第17話 雨中のふたりぼっち
放課後、部活動を終えた私は昇降口に立ちながらため息をついた。目の前にはドアがあり、そのまま通って外に出て帰るだけではあるけど、お昼近くから降り続けていた雨が全然止まず、傘を忘れてきてしまった私は帰れずにいたのだ。
「はあ……どうしよ。今日に限って友香も智也もお家の用事で部活は休んで先に帰ってるし、折り畳み傘も持ってないし……少し弱まるまで図書室で待とうかな」
少し暗くなりながら呟いていた時、ふと久寿弥の顔が頭に浮かんだ。
久寿弥と友達になってからというもの私達は久寿弥からのお願いで予定が合えば一緒に登下校するようになっていた。そして、智也の家と久寿弥の家が近いところにあるらしく、智也と久寿弥が合流してから友香を拾って、その後に私の家まで来るという形を取っている事で久寿弥は私の家も知っているので久寿弥が傘を持ってきている事に賭けて探しにいくのも手だった。
だけど、久寿弥も今日は早めに帰らないといけないと言っていたからもう帰っているし、久寿弥の傘に入るとなると、久寿弥が喜びそうな相合傘のチャンスを与える事にもなってしまう。だから、久寿弥にも頼るなんて事は出来ないし、ちょっとしたくないのだ。
「……それに、わざわざ戻ってきてもらうのも悪いしね。さてと、それじゃあ図書室に──」
雨が降る外の景色を背にしながら図書室へ行こうとしたその時だった。
「あ、いたいた。おーい、真澄ー!」
「……え?」
私を呼ぶその声に私は驚きながら振り返った。すると、ドアの向こうには先に帰ってるはずの久寿弥が傘を差しながら立っていて、その顔は嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「く、久寿弥……!?」
「おう! お前の未来の旦那の久寿弥だ!」
「またそんな事を……じゃなくて! どうしてここにいるの? カバンだってまだ持ってるし……」
「そんなの決まってるだろ。この雨の中、傘を忘れたお前を濡れて帰らせるわけにいかないからだ」
「え……わざわざそのために……?」
「そうだ。因みに、傘を忘れた事に気づいたのは、雨に止んで欲しそうにしてたからで、学校に忘れ物をしたからって言ってきたし、帰るのが少し遅れても大丈夫だしな。という事で、さっさと帰ろうぜ? 何か用事があるなら少し待つしさ」
「久寿弥……」
久寿弥がいるという事実に私は驚いていたが、それよりも申し訳ないといった感情が強かった。私の部活動が終わったのはついさっきの事で、久寿弥達が帰ってから一時間半は経っている。それなのに、嘘をついてまで私のために戻ってきてくれたのは本当に申し訳なかったのだ。
「……ほんと、どうしてここまでしてくれるの? 私を濡らさないためって言ってるけど、それで久寿弥が何か得するわけじゃないでしょ?」
「いや、超得してるぜ? 真澄と一緒に帰れるだけでも得してるのに、雨の中で二人きりなんて中々無いからな。もちろん、友香と智也と帰るのも楽しいけど、お前と二人きりなんてチャンスは中々無いから、こうして会えたのは俺的に超ラッキーだ」
「……久寿弥って本当に変わってるね」
「お、変わってる俺に魅力を感じてくれたのか?」
「……変わってる久寿弥というかは、そうやって私の言動を何でもポジティブに捉えるところ。心から悔しいけどね」
「ふふん、これからも俺のすごさや隠れた魅力を知って悔しがってもらうぜ。ほら、早く行くぞ」
「うん」
返事をした後、私は上履きから外靴に履き替えて外に出る。そして久寿弥が少し空けてくれたところに入り、私達は相合傘で歩き始めた。
雨降りだからか外で活動している運動部の生徒達の姿はもうなく、雨によって周囲からの音が小さく聞こえていた事で、世界から私達以外の人達がいなくなってしまったんじゃないかってくらいにお互いの息遣いや足音くらいしかちゃんと聞こえる音はなかった。
「……やっぱり雨ってなんだか不思議だよね」
「不思議……まあ、たしかにな。こんなにたくさんの水が空から降ってくる事とかいつもならスッと耳に入ってくる周囲の音が聞こえづらくなる事とか不思議なら盛り沢山だ」
「うん……後はこうして一本の傘を二人で分け合うなんていう事も雨や雪ならではだし、本当に不思議な気分になる」
「けど、俺は嬉しいぜ? 雨が周囲の音を遮って、俺達の声や足音を大きく聞こえるようにしてくれてるから、真澄の声を特等席でいつもよりしっかりと聞けるんだからな」
「……そっか」
雨の中で二人きりになっているからかいつもなら軽く流したり気軽に否定したり出来る久寿弥の言葉が不思議とスーッと私の中に入ってくるのを感じた。
本当ならここまで素直に好意を伝えてくる久寿弥の存在はとても貴重だし、この雨の中でもわざわざ来てくれるという点も少し少女漫画の登場人物らしく思えて、キュンときて久寿弥を意識する子だっていてもおかしくない。
だけど、私はそうならない。こんな私はそういう展開を日々夢に見ている子達から恨まれたり憎まれたりしても仕方ないのかもしれないが、やっぱりまだ久寿弥の事を恋愛対象として見れないのだ。
「……ねえ」
「ん、なんだ?」
「久寿弥はいつも私の事を自分の女にするって言ってるけど、私がずっとその気にならなかったらどうするの?」
「そんなの決まってるだろ。それまでずっと好きな事は言い続けるし、真澄が俺を好きになるまで待ち続ける」
「それって辛くない? いつまで続くかわからないのに待ち続けるなんて」
「そんな事ないって。だって、それまで真澄が俺を好きになっていく過程をずっと見ていられるし、そこまでの奴を惚れさせられたらすごく達成感があるだろ? それにさ」
久寿弥は一度言葉を切ると、太陽のような笑みを浮かべてから口を開いた。
「止まない雨はないらしいから、お前が俺を好きにならないなんて事もない。俺はそう思ってるんだ」
「……それとこれとは話が別でしょ」
「ははっ、かもな」
そう笑いながら言う久寿弥の左肩は私を入れて端に少し寄った事で雨に濡れていて、車道側にもいる事で私よりも車に轢かれる可能性が高いのにも関わらず、久寿弥はそんないつも通りの言葉を吐いてくる。そんなめげずに頑張る久寿弥の姿はどこか眩しく見えていた。
「……ほんと、変な奴」
久寿弥に聞こえない程度の声で呟き、少しだけ頬に熱を感じながら私は再びお互いの声くらいしか聞こえない溺れる事のない水中を久寿弥と並んで歩き続けた。
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