第28話 応援したい想い
「はあ……緊張したぁ……」
その日の夜、泊まる事になっていた近くのホテルの大浴場のお風呂に浸かりながら独り言ちる。夜の分の撮影の後だからか、大浴場にいるのも私達だけであり、ちょっとした貸し切り気分になっていると、肩までしっかりと浸かっていた詩雨ちゃんがクスクスと笑い始めた。
「本当にお疲れ様。でも、自然な感じが出てて良かったって亀井さんも言ってたし、撮影しながら私達も遊べたからすごく楽しかったよ」
「そうだね。そういうコンセプトではあったけど、夏らしくて私もすごく楽しかった」
「それなら良かったよ。それにしても、二人は本当にすごかったなぁ……そうやって遊びながらもカメラを向けられたらすぐにニコって笑えてたし、水着が映えるようなプロポーションだしさ……」
友香が羨ましそうに彩舞ちゃんの肩をツンツンとつつく。この撮影がきっかけで、私達は二人の事をさん付けからちゃん付けに変えるまでに仲良くなり、友達としてもっと距離を縮められたと思っている。
そして羨ましそうな顔をする友香の姿を見て、彩舞ちゃんは微笑んだ後に後ろからぎゅっと抱きついた。
「けど、友香だってちゃんと綺麗な体してるよ。実際、智也君は友香の水着姿を見てすごく照れてたし、撮影中もチラチラと見てたから、智也君は今回の件で友香の事をかなり意識してたと思うよ」
「え……そ、そう……?」
「あー……それはたしかにね。前も四人で出掛けた時に久寿弥が女の子の水着姿について話題に出したんだけど、智也は見慣れてる学校指定の奴じゃなくプライベートの奴は見てみたいって顔を赤くしながら言ってたもん」
「あはは、青春してるねぇ。因みに、久寿弥君はその時何を言ってたの?」
「男なら女の水着姿は見たくなるもんだし、特に好きな女だったら色々な姿を見たくなるって言ってたかな。その時に私は良い水着を期待されてたけど……みんなと一緒にいる時に似合ってるって一言いわれただけだったし、なんて思ったのかわからないんだよね……」
そう言いながら少しだけ寂しさを感じていた時、詩雨ちゃんはやっぱりといった顔をした。
「……真澄ちゃんは久寿弥君の事が好きなんだね」
「え?」
「最初に出会った時は困った男友達を見るような目をしてたけど、今はちゃんと好きな人を想うような目をしてる。それで、どうなの?」
「……まあ、異性として好きにはなってるけど、それを伝えたら本気で喜ぶだろうし、その姿を見たら悔しくなるだろうから言わない。アイツ、私を自分の女にするんだって言って憚らないから、それを達成させてしまったと思うと、無性に腹が立つもん……」
「なるほど、中々難儀な事になってるね」
「だね。だったら、私は諦めた方が良いのかな……」
「諦めるって?」
私の疑問に詩雨ちゃんは彩舞ちゃんとアイコンタクトを交わしてから答えてくれた。
「アイドルとしてあまりこういう事は言えないんだけど、この前助けてもらった時から久寿弥君は異性として良いなと思ってたの。だから、今回の件を話す時も三人じゃなく久寿弥君の携帯にかけた。海辺での撮影で水着姿の写真も撮るから少しでも意識してもらえたらなぁと思ってね」
「……あの時もそんな気がしたけど、やっぱりそうだったんだ」
「うん……でも、これはまだ明確な恋心じゃない。異性の友達の中では一番好きではあるけど、それはあくまでも恋愛じゃなくて親愛だから。そんな状態で告白なんてしても私自身が後悔するし、久寿弥君もすぐに察して出来る限り傷つかない言い方で断ると思うんだ」
「……うん、私もそう思う。久寿弥って結構気遣いは出来るし、相手の事はちゃんと大切にするタイプみたいだから。ただ、鈍感なところはあるし、恥ずかしからずに色々言ってくるのはちょっとムカつくけどね」
「あははっ、なるほどね。それに……私にはこれもあるから」
そう言いながら詩雨さんは肩のアザに目をやる。
「……あの時は言えなかったけど、これってネイキッドの人のせいでついたものなんだ」
「えっ……」
