第20話 雨への恋

 風邪で倒れて、久寿弥の前で泣いてしまった翌朝、すっかり風邪も良くなった私は友香達三人と一緒に登校していた。結局、昨日は友香達が荷物を持ってきてくれて、久寿弥も含めた四人で帰っていて、友香達からも無理せずに休むべきだったと怒られてしまった。

そして久寿弥はと言えば、私が泣き出してしまった事から、いつもみたいなアピールはしてこずに少し困ったように私の事を見ているだけで私も久寿弥に対して何かを言うという事はしなかった。

だからか今朝もいつもみたいな調子ではなく、どこか距離を計りかねてるような感じで、そんな久寿弥の姿に私は違和感を持っていて、私も同じようにどう話しかけた物かと悩んでいた。


「……はあ、いつ渡そうかな……」


 私はいつもの通学用カバンに視線を向ける。中には小袋に入れたチョコが入っていて、それを渡すためのタイミングを見計らっているけれど、私も久寿弥に話しかけづらい状態なので、中々そのタイミングを見つけられずにいた。

このチョコは久寿弥に対してのお礼の意味をこめていて、後から久寿弥が私を抱えて保健室まで運んでくれたと知った事や保健室で私が目覚めるまで一緒にいてくれた事には流石に感謝しないといけないと思ったからに過ぎない。だけど、それを渡せなかったら何の意味もなくなってしまうのだ。


「どうしよう……どうしたら……」


 このままじゃダメだと思っても迷い続けていたその時、友香と智也は揃ってため息をつき、智也は久寿弥の肩をポンと叩いた。


「久寿弥、そろそろ」

「え……け、けどさ……」

「早くしないと良くないって。それか俺が代わるか?」

「う……わ、わかったよ……」


 何の事だろうと思っていると、久寿弥は少し迷った顔をしながら通学用カバンの中に手を入れ、その中から綺麗にラッピングされた小袋を取り出し、私に渡してきた。


「……ほら、真澄」

「え、これって?」

「……昨日、お前の事泣かせたろ? それで、その……お詫びというか、何というか……」

「久寿弥、真澄が泣いた事を結構気にしてて、だいぶキツめに言ったから泣かせたんだって言って、俺にお詫びの品選びを手伝わせたんだよ」

「なっ……智也!」

「良いだろ、これくらい。とりあえず開けてみろよ、真澄」

「う、うん……」


 智也に促されて赤と紫、そして青の三色のサルビアがプリントされた小袋を開けると、中には色とりどりのマカロンが入っていた。


「うわ……綺麗……」

「色々探してたらそれを見つけたんだ。因みに、マカロンとサルビアの小袋は久寿弥の気持ちを汲んだ俺のチョイスだ。マカロンは“特別な人”っていう意味がこめられていて、サルビアにはそれぞれ燃ゆる思いの赤色と尊敬の紫色、そして永遠にあなたの物の青色の花言葉があるから、それを併せてみたんだ」

「そういえば、智也ってそういう知識は多いもんね」

「そういう事。ほら、久寿弥」

「……真澄、昨日は泣かせてごめん。真澄に対してちゃんと思いを伝えようとしたら、結構語気も強くなって、結果的に怖がらせてお前の事を泣かせてしまった。そんなつもりはなかったけど、泣かせた事自体は間違いない。だから、本当にごめん」

「久寿弥……」


 私が泣いたのは久寿弥の怒る姿が怖かったわけじゃなく、あくまでも久寿弥の気持ちを知って申し訳ないと思ったからだった。けれど、久寿弥からはそう見えていたようで、いつもの調子とは違うショボンとした久寿弥の姿が少しおかしくなってしまった。


「……別に謝らなくて良いよ。悪かったのは何も言わずに頑張ろうとした私なんだから」

「真澄……」

「それに、別に久寿弥が怖くて泣いたんじゃないよ?」

「え?」

「久寿弥が本当に私の事を心配してくれてたのに、何も言わずに頑張ろうとした事で目に涙を浮かべるまで心配かけちゃったのが本当に申し訳なかったからなの。だから、私こそ本当にごめん。そのお詫びとして……はい、これ」


 そう言って私はピンクと赤の二色のアスチルベがプリントされた小袋を取り出して久寿弥に渡した。


「お詫びって……本当に良いのか?」

「うん。既製品で申し訳ないけど、中にはチョコレートを入れてるから、溶けない内に食べちゃってね。何をお詫びにあげたら良いかわからなかったから、チョコレートにしちゃったけど……」

「……いや、良いんだ。お詫びの品とはいえ、これが初めての真澄からのプレゼントだし、俺はすごく嬉しいぜ」

「……そっか。それじゃあ改めて……昨日は保健室まで運んでくれたりちゃんと怒ったりしてくれて本当にありがとう。そして心配かけちゃって本当にごめんなさい」

「……こちらこそ泣かせてごめんな。今回は違ったみたいだけど、これからは怒るにしても少し言い方とか考えながらにするよ」

「それは別に良いんだけど……まあ良いか」


 嬉しそうに笑う久寿弥を見ながら微笑んでいた時、友香と智也は少しニヤニヤしながら私に話しかけてきた。


「ねえ、真澄。あのアスチルベとチョコ、“そういう意味”として受け取っても良いのかな?」

「白のアスチルベは控えめとかがあるけど、赤とピンクはまた別の意味だし、チョコだって……」

「……あれはただのお詫びの品だから。ほら、早く学校に行こう」


 話を打ち切るようにしながら言った後、私は早速嬉しそうにチョコを食べる久寿弥を横目に私は何をやってるんだろうとため息をつく。

ピンクのアスチルベの花言葉は“自由”であり、これは別に伝えても良かったけど、そうしたら赤いアスチルベの花言葉の“恋の訪れ”だって教えないといけなくなり、チョコレートにこめられた“あなたと同じ気持ち”という意味だって説明する事になる。だから、教えなかったけれど、この胸の奥の静かな恋の鼓動だけはやはり隠しきれなかった。


「……ほんと、久寿弥って雨みたい」


 初めはあまり良い印象がなくても雨のように知る内にその良さを知って好きになる。雨の降る六月に私はこの厄介だけど時々カッコいいところを見せる久寿弥に恋をしてしまったようだった。

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