第21話 夏と恋のあつさ

 雨ばかりだった六月も終わって七月になり、私達は汗がダラダラと出るうだるような暑さとうるさいくらいのセミ達の夏フェスにため息をついていた。


「はあ……夏服になったから大丈夫かなと思ったけど、やっぱり暑いね……」

「うん……汗で肌もベタベタしちゃうし、汗拭きシートや制汗スプレーが手放せないよ」

「あはは、去年と同じでそれだけでまた小遣いが減っていくな。そういえば、久寿弥は夏って……いや、聞かなくても大丈夫そうだな」


 久寿弥の姿を見て智也が苦笑いを浮かべる。当の久寿弥は私達の誰よりもだれていて、舌を出しながらはあはあ言っている姿はどことなく犬っぽく見えた。


「なんか意外。久寿弥って夏が好きそうなイメージあったのに」

「……そうでもねぇよ。外で遊ぶなんて全然してこなかったし、クーラーの効いた部屋にばかりいさせられたから、この暑さには慣れてないんだ。同じ理由で冬も得意じゃねぇしさ」

「ああ、なるほど、それじゃあ春と秋の方が良いんだ」

「はあ……そうなるか。けど、こうしてお前達と出会ったりクラスの奴らとも遊んだりする機会も出来たから、今年からは夏も冬もどうにか得意になってやるよ。そうすれば、プールや海にも行けるしな」

「プールや海……ああ、たしかに良いね。夏って感じがするし、新しい水着でも近い内に見に行こうかな」


 友香が乗り気な様子を見せる中、私は久寿弥に対してジトッとした視線を向けた。


「久寿弥……もしかしなくてもそれが目当て?」

「それもあるな。だって、男だったら女の水着姿なんて見たくなるもんだろ。なあ、智也?」

「え? まあ……毎年二人とは市民プールに行ったり学校の授業でも見たりはしてるけど、その時は学校指定の水着だし、そういうのじゃないプライベートな水着姿も見てみたいと言えば見てみたい……かな?」

「そ、そう?」

「……ああ」


 智也が軽く顔を赤くしながら少しそっぽを向き、友香も顔を赤くしながら俯く中、久寿弥はそれを見てうんうんと頷いた。


「良いねぇ、バッチリ青春してるじゃん」

「そういう久寿弥はどうなの? さっきは水着姿は見たいって言ってたけど」

「当然見たいさ。という事で、良いのを期待してるからな、真澄」

「期待されても応えられないって。というか、私の水着姿なんて見てもつまらないんじゃない?」

「そんな事ないぞ? 真澄みたいに良い女の水着姿は見たくなるもんだし、男だったら好きな女の色々な姿を見たいって思うからな」

「好きな……」


 その言葉を聞いた瞬間、私の顔は燃えたかのように熱くなる。


「うぅ……」

「ん、どうした? 顔赤いけど、暑さにやられたか?」

「……そんなとこ」

「そうか。この前の風邪みたいに倒れてもよくないし、水分補給はしっかりな」

「……ありがと」


 優しく微笑む久寿弥に対してぽそっとお礼を言う中、顔の熱さは私の中の恋心を主張するように更に上がっていた。

六月に風邪をひいて久寿弥の真っ直ぐな想いにしっかりと触れた結果、私は久寿弥に対して恋心を抱いてしまい、お詫びの品という体でその気持ちをこっそりと伝えていた。

ただ、本人はそれにはまったく気づいていないようで、いつものように私を惚れさせようとアピールもしてくるし、今みたいにさりげない優しさを見せてくるため、その度に私はドキドキさせられている。

正直、この気持ちに気づいてほしいけど、気づかれたらすごく喜ぶのがわかっていてその姿を見たら悔しくなるから気づいてほしくない。そんな少女漫画の登場人物みたいな気持ちのままでいる私の事を気持ちを知っている友香と智也がニヤニヤとしながら見守るという構図がいつの間にか出来ていた。

けれど、正直な事を言えば久寿弥を好きになった事は決して悪い事ではないようで、前よりも美容には気を遣うようになっていたし、これまではあまり考えてこなかった体型にも注意を払うようになっていて、恋は女を綺麗にするという言葉は本当なのかもと思っている。それに気づけたきっかけが久寿弥なのは悔しいけども。


「はあ……」

「真澄、どうした? もしかして疲れたか?」

「……違う。ちょっと悔しい事があっただけだから、気にしなくて良いよ」

「ふーん、そっか。あ……そうだ、お前達にちょっと頼みたい事があったんだった」

「頼みたい事?」

「なんだか珍しいね。久寿弥君から頼まれ事なんてGWのお出掛け以来じゃない?」

「たしかにな。それで、俺達に頼みたい事って何だ?」


 智也が不思議そうに聞くと、久寿弥は少し申し訳なさそうな顔をしながら口を開いた。


「実はちょっと次の週末にお前達に付き合って欲しい事があってな。俺一人でも良いけど、色々意見が欲しいし、お前達と一緒だったら楽しいはずだから一緒に来てほしいんだ」

「次の週末……うん、私は空いてるよ」

「私も問題無しだよ。土曜日は部活があるけど、日曜日は何もないから大丈夫」

「俺も週末は空いてるから付き合えるな。それで、週末に何をしたいんだ?」


 私達の返事を聞いて久寿弥は嬉しそうに笑った後、その頼み事について口にした。


「実は……マスク選びを手伝ってほしいんだ」

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