第16話 雨の日の発見
「……雨、止まないなぁ」
六月のある日、私は教室の窓を見ながらポツリと呟く。窓の向こうでは雨が少し強めに降っており、グラウンドも雨で濡れているのが見えて私はため息をついた。
こうは言っているが、私は別に雨が嫌いというわけじゃない。雨が降ると出かける予定が無くなったり湿気であまりいい気分では無くなるけど、雨の日の静かな雰囲気や雨が上がった後に架かる虹を見るのはとても好きだから。だけど、今日は傘を忘れてしまったので止んでくれないと困るのだ。
「帰るまでに止まないかな……」
窓の向こうで降り続ける雨を見ながらため息混じりに言っていたその時、私の肩を誰かがポンと叩いた。その叩いた感じから何となくその相手に察しはつき、私がため息をついてから顔を向けると、そこにはニッと笑う久寿弥がいて、予想通りの相手に私はまたため息をつく。
「やっぱり久寿弥だった……」
「ああ、やっぱり俺だ。なんだよ、ため息なんてついて。ため息をつくと幸せが逃げてくって何かで読んだぞ?」
「それじゃあそれは当たってるね。まさにこの瞬間、私の幸せは逃げてったから」
「お、それなら捕まえてくるか?」
「捕まえなくて良い。というか、幸せなんて目には見えないんだから、捕まえるのは無理でしょ?」
「うーん……それじゃあ俺がお前と話してる分の幸せを分けてやろうか? こうして話してるだけでも俺は楽しくて幸せだからな」
「謹んで遠慮します」
久寿弥の言葉に私はまたため息をつく。久寿弥とこうして出会ってこれで二ヶ月になるけど、相変わらず久寿弥は私を自分の女にすると言って憚らず、クラス内だけじゃなく他のクラスでもその話は伝わっているようだった。
この前の『HIDE&SHADE』の二人と出会った一件もあって、久寿弥に対する印象は遠慮無く人の胸を触る非常識男からいざという時にはしっかりと決める非常識男へと変わっていた。
結局のところ、非常識男という印象は変わらないけど、その様々な人に関わっていこうとする積極的な姿勢やこれまで知らなかった事を吸収していこうとする貪欲なまでの好奇心は評価していて、悔しいけれどかっこいいと思えるタイミングまで出てきてしまっていた。
その上、久寿弥が牽制しているのかネイキッドで久寿弥との子供を欲しているはずの毒島先生からのアクションなどもなく、私や友香達はいたって平和な学校生活を送れていて、その点も一応感謝はしていた。
「はあ……なんだか悔しい」
「お、もしかして俺の事考えてたか?」
「考えてたけど、どうしてわかったの?」
「そういう顔してたからな。真澄、俺の事を考えてる時ってなんか難しい顔してたり険しい顔をしてたりするからすぐにわかるんだ」
「……そういうところまで見てるんだ。でも、それって辛くないの?」
「辛い? なんでだ?」
「だって、自分の女にするって公言してる相手が自分の事を考えてる時に嬉しそうでも楽しそうでも無いんだよ? それなら辛くなったりするんじゃない?」
いつも素っ気ない態度や冷たい言葉を言っている私が何を言ってるんだとは思うけど、それがどうにも気になって私は久寿弥に聞いた。
けれど、久寿弥は一瞬驚いた後にニコニコと笑いながら首を横に振った。
「いや、別に辛くはないぜ? むしろ嬉しいからな」
「嬉しい?」
「ああ。たしかに本当はもっと笑っててほしいし、俺の事を考えてる時も楽しい事を考えてもらいたいさ。だけど、どんな顔をしてたって俺について考えてくれるのは嬉しいし、それって少なくとも俺に興味を持ってくれてる事になるわけだろ?」
「興味……まあ、そうなのかもしれないけど……」
「だったら良いんだ。今はそういう顔をさせたり好感度も高くなかったりするけど、すごい下にいるなら後は上がっていけば良いからな。それに、最低から最高まで段階を踏んで上がっていくのってなんだか燃える展開だしな」
「……そこまでポジティブに考えられるのってなんだか羨ましいかも」
こういう事を言うから久寿弥に対して悔しいと思ってしまうのだ。あまり良い反応を返さない私に対していつもポジティブに考えて接してくる上にそういう姿がちゃんとかっこよく見えてしまい、私はそう思ってしまう自分が腹立たしくてとても悔しいのだ。
普段は育ちの影響で世間知らずであまり恥ずかしげもなく私に対しての好意を口にするところが目立つけど、何だかんだで顔はよくて体格もしっかりとしている上にあまり相手に対して偏見を持たずに接する事が出来ている。
だから、クラス内でも人気者になっているし、最近は他のクラスにも友達を作れている。だけど、私や友香達の事を結構優先してくれるから、それが何となく嬉しく思ってしまっていて、それと同時に悔しく思っているのだ。
「はあ……」
「お、また俺の事考えてたか?」
「……残念だけどそう。まったく……どうしてそこまで私を好きなんて言えるんだろ」
「そんなの決まってるだろ。屋上で食らったあのビンタが俺の心に響いたし、真澄は女としてすごく魅力的だと思ってるからだ」
「またそんな事を恥ずかしげもなく……」
私達の会話が聞こえていたようでクラスメート達は私達を見ながら微笑ましそうにしていたりニヤついていたりしており、友香と智也も苦笑いを浮かべていた。
この二ヶ月でいつの間にか日常化してしまっていたこの久寿弥との会話や教室内の空気だけど、不思議と私は嫌な気分ではなく、その事がまた悔しく感じていた。
「……久寿弥って雨みたい」
「ん、雨?」
「なんでもない」
「えー? なんだよ、教えてくれよー!」
「なんでもないったらなんでもないの」
雨のように少し嫌な点があっても良い点もある。雨降りの日に私は久寿弥に対してそんな発見をしてしまったようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます