第二章 人魚さんは甘えん坊です

004.おいしい

 人魚の声を聞いたのは、おそらく僕が全人類で初めてだろう。こんなにも透き通って、聞き心地がいいんだなんて誰が想像しただろうか。




 それよりも、言語が同じでよかった。意味が理解できるし、相手にも言葉として意味を伝えることが出来る。




 驚きのあまりフリーズしていたが、我を取り戻した。




「あっ、僕は斎藤ユウって言います。高校生で、医者を目指してます」




「コウコウセイ?イシャ?……??」




 きっと言葉は理解できている。でも、首をかしげている。もしかしたら、言葉と意味がリンクしていないのか?




「……それって、ガッコウ??」




 なにか閃いたような人魚は両手をついて、前のめりで訊いてきた。




「ん?あっ、そうそう!そこだよ」




「ガッコウ〜!!」




 人魚は目をキラキラさせていた。ガッコウに憧れているらしい。




 見た目はもう幼稚園児くらいになっていた。着させた服はもうブカブカになって服に埋もれそうになっていた。声も、幼い子供みたいだった。




「…君のお名前は?」




 僕は人魚に尋ねた。




「わ、たしの、な、名前?うーんとね、名前はね、£^*%€=j gf I’ll KB b」




「んん??なんて言ったの??」




 何を言っているのか、聞き取れなかった。てか、今の本当に名前??意味がよく分からない。




「だーかーらー!£^*%€=j gf I’ll KB b!!」




 人魚は赤らんだほっぺを膨らませる。




「うーん…??…もういいや。名前はあとにしよう。とにかく、これ食べて」




 僕は机に置いておいたゼリーとスプーンを手渡した。




 手はスベスベしていて、柔らかい。人間の女の子と何ら変わりがないようだ。




 人魚はまた目をキョトンとした。




「なに、これ?」




「それはフルーツゼリーって言って、たくさん甘ーい果物が入ってるんだ」




 人魚はゼリーが入ったカップの側面を見たり、底面を見たり、ベッドに打ち付けたりしている。




「こらこら、そんなことしちゃいけないよ」




「……どーするの?」




「うん。それじゃあ、見てて」




 僕はゼリーのカップをスッと取ると、ナイロンの蓋を開けた。




「うわー!!」




 人魚の目はまたもキラキラとしていた。初めて見る、ゼリーというものに向ける眼差しはまさに子供そのものだった。




 人魚には、どのように見えているのだろう。




 スプーンをぎこちなく握りしめて、ゼリーに刺した。




「うわ」




 刺した後に、僕の目を見る。




「わー、ぷるんってした!」




「そうだろ?それがゼリーだ」




 スプーンには、透明なゼラチン部分とみかんや桃のフルーツたちの欠片が乗っている。




 丁寧にゼリーを口に運ぼうとしている人魚。だが、僕はそれを止めた。




「待った待った。いいか?食べ物をいただく時には『いただきます』っていうのが、人間の文化なんだ」




「イタダキマス?」




「そうだ!だから、食べる前の『いただきます』は忘れちゃだめだよ?」




「わかった」




 人魚はゼリーを見る。




「イタダキマス!!」




 人魚の元気な声が部屋に響き渡る。




 素直な子だ。きっとこの子はいい子だ。




 ゼリーを口に入れた瞬間、人魚の瞳からは宝石の輝きが浮かび上がってきた。




 一瞬の間の後、スプーンを口から取り出し、口をモグモグする。




「あう、あう、あうあう、……おいしい!!!」




 人魚は頬に両手を触れた。




「なんか、甘くてね、柔らかくてね、トロンてしてね、溶けた!!」




 あまりにも必死になって伝えようとする人魚の姿に、僕は笑った。




「だろう?おいしいだろ?もっと食べていいよ」




「いいの?やったーわーい!!」




 人魚は勢いよく口にゼリーを入れていく。スプーンの使い方が不慣れで、あたふたしているのが愛らしい。




 僕はその姿を見て、また笑った。あまりの愛くるしさに、僕はつい、人魚の頭を撫でてしまった。

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