第17話:変えられない過去 ⑯

週末が明けて、翌週の全校朝会で彼が表彰されることになっていたが、その日の朝に救急搬送されてしまった。


 この時、彼に心当たりはなかったが、ある事が頭をよぎった。


 それは、1週間前にいきなり頭痛が連続して起きて、すぐに収まるという事が繰り返し行われていたため、彼は何でもないと思っていた。


 しかし、昨夜は急に熱が38.5℃まで上がったため、念のために氷枕を頭に乗せて寝かせた。


 翌朝、いつも起きてくる時間に彼が起きてこないことを心配して、母親が彼の部屋に行くと、彼がベッドの上で動けなくなっており、母親が「賢ちゃん!賢ちゃん!」と呼んでも反応が薄かったのだ。


 そこで、母親は救急車を呼び、すぐに病院に向かった。


 その日は父親も母親も仕事だったが、父親は仕事に行き、母親が休みを取り、病院に付き添った。


 救急処置室から賢治が出てくると、5階の個室に通された。


 その後、処置をした医師に彼の状態を説明するために母親が別室に呼ばれた。


 そこで告げられたのは“ストレス性過労”と“細菌性肺炎”の疑いという事だった。


 この診断を聞いた母親はびっくりした顔で固まってしまった。


 なぜなら、彼はこれまでも気管支炎や喉頭炎など呼吸器系の病気で口腔外科を受診したことはあるが、肺炎を起こしたことはなかったため、両親からすると心当たりがなく、この病気と向き合ってどう考えていくかが難しかった。


 そして、療養期間も最短で1週間ほどかかることから3日後の卒業生予行練習と来週の火曜日に行われる全体予行練習があるが、これらの卒業式の予行練習や卒業記念式典には参加出来ない可能性が高くなった。


 先生の説明を受けたのち父親のところに連絡を入れて、他のきょうだいを祖父の家に預けて病院に向かって欲しいと伝えた。


 その日の夕方、仕事が終わった父親が顔から汗をしたたらせながら病院に来た。


 本日は終業後に来週月曜日からの九州出張に向けたミーティングとメンバーの選定があったが、他の課の役職者から許可をもらい、ミーティングの開始時間を遅らせてもらい、急いで病院の面会時間に間に合うように来たのだった。


 父親は「あの話しは本当なのか?」と母親に尋ねると母親は「本当なのです。賢治が体調悪いのに気が付かなかった私のせいです」と母親が自責していた。


 両親は病室で寝ている息子を見て、その日は面会時間ギリギリまで息子のそばに寄り添った。


 その後、父親は急いで会社に戻り、母親もきょうだいを迎えに行くために実家に向かった。


 その道中で母親は急に悲しくなってしまった。


 というのも、彼は生まれつき呼吸器が弱く、生まれてから3歳までは毎年3回以上入院する生活を繰り返していたため、母親としては身体が大きくなることは嬉しいことだったが、体の成長に呼吸器の発達が追いつくか分からなかった。


 ただ、先生も経過観察をしている時に左右の肺と肺胞が少しずつ大きくなっていったことから安心していたのだが、賢治が小学校6年生の時に秋と冬に1度ずつ急性肺炎を起こして、今回と同じように入院したことがあったため、母親は心のどこかで不安な心を持っていたことは間違いないが、まさか卒業2週間前にこんなことになるとは思っていなかった。


 翌日以降は母親が仕事の昼休憩の時に面会に来ていたが、彼はいつも眠っていた。


 入院して5日後、彼が目を覚ましたのだが、呼吸はまだ人工呼吸器を使わないと十分に呼吸出来ない状態だったため、先生の問診を受けて退院予定日を決めることになったのだが、彼の状態を考えると最短退院日が3月17日ごろと卒業式が3月21日だったため、このままの状態なら無事に卒業式に出席することが可能だが、次回3日後の回診で最終的な判断をするため、場合によってはギリギリ卒業式に出席できるかどうかというすごく難しい状況になることも想定しておかなくてはいけなかった。


 3日後、再び担当医の先生が回診に来て、診察した結果、血圧も安定し、呼吸も安定してきたことから最短で退院し、自宅で経過観察をする事になった。


 彼はホッと一安心した。


 なぜなら、小学校の卒業式の時も症状が悪化したことで出席できるかがギリギリまで分からなかったため、今回のように3日以上卒業式までの日数を普通の状態で過ごせるという事がどれだけ幸せなことかと思ったからだ。


 退院当日、お世話になった看護師さんと担当医の先生に見送ってもらい、病院をあとにした。


 病院を出るときは安心して過ごせた時間が頭の中で駆け巡っており、隣の病室にいた同い年の男の子や同級生の妹と弟と同じくらいの年齢になる子どもたちとの交流などすごく楽しかった記憶だけが頭に強く残っていた。


 彼は3日後無事に卒業式を迎え、3年間の中学校生活を終えた。


 同級生たちの多くは卒業後、地元を離れ、各地の進学校やスポーツ強豪校、全寮制の高校へと進んでいく事になる。


 小学校~中学校までの9年間共に過ごした仲間との思い出を胸に彼は4月から新しいステージに進んでいく事になる。


 今度は全国から優秀な生徒が集まる学校だからこそ彼は自分の能力を高めて、高校でも良い成績を残していきたいと思っていた。


 その日の夜、彼は卒業アルバムと卒業文集を見ながら楽しかった中学校生活の思い出を振り返っていた。


これからは卒業アルバムのタイトル“We always with you”のように同級生1人1人がお互いの事を思い、お互いのために支え合い、お互いに助け合い、より良い高校生活のスタートに向けてそれぞれが準備をしていきたいと思ったのだった。






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