023.海の世界

 僕はアオさんの背中の上に乗っていた。なんとか離されないように体にしがみついている。


 今、僕は大嫌いだった海を泳いでいる。なのに、とても美しい。そして、冷たくて、キラキラしていて、気持ちがいい。


 目の前に広がるのは透明感あふれる青。それを見ている僕はずっとワクワクが止まらなかった。


 心の奥底にはやはり少しの恐怖がある。でも、その上から覆いかぶさるようにワクワクが襲ってくる感覚だ。


「とてもきれいだ」


 僕は目の前の景色に心打たれた。シャボン玉の空気で満たされた僕は話すことができる。


 サンゴもある。そこに住む魚たちは僕らを迎え入れるように舞う。


 僕が恐れていた海。ただ眺めていた海。でもその中にはこんな景色が広がっていたんだ!


《フフ!良い顔してるよ!ユウ君!》


 アオさんの声がまた脳に響くように聞こえた。


《これから海流に乗ろう!しっかり捕まっててー!》


 アオさんはさらに速度を上げていく。僕はアオさんに強くしがみついた。


 海の青がだんだんと濃くなっていく。地面に吸い寄せられているみたいだ。底へと潜っていく。


 さらに冷たさは増していき、ヒンヤリとする。


 流れがきつい。体に重みを感じる。


 海の景色はどんどんと変わっていった。穏やかだった魚たちの姿はもう見えない。


 僕らの後ろには白い泡の線ができていた。吐き出した空気がどんどん後ろへ流れていっている。


 辺りの景色はまるで青や黒の線を何重にも描いたようだった。海を駆け泳ぐ疾走感。


 陸では決して味わうことのできない感覚。……ゾクゾクする。


 さらに暗くなってきた。冷たい。海の中は夏じゃないみたいだ。


《抜けるよ》


 アオさんが言ったその時だった。


 ドボン!!!


 水の中なのに、まるで水面に入っていくような音がした。


 ……僕は不思議な感覚に襲われた。まるで浮いているかのようだ。穏やかな海の中。


 なのに勝手に進んでいる。しかも、ものすごい速さで。


 太陽の光がチラチラと見える。ここには光が届いているようだ。


 どうやら僕たちは海流の境界を抜けたのだ。つまり、ここは海流の中だ。


 


 僕はあたりに広がる光景に絶句した。


 横を泳いでいるのは僕より、いや、それ以上の大きさがある魚たちが悠々と泳いでいる。


 それが何万匹という数を成して泳いでいる。どこまでも続く海の道にたくさんの魚たちが泳いでいた。


「す、すごい……」


 上にも下にも、横にも、どこを見渡しても魚がいた。険しい海を生き抜く魚たちの鱗は灰色に輝き、固そう。大きな瞳にはどこか凛々しさを感じる。


 そんな魚たちが何万匹といる目の前の景色を普通に眺められない。


 口が開いていたことに今さら気がついた。


 僕はゴクリと唾をのんだ。


 壮大さと緊張感。そして生命の大きさに圧倒された。


 僕はただ、その景色を眺めることしかできなかった。

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