024.高鳴る鼓動

《すごかったでしょ?》


 僕たちはまだ海の中を泳いでいた。サンゴがたくさんあるところまで戻ってきた。


「うん!とても凄かった!!なんか、本当に、本当にすごかった!!」


《でしょ!だから海はいいんだよ》


「うん、本当に心からそう思えたよ」


 海はすごい。綺麗だった。僕はその余韻にただただ浸っていた。


《良かった!ユウ君も元気になってくれて!それに、やっとよそよそしさが無くなったし!》


「どういうこと?」


《だって、ずっと敬語だったじゃん?私たち。もう仲良くなれたんだから敬語は嫌だなって思ってたの。


 でも、今のユウ君は心から楽しんでて、私との距離も近くなったように感じるから嬉しい!》


 アオさんは笑った。


「僕も嬉しい!海は怖いと思ってたけど、今日の出来事のおかげでなんとか克服できそうだよ!」


《それはよかった。最高の時間だったね!》


「ほんとにね!忘れられない7月最後の日になりそうだよ!」


 僕たちは海の中でずっと笑っていた。ずっと僕たちは泳いだ。


 僕たちが過ごした時間は大きな海の中へ溶けていく。本当にあっという間だった。


 


 ──アオさんの背中は落ち着く。この感じ、どこかで味わったんだ。


 どこだったかな?確か、、、あれ??


「あっ!」


《ん?どうした?》


 そうだ、アオさんが初めて僕の家に来た時に見た夢。たしか、アオさんの世話に疲れ切って、そばで寝てしまった時の。


 あれだ。あの時の夢と同じ感じ。


 あの夢はたしか遭難した時の断片的な記憶。


 そのとき味わった感覚と似てる。


 ……僕は、もしかしたら、もしかしたら、昔、人魚に乗ってたのか!?


 僕はあの時、人魚に助けられた?じゃあ僕を助けてくれたのってまさか……。


 いやいや、違うだろ!それに、人魚はもしかしたら他にもいるかもだし……。


 


 いや、僕は確かに、顔を見た。見たんだ……!!


 海の中で手を差し伸べてくれて、一緒に泳いだ。逆光のせいで見えにくかったけど、この目で顔を見た。


 じわじわと何かが込み上げてくる感覚。脳の奥に隠れるように眠っていた記憶が閃光のように蘇る。


 ──思い出した……!!


《ユウ君?》


 アオさんは僕の目を見ていた。ぱちっと開いた大きな瞳。


 その時、僕の心臓がドクっとなった。


 ……なんだ?これ。急に脈拍が上がる。


 アオさんの瞳がいつもよりキラキラしている。いつもよりさらに可愛く見えるし、海もさっきよりさらに美しく思えてくる。


 なんだ??急におかしくなってきた。


 僕は冷静になろうとする。でも、この胸の高鳴りをおさえることはどうにもできない。


 


 ……そうか、僕は忘れてたんだ。この気持ちを。


 ずっとはっきり出来なかった。これまで。それはきっとこの気持ちのせいだ。


 気になる人はいても、心から好きとは言えなかった。


 そりゃそうだ。


 僕はきっと恋をしてたんだ。とっくの昔に。忘れていたのに、記憶が呼び起こされてしまうなんて。


 本当に忘れられない7月最後の日だ。


 僕の心は最初からとられていたんだ。ずっと小さい時から。


 そう、人魚アオさんに。

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