第30話 Distance
お昼過ぎ、私達は海水浴場に作られた簡易的なライブ会場にいた。ステージの上では詩雨ちゃん達のミニライブが行われており、お客さん達のボルテージも最高潮だった。
海水浴場でのライブという事もあって、二人も水着っぽいステージ衣装に身を包み、このライブのためにわざわざ駆けつけたというお客さんもいるけれど、だいたいは海水浴に来ていたお客さんばかりだった。
「これがハイシェイのライブの光景……当然、普段はまた違った衣装だし、お客さん達だって水着じゃないけど、こんな風に盛り上がってるんだって思えるよね」
「だな。それにしても……やっぱりアイドルってすごいな。昨日も結構撮影はしてたし、今日だって朝っぱらから撮影したり俺達が帰ってきた後も打ち合わせや軽いリハーサルもしたりで疲れてるはずなのに、それをまったく見せずにライブしてるしさ」
「それが二人のアイドルとしてのプロ根性なんだろうね。私達が知ってる二人とはまた違ったプロのアイドルとしての二人の」
「そうだな。そんな二人のライブ、俺達もしっかり楽しもうぜ」
智也の言葉に私達が頷き、数曲が終わった頃、詩雨ちゃんは笑顔を浮かべながらつけているマイクで会場中に呼び掛けた。
「みんなー、楽しんでくれてるー?」
『おー!』
「だいぶ楽しんでくれてるみたいだね。でも、そんな楽しい時間もこの一曲で終わりだよ」
『えー?』
「本当はアンコールにも応えたいけど、今日はアンコールも無しでって言われてるからね。だから、この一曲には更に想いをこめていくよ。この曲を届けたい人達がいるからね」
そう言いながら詩雨ちゃんは私達にウインクをし、その言葉の意味について考えている間に詩雨ちゃんはにこりと笑いながら再び口を開いた。
「それじゃあ最後の曲、行きます。『Distance』」
タイトルを口にすると同時にスピーカーからはゆったりだけどどこか哀しげな音楽が流れだし、二人はさっきまでの眩しい笑顔とは違う辛さを感じているような微笑みを浮かべた。
「『あの子と笑う時の貴方は 知ってるはずなのに知らない人』」
「『見慣れたはずの笑顔なのに 私には向けない物だから』」
「この感じ……ラブソングだけど、どこか失恋的な感じ……かな?」
「なんだかそんな感じに聞こえるよな」
「前にカラオケした時には歌ってなかったけど、こういう曲も歌えるんだね」
「だな……」
ステージ上で披露されるパフォーマンスを見ながら私達が感想を述べる中、二人の顔は更に切ない物に変わった。
「『見かける度に遠くなる距離 近いはずなのに遠い心の距離』」
「『同じ教室でも手は届かない あの子だけを見ている貴方には』」
「『伝えたいこの秘めた想い 声に出して聞かせたとして』」
「『耳には届いても心には 決して届かないこの距離』」
「『逸らしたい貴方への視線 目を瞑って見えなくしても』」
「『目には映らなくても心では 感じてしまうんだこの距離』」
「『もどかしくても何も出来ない 』」
「『縮まらない』」
『『想いの距離』』
一番が終わり、その後も静かなライブ会場には二番が流れていたけど、ふと私はある事に気づいた。
「あれ……?」
「ん、どうした?」
「うん、なんとなくだし、こういう考えはどうなんだろうって思うんだけど、この曲の主人公を詩雨ちゃんにしてみたら、なんだかしっくり来ちゃうというか……」
「……たしかに、なんだかそう思えてくるな」
「でも、そうだとしたらこの貴方って……」
「……たぶん、そうだろうな」
私達の中にある考えが浮かぶ中で二番も終わり、曲が更に盛り上がっていくと同時に二人の哀しそうな表情にも少しだけ希望の光が差し始めた。
「『あの日貴方と出会ってから 想い続けたこの日々は』」
「『掛け替えのない宝物だった』」
「『だから』」
「『それを壊さぬため』」
「『私は離れていく』」
手を合わせながら向い合わせで歌っていた二人が同時に離れていくと、一瞬だけ音が止み、程なくして微かなピアノの音がスピーカーから聞こえ始めた。
「『届けたかった秘めた想い もしもだって言って聞かせるの』」
「『返ってくるその言葉は 決して望んだ物じゃないけど』」
「『ありがとう貴方からの声 想い届かないとしても』」
「『付き合えなくても私には 染みていくんだその優しさ』」
「『苦しかった日々からさよなら 離れていく私達の距離』」
「『立ち止まったここから見つめる 近づいてくあなた達の距離』」
離れたお互いを立ち止まって見つめた二人が、小さく『さよなら』と声に出さずに言って曲が終わると、静かだった会場には大きな拍手が鳴り始め、私はステージ上で笑顔を浮かべる二人を見ながら隣にいる久寿弥に話しかけた。
「……ねえ、詩雨ちゃんのあの言葉って、本当はもしもじゃないのは気づいてたんじゃないの?」
「……まあな。同じ女子じゃなく俺に電話掛けてきた事や着替えてきた時にまずは俺に視線を向けてきた事からなんとなく俺に好意を持ってるんだなと思ってたからさ。
だから、あの告白はもしもの物だって事にした。初めての告白だったとしたら、それがあんな切なくて苦い物なのは流石に可哀想だし、もしもだって言ってきた詩雨の気持ちは尊重したかったからな」
「……そこまで気遣える奴に好意を向けられて、ここまで近いところにいる私は幸せなのかな?」
「もちろん、と言いたいけど、そこはお前の気持ちに任せるさ。俺個人としては幸せだし、幸せであって欲しいけどな」
「……じゃあ、幸せって事にしとく。感謝してよね?」
「ああ、ありがとうな」
憎まれ口を叩く私に久寿弥は優しい笑みを浮かべ、再びステージに顔を向ける。夕日が久寿弥の顔を照らし、少し出来た陰や照らされた微笑みを私は悔しく思いながらもカッコいいと思ってしまい、そっぽを向くようにしてステージへと顔を向けた。
ステージ上では二人が笑顔を浮かべながら袖へと去っていっていたけど、一瞬詩雨ちゃんは私に視線を向けると、微笑みながらコクンと頷き、そのまま袖へと姿を消していった。
ステージと観客席という離れた場所であり、詩雨ちゃんは何も言葉を発しなかったけど、何を伝えようとしたかははっきりとわかっていた。
「……ここまでしてもらったら、私も頑張らないとなぁ……」
詩雨ちゃんの決別と応援の歌を胸に刻み、私は波音と拍手が響く海辺で自分の恋に向けて改めて頑張る事を決めた。
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