第32話 越えられない壁
翌朝、学校に行くためにいつものように玄関から外に出ると、そこには三人の姿があった。だけど、久寿弥の顔はどこか暗く、友香と智也も久寿弥を気遣うような顔をしていた。
「おはよう、みんな。何かあったの?」
「……ああ、おはよう。とりあえず学校に行きながら話すから、まずは学校まで歩こうぜ」
「あ、うん……」
いつになく暗い久寿弥の様子から、少なくとも良い話では無いんだろうと感じながら私は三人と一緒に歩き始めた。そして少し歩いた後、久寿弥は暗い表情のままで話し始める。
「……昨日、帰ってから文化祭に参加して良いか聞いてみたんだよ」
「うん、それで?」
「……当然、良い顔はされなかった。そして本当に参加するなら、いつものように下っ端や下っ端の娘達からの奉仕を受けろと言われたんだけど、今回は避妊は無しだって言われたんだ」
「え……そ、それって……」
「ああ、本気で俺と下っ端達の間に子供をこしらえさせるつもりみたいで、もしもその次に何か行事に参加しようとするなら、そいつらが子供を孕むまで何度もやらせるって言ってるんだ。中には小学生や中学生だっているのに、それを強いるつもりなんだよ……」
「そんな……」
「俺だってそれは嫌だし、何とかならないか聞いたさ。だけど……そこから譲歩する気はないって言われたし、それを言ってきたのが益子さんだから、絶対に断る事が出来ないんだよ」
そう言う久寿弥の顔は恐怖の色に染まっており、ネイキッドのボスである益子さんは久寿弥にとって本当に逆らえない存在なんだとわかったけれど、私の中にはちょっとした疑問を生まれていた。
「でも、あの益子っていう人はそんなに怖い人なの? それに、マスク推進大臣をしてる益子さんと同じ顔をしてたし……あの人はいったい何者なの?」
「……あの人、益子さんは俺達ネイキッドを統括してる人で、誰よりもこのマスクで溢れた世界を嫌ってる人だ。それに、結構むごい事も平気で出来るし、俺も小さい頃からあの人の色々な姿を見せられてきたから、姿を見るだけで震えが止まらなくなるんだよ……」
「私達に絡んできた人達もネイキッドの思想に染められてるみたいだし、たしかにその為なら非人道的な事も平気でしそうだよね……」
「だな。後、俺もちょっと調べたんだけど、マスク推進大臣の方の益子さんには、実は双子の兄弟がいるみたいで、その兄弟についての話はまったくわからなかったけど、同じ苗字で同じ顔をしていた事から考えるに、二人は一卵性双生児の兄弟なんだろうな」
「双子の兄弟なのにマスク一つでここまで考えが違うなんて……」
「あの時はお前達がいた上に他にも人がいたからネイキッドとして振る舞ってなかったけど、ネイキッドの人間しかいなかったら、確実にあの二人は死ぬよりも酷い目に遭わされてた。あそこまでネイキッドの思想に染まってるのも俺達が知らないところでそういう事をしたからなんだろうしな」
「そんなに怖い人だったんだ……」
あの時はすっかり政治家の益子有人さんだと思っていたし、とても穏やかな性格の人なんだと感じていた。だけど、久寿弥の反応や話を聞いた後ではあの朗らかな笑みの裏で何を考えていたのかわからないし、もしかしたら私達も今頃はネイキッドにされていて、久寿弥達のような幹部や幹部の子供のために自分を捧げていたかもしれない。
そう考えた瞬間に私は恐怖に支配されて震えが止まらなくなっており、その姿を想像して嫌悪感から叫びそうになっていた。
そんな私の姿を久寿弥はチラリと見ると、何も言わずに手を握ってきた。
「久寿弥……」
「突然やったけど、ぶたないでくれよ? 真澄が本当に怖がってるみたいだから、俺がしてもらったようにちょっとでも助けになればと思ってな」
「……うん、少しだけ落ち着いた。ありがとう、久寿弥」
「どういたしまして。それで話の続きなんだが、俺は文化祭に出ない事にしようと思うんだ」
「出ないって……それじゃあ久寿弥は何も楽しくないじゃん!」
「仕方ないさ。俺だって文化祭の話を聞いて参加したいって思ったけど、そのために欲しくもない子供なんて作る気もないし、そんな事をしたら真澄に対して申し訳が立たないんだ。
だから、準備期間中や当日はとりあえず保健室にいる。保健室も毒島がいるから安全ではないけど、お前達が話をしに来てくれたらそれだけでいいからさ」
「でも、そんなのって……!」
私の声を聞いた久寿弥は哀しそうな笑みを浮かべながら私達を見回した。
「……ごめんな、お前達。お前達と一緒に楽しみたいけど、俺はやっぱりネイキッドの人間だし、あの人に逆らえるだけの物はないんだ。逆らったら、問答無用で俺は完全にネイキッドの思想に染められるだろうし、お前達とも会えなくなる。それだけは本当に避けたいんだよ」
「なにか……なにか手は無いの?」
「……益子さんの決定を覆せたら出来ると思う。だけど、覆すだけの理由も方法も無いだろうし、そもそも確実性はない。だから、諦めた方が良いんだよ。それがみんなが不幸にならない唯一の手段なんだ」
「久寿弥……」
久寿弥の哀しそうな笑みは見ているこっちまで辛くなる物であり、学校に着くまで久寿弥の表情が明るくなる事はなく、私達も会話が弾む事はなかった。
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