第11話 浸透した共通認識

 色々なところを巡ると決めて歩き始めてから数分後、辺りをキョロキョロと見回していた梨野が智也に話しかけた。


「なあ、智也」

「ん、どうした?」

「さっき、マスクには色々な物があるっていう話をしてただろ? それで、周囲を見てたら本当に思ったよりもマスクに種類があるなと思ったんだよ」

「たしかにな。初めこそ少なかったけど、段々増えていったって父さん達も言ってたし、また各季節のトレンドとして増えていってるから、今は何種類あるか明確なところはわからないな」

「この前もこの春のトレンドだってニュースで何種類か紹介してたしね」

「けど、そんなに増えて得なんてあるのか? マスク否定をする気はないけど、種類なんて多くても意味があるように見えないぜ?」


 梨野が不思議そうに言う。正直、私も同感ではある。だけど、今も増えているのはそれだけの理由があるのだ。


「さっきの話にも出てきたけど、今はマスクにもたくさんの種類の色や機能があって、マスク自体の柄や形、耳に掛けるヒモや裏地にも色々な工夫がされてるの」

「色も一口に赤と言っても濃淡や彩度、赤と何かの色のツートンなんかもあるし、色毎に柄もそれぞれあるから、マスク専門店や自分のファッションに似合うマスクを見立ててくれる人もいるんだよ」

「機能も現代だと一般的になった耐水性や強い防塵効果、断熱や風通しに特化した物もあって、裏地が抗菌仕様になってたりさっき言ったスピーカー内蔵型の奴だってあるからな」

「後は……芸能人が自分達のグッズとしてマスクをデザインしてる時もあるよね。ご当地マスクなんてのや人気の配信者の人もオリジナルグッズとしてマスコットキャラや自分の名前をマスクにデザインする場合もあるし、そういうパターンもだいぶ見かけるかな」

「なるほどな……それなら種類が多くなるのも納得だ」

「この前も蓄光機能があるマスクの新作が出たみたいだからそれ目当てで買う人も増えるし、だいぶ俺達の生活ってマスクに助けられてる形になってるよな」

「だね。さっき電光掲示板に映ってたハイシェイもライブの物販でそれぞれがデザインしたマスクを売ってるって聞くし、そういうビジネス面にもマスクってだいぶ進出してるかも」


 私達の話を聞いて、梨野は納得顔で頷く。ここまで生活の一部となっているからこそマスクがないとってなる人も結構いるのは事実だ。

でも、その中には仕事で必要だからとかただ風邪とかの予防をしたいからみたいな“本当に”必要な人とは違う人だっている。いつの間にか浸透してしまっているマスクをつけないのはあり得ないという共通認識に支配されている人が。


「もしかしたら、ネイキッドの中には本当は必要な人だったけど、こういう世間の姿が嫌になって参加してる人もいるのかもしれないよね。梨野はそういう話って聞かないの?」

「聞かないな。そもそもネイキッドの上役達に気軽に会えるのは、同程度の階級にいる奴かそいつの家族、後は下っぱの中でもまとめ役にいる奴か“奉仕”を命じられた奴くらいだしな。その中でそういう経緯があって入ったっていう奴には出会った事は無いぞ」

「奉仕っていうのは梨野が小さい頃から受けてるあの?」

「ああ、それだ。下っぱはまだネイキッドとして未熟だから、男の幹部やその息子達の優秀な遺伝子を後世に残すための母体としてその身を差し出すとか女の幹部やその娘達の優秀な肉体に自分のネイキッドとして劣ってる遺伝子を流しこませてもらっているみたいな考え方をしていて、下っぱみたいな劣等な人間が幹部やその子供達みたいな優秀な人間のためにお世話をさせてもらっているんだっていう考えからそう呼ばれてる。正直、俺はわけがわからないんだけどな」

「うん、それは同感……」

「そうだね。下っぱの人達だって別に何かが劣ってるわけじゃないのに、そう思わされるだけなんだもんね。そんなの横暴だよ」

「だけど、ネイキッドの中でそれをおかしいと思ってるのは俺以外にはたぶんいない。それがネイキッドのやり方で、あいつらの求める本来の人類の姿って奴なんだろうな」


 梨野の表情は暗く、これまでネイキッドとしてやり方には従ってきたし、その思想に少し染まりつつあったけど、心の中では思うところがあったのだというのがハッキリと見て取れた。

それと同時にネイキッドという団体の恐ろしさや集団的な考えがどれ程までに人間に影響を与えて、人生も考えも狂わせてしまうかを思い知っていた。


「けど、俺はやっぱりそのままでいたくはない。ネイキッドから抜けるのは難しいだろうし、もしかしたら完全にネイキッドとして暮らすために色々な事をされるかもしれない。

だから、俺は今の内にお前達やクラスの奴らとの思い出をいっぱい作る。もし本当にそうなって完全にネイキッドに染まってもその思い出は絶対に消えないだろうし、俺が俺でいるための支えになってくれるだろうからな」

「……そうだね。でも、私としては梨野にはそうなって欲しくないよ」

「真澄……」

「私もそう思うよ、梨野君。まだ友達になって一ヶ月くらいだけど、そんな梨野君は見たくないって心から思うもん」

「だな。俺達との思い出が支えになってくれるのは嬉しいけど、もっと俺は、俺達はお前との思い出を作りたい。こうして出会えたのにそんな悲しい別れなんてごめんだからな」

「お前達……ほんと