「世間には公表してないけど、私の両親は熱心なネイキッドのメンバーで、私も小さい頃からネイキッドの集まりに参加させられたりマスクをつけない生活を強いられたりしてたの。
でも、私自身はそんなネイキッドの思想や活動が好きじゃなくて、すごく嫌だなと思いながら過ごしてたんだけど……ある時、ネイキッドが“奉仕”って呼んでる活動をする事になって、その時にこのアザがついたんだ」
「そうだったんだ……」
「うん……まだ小学生の時にネイキッドの幹部の子供だっていう高校生くらいの異性に身を捧げるように言われて、私は嫌だったのにそれが慣習だからって無理やり……それで抵抗してたら相手に肩を殴り付けられてそれでこのアザが出来たの。
それ以来、男の人ってあまり好きじゃなくて、みんなと出会った時も相手が男の人だったから怖くて何も出来なくなったんだ……」
「でも、詩雨の親戚はネイキッドの関係者じゃなかったから、事情を聞いてどうにか両親から詩雨を引き離してくれて、今はその親戚の家に住んでるんだ。それに、詩雨の両親は別件で事件を起こして逮捕されてるから、誰か保護者が必要だったしね」
「それはたしかに言えないよね……」
心配そうな友香の言葉に詩雨ちゃんは哀しそうに笑いながら頷く。
「仕事の関係で男の人とは関わるけど、仕事だからって割りきったり事情を知ってる彩舞ちゃんがいてくれたりするから何とかここまでやってこれた。
でも、久寿弥君は違った。私が心と体に傷を負う事になった原因の異性の高校生と同じ年代だけど、あの雰囲気や話し方には安心感を覚えたし、異性として良いなって素直に思えたの」
「詩雨ちゃん……」
「久寿弥君と真澄ちゃんは両想いだし、まだ私だって久寿弥君への想いは恋心と言える物じゃない。だから、私は素直に二人の事を応援するよ。二人の事だって友達としてとても大切に思ってるし、久寿弥君と真澄ちゃんの二人が好き同士なら、私は二人が幸せになってるところを見てみたいから」
「それに加えて、結婚式の場でライブをして更に祝福したいとか思ってるんじゃない?」
「あはは……流石は彩舞ちゃん。でも、それくらい私は二人を応援したい。だから──」
「……その気持ちは嬉しい。でも、そのままじゃ私は素直にその気持ちを受け入れられないよ」
不意にそんな言葉が私の口から出た。でも、それは私のちゃんとした思いだ。異性に対して心に傷を負っている詩雨ちゃんがこのままで良いわけはないんだ。
「詩雨ちゃん、明日は朝の撮影が終わったら、夕方に帰る前にやるライブの直前まで自由時間だったよね?」
「う、うん……」
「だったら、その時間は久寿弥と一緒に過ごしてほしい。もちろん、二人きりで」
「え……?」
「真澄、一体何を……」
「アイドルの件や過去に負った傷の件、そして私と久寿弥の件もあって、詩雨ちゃんが諦めようとしてるのはわかった。でも、私はそんな形で詩雨ちゃんに想いを諦めてほしいとは思わない。恋心になったかもしれないその想いを簡単に捨ててほしくないの」
「真澄ちゃん……」
「久寿弥には私は話をしておくよ。だから……お願い、その大切な気持ちをちゃんと言葉にして伝えてみて」
端から見れば、恋敵を応援している形だし、そんな事をしなくてもと言われてもおかしくはない。自分でもそれはわかっているけど、せっかく芽生えた詩雨ちゃんの気持ちは大切にしてあげたいと何故か思ったのだった。
両手を握り込みながら言ったその言葉に詩雨ちゃんは驚いていたけど、すぐに優しげな笑みを浮かべながらコクンと頷いた。
「……わかった。私、やってみるよ」
「うん……アイツ、結構鈍感だし平気で人の事を照れさせるからそこは気を付けてね」
「うん、了解。でも、やるからには久寿弥君を惚れさせられるくらい頑張るから、後であんな事をしなければって後悔しても知らないからね?」
「うん」
友香と彩舞ちゃんが見守る中、私はアイドルらしさを全開にした勝ち気な顔をする詩雨ちゃんを前に頷く。けれど、そんな詩雨ちゃんの姿に私の心は少しだけチクリと痛んでいた。
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