第26話 海への誘い

「……来ちゃった」


 八月の半ば、私は砂浜に立ちながら一面に広がる海を見て呟いた。目の前に広がる青く澄んだ海は太陽の光を反射してキラキラと輝き、燦々と輝く太陽が浮かぶ空も白い雲がプカプカと浮かぶ気持ちいい程に晴れた青空で、何羽ものカモメが鳴き声をあげながら飛んでいた。

ここは住んでいる市から少し離れた海水浴場であり、白くサラサラとした砂浜にも一切ゴミはなく、海水浴を楽しむ人や海の家を訪れる人の数も多くてとても賑やかだった。


「……来ちゃった、んだよなぁ……」

「あはは……まあ、まさかの予定ではあったからね」

「けど、交通費の心配をしなくて済んだのは良いし、こんなに良い場所まで来られたのは幸運だったんじゃないか?」

「そうだぞ、真澄。詩雨達には本当に感謝しないとな!」

「……まあね」


 ウキウキした様子の久寿弥に対してため息混じりに答える。事の発端は、一本の電話だった。夏休みになって図書館に集まって宿題を片付けていたある日、帰り際に久寿弥にある人から電話が掛かってきた。

その人というのが、今をときめくアイドルデュオである『HIDE&SHADE』の一人、HIDEこと拝戸詩雨さんだった。GWに偶然知り合った事がきっかけでその後に出会った相方のSHADEこと景山彩舞さんとも連絡先を交換していて、私達は突然の電話に驚いた。

そして話を聞いてみると、二人は水着の写真集を出す予定があって、その撮影をした後にその海水浴場でミニライブもするのだという。アイドルだからそういう事もあるだろうと私達は考えていたけれど、その後の詩雨さんの発言に私達は驚く事になった。なんと私達にも臨時スタッフとして手伝いにきてほしいとの事だった。

そんなに人手が足りないのかと思ったけど、撮影やライブのスタッフさんが足りないわけではなく、その写真集のエキストラとしてきてほしいと言われて、私達は更に驚く事になった。

なんでも写真集には主観的な視点からの写真や海辺で遊ぶ姿の写真も必要らしく、特に主観的な視点からの写真はターゲットを私達と同じくらいの男の子達にしていて、見ている人をより移入させるにはイメージをしやすくするためにそのくらいの年代の人の手なども撮してみたいというカメラマンさんの要望があったらしい。それで白羽の矢が立ったのが私達だったわけだけど、そういうのを撮影するなら、素人の私達じゃなく他のアイドルやタレントさんじゃないかとは思った。

けれど、詩雨さんは打ち合わせの場でそういう人達にオファーをするとギャランティの問題なども発生するし、流石に名前を出さないわけにはいかない事もあって週刊誌などからあらぬ記事を書かれる恐れがあると言ったようで、対して素人の私達なら逆に名前を出さない方が良い上に交通費の支給くらいでも問題なく、一般人だからこその意見なども貰えるかもしれないと提案した事でそれならばとなったようだった。

因みに、本音は私達と久しぶりに会いたくて撮影を利用して遊びたいと思ったからではあると言っていて、それを聞いた私達は揃って苦笑いを浮かべていた。

けれど、仕事ではあってもせっかく私達に声をかけてくれたのだからという事で久寿弥達が乗り気になり、私も断る理由はないかと思ってオーケーして今日になったのだった。


「それにしても、こんなに良いところだなんて本当に思わなかったなぁ。海水浴場なんて小学生の頃に三家族合同で来て以来じゃない?」

「あ、たしかに。夏だから海水浴に行こうってなって、一泊二日で行ってきたんだよね」

「そうだったな。そして今回も一泊二日なわけだけど……久寿弥の方はよく許されたよな?」

「あー……それなんだけどさ、両親はあまり良い顔してなかったんだよ。ただ、益子さんがそれくらいなら良いだろうって言ってくれた事で今回はオッケーになったんだ」

「益子さんって、七月に会ったあの?」


 久寿弥は複雑な顔をしながら静かに頷く。七月、四人でつけるマスクを買うために出掛けた私達はその最中に二人組の男達に絡まれた。けれど、そこを助けてくれたのがネイキッドのボスだという益子さんであり、私達に絡んできた二人組はそのままどこかへ連れていかれた。

後で久寿弥から聞いた話だと、あの二人はネイキッドを養成するための施設のようなところにいたみたいで、ネイキッドのフリをして色々な人に危害を加えていた分の制裁を受けた後に教育されてネイキッドの下っぱになっていたようだ。

そして、まだ中学生くらいである幹部の子供に対して狂ったように涎を垂らしてお礼を言いながら肌を重ねている姿を見て久寿弥もなんとも言えない気持ちになったようで、話をしている時の顔もとても複雑そうだった。


「別に益子さんは俺がお前達と関わる事を反対してるわけじゃないみたいで、今回の件も今後の俺にとって良い経験になるかもって思ってるみたいなんだ」

「そうなんだ……」

「でも、どうして反対しないんだろう? 別に私達はネイキッドじゃないのに……」

「そこも何かあるんだろうけどな……」


 益子さんの考えがわからず、四人で腕を組みながら考えていたその時だった。


「あ、みんな! 着いてたんだね!」


 そんな声が聞こえてそっちに顔を向けると、そこには手を振りながら走ってくる詩雨さんとその後ろからゆっくりと来ている彩舞さんの姿があり、詩雨さんは私達の目の前で止まると、嬉しそうににこりと笑った。


「みんな、来てくれてありがとう。突然だったのに本当にごめんね」

「ううん、大丈夫。突然って言っても先週の話ではあったから、準備する時間はあったしね」

「だな。それで、撮影ってもうやってたのか?」

「まだだよ。とりあえずみんなが来てからと思ってたし、カメラマンさんも色々調整してるみたい」


 詩雨さんが答える中、彩舞さんも私達の目の前で足を止めた。


「みんな、ここまでお疲れ様。撮影って言っても、基本的に多く写るのは私達だけで、みんなは遠目からだったり一部分だけだったりするから、あまり緊張しなくて良いよ」

「うん、了解」

「こういうのは当然初めてだから、どうしようかと考えていたけど、少しは安心しても良いみたいだな」

「うん、大丈夫。みんなはこの雰囲気を楽しんで帰ってもらうだけみたいなものだから。さあ、とりあえずスタッフさんやマネージャーにも挨拶してもらいたいし、早く行こう」


 その言葉に頷いた後、私達は二人の後に続いてゆっくりと歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る