009.もうお別れだね
「ところで、あなた名前は?」
人魚はとりあえず聞いておいてやるか感、丸出しで尋ねてきた。昨日のことは忘れてしまっているのか?
「僕の名前は斎藤ユウです。昨日も言いましたよ?」
「え?嘘。記憶がない」
「かなりの熱でしたからね。それに昨日はなんだかとても幼かったですよ?体も心も幼くなっている感じでした」
「あぁ。
それは人魚の体質なの。人魚は体の成長が異様に遅くなるように進化して、代わりに寿命を伸ばしていて。その本能の働きで、熱とか病気にかかると体の成長を巻き戻させて寿命を伸ばそうとするのよ。
その時、脳に負荷がかかりすぎているから、幼児化するんだ」
「大変な体ですね。やはり、人間とは違うんだ」
「そうね。
……てか私、何か変なことしたかな?幼児化すると、自分をうまく制御できなくなるというか……」
人魚は顔を赤くする。
僕は昨日のことを思い出す。
あまりの愛くるしさに、僕の父性が出まくっていた。
あのかわいい仕草。人間のものに興味津々な瞳。本当にかわいかった。
「そうですね……
たくさん、甘えられました」
僕は笑った。
人魚は顔を真っ赤にした。すぐに顔を手で覆った。
「恥ずかしい…」
人魚は呟いた。
「その、……昨日のことは、忘れて……」
人魚はそっぽを向いて目を細める。その表情にはどこか昨日の少女の時のような可愛さがあった。
「え、あっ、はい」
少し気恥ずかしくって、僕は徐に立ち上がった。
「海まで送りますよ。まだ朝ですから人も少ないですし、今のうちに」
「そうね。ここに長居されてもらうのは失礼だわ」
人魚は僕を睨む。
「それに、なんかいろいろされそうだしー」
「だから、しませんて」
僕は呆れた。
僕は人魚を担いで海まで歩いていく。人通りが少ない今のうちに人魚は家に帰るべきだと考えた。
それに、今日は普通に平日である。学校に行かなければならないので、人魚を一人家に置いておけないのだ。
僕は踝が浸かるくらいまで海に入った後、人魚をそこで下ろした。
「結構、重たいですね」
「失礼ね!人魚は海を泳いでるの!だから筋肉量が人間の女子より多いから仕方ないのよ」
「そうなんですね」
漣が激しく音を立てていた。朝の耳に波の音が響き渡り、脳を起こしてくれているようだ。
「じゃあ、いろいろとありがとう。この服、着て帰るね?
これで、もうお別れだね」
人魚は僕の目をまっすぐ見る。
「そうですね。もうお別れです。この辺りは網が張られているかもしれないので、気をつけてください」
「わかった。
……それでさ、勢いよく叩いちゃってごめんね」
「びっくりはしましたけど、もう良いですよ。大丈夫です」
僕はまだ少しヒリヒリする頬をおさえた。
「いろいろ恥ずかしいところ見せてしまった割には、心から君を嫌になれなくて。それはきっと、君が私をしっかり看病してくれたからなのかなって思ってさ。
本当にありがとう。元気でね、ユウ君!!」
人魚は手を振った。僕も咄嗟に振り返す。
人魚は微笑むと海に向かって進み始めた。ドボンと潜ると、一瞬で海の底へ消えていった。
尻尾の鱗がキラキラと輝きながら海を進んでいくのが見えた。
本当に台風のような人だったな。急に来て、僕を振り回していたけど、最後はこんなにも僕の気分を良くして消えていく。
青い海が、新しい1日が来たのを祝っているようだった。
僕は大きく背伸びをし、ふっと全身の力を抜いた。
「さぁ!学校行くかーー」
僕は家に向かって歩いて行った。
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