!?」


 三人一組は、コンカツエリートの証。


「お、すげーじゃん」

「おめでとう!」

「トクセンって特別待遇なんやろ? 羨ましいで、この野郎」


 歓声が上がり、周囲から拍手を送られた。

 呆然とした比木盾君はゆっくり呼吸を吐くや。


「……ま、まあ、俺の実力を鑑みれば当然の結果だぜっ。本当は男一人で、両手に花が良かったんだが……今回は妥協してやらあ!」


 それにしても、嬉しそうな顔だった。良かったじゃないか。


「ふふふふふふふ。でひゅっ。久能。トクセンにて――お前を待つ」

「うわっ、変な声出すなよ。あと、肩を何度も叩かないでくれ」


 親指を立てたイキ盾君の変顔に困惑していると。


『Gentleナンバー41・久能明爽』

「お、やっと出番か」


 ようやく、僕の名前と顔がスクリーンに映った。

 相手への要望は、あまりない。強いて言えば、ちゃんと相手をしてくれること。

 中学時代、僕はリア充グループに属していたけれど、あくまでいじられ役だった。 

 お調子者の席を頑張って守っていた。なぜか? 僕には特別なものがないから。

 必死にはっちゃけていたつもりが、通知表にはよく、向上心がない、落ち着いている、安定志向が高い、もう少し自己アピールしましょう、などとコメントされていた。


 持たざる者と称された僕は、モテる人たちの隣にいつも恋人がいて羨ましかった。

 噂に聞いた、コンカツAI。

 教えてくれ、こんな僕にもパートナーはできるのか?


『&Ladyナンバー11・堀田ナナミーナッ!』

「その人ってさっきの」

「うぉぉおおおおオオオ! 人気ナンバーワンがついに登場だぁーっっ!」

「めちゃくちゃ可愛いじゃねーか」

「あいつ、人生の幸運を使い切ったな」


 堀田さんの認知度は流石の一言。リアクションが飛び交っている。


「すげーよ、久能。彼女を引き当てるなんて、正直コンカツエリート以上の成果だぜっ」

「はは、どうも」


 妙に照れくさい。

 あんなかわいい子と同棲なんて、想像できない。多分、興奮して夜しか眠れないね。

 顔合わせした時、第一声はどうしよう。


 ――結婚を前提にお付き合いしてくださいっ!

 コンカツ高校に入学したゆえ、間違ってないはず。でも、秒でフラれそう。

 僕が、いきなり手にした幸運に困惑していると。


『&Ladyナンバー22・珀ゆのんっ!』

「……え?」


 聞き間違いだろうか。二人目の女子の名前が耳に届いた。幻聴かい?


「うっそだろ、お前!?」

「あいつ、また人気の子を取りやがった!」

「冴えない顔のくせに、強欲でヤンス!」


 周囲の視線が刺々しい。


「ハッハッハ、まさか久能もコンカツエリートとはな! 俺は信じてたぜ、オメーが特別なクソ野郎だってよぉっ!」

「それ、褒めてる!? いや、ディスってるでしょ!」


 比木盾君は益荒男スマイルを僕に向けた。

 まあ、美少女がパートナーって公開されたらこうなるよね……

 羨望よりほぼやっかみだろうけど、偶然掴んだコンカツエリートの道のりは険しい。


 やれやれ、僕は平穏にコンカツしたいだけなのに。困ったなあ。

 まるで、ラブコメ主人公みたいなセリフを吐いてしまった。

これがフラグかどうか分からない。さりとて、あり得ない結果にコミットしていく。

スクリーンには、僕、堀田さん、珀さん。

 そして――


『&Ladyナンバー33・五十嵐澪っ!』

「……何、だと……?」


 僕は、目を疑った。今度こそ、幻覚と幻聴の類だと。

 間違いない、この中に幻術使いが潜んでいるっ!

今すぐ、幻術を解け! さもないと、僕の身が危ないじゃないかっ。


「コロセ。コロセ」

「「ころせころせころせ」」

「「「殺せ殺せ殺せ殺せっ」」」


 非モテの怨嗟、悔恨の呪詛が聞こえる。

 控えめに言って、殺気に満ちていた。


「あ、ありえねーだろっ!? パートナーが三人いる奴なんて、聞いたことねぇーよ」

「コンカツ高校始まって以来のカルテット!? おいおい、すげー世代だぜこいつはあ」

「あの男子、実は資産家で10億円持ってるんでしょう?」

「え~、うちも養われたぁ~い」


 ざわつき、どよめく体育館。

 どうしてこうなった? 突如、僕は新入生代表みたいな扱いで視線が注がれる。


「……久能。やってくれたなあ」


 比木盾君が、俯き加減に低い声を漏らした。


「何もしてないよ! 僕には何が何やらで……」

「うるせー、俺のオススメ美少女を全取りしやがって! 三人相手にコンカツキメるだと! 羨まけしからん! ちっくしょうぅぅ~~っっ! 幸せにしてやれよぉ~~っっ!」


 比木盾君、感涙に咽ぶ。根は良い奴だね。


「幸運すぎて、逆に不幸じゃない逆に!?」


 コンカツ高校開校以来、初の四人一組。うち、三人は可愛い女子。ついでに僕。

 久能明爽はマッチングで伝説を作るや、入学早々話題をかっさらうのであった。

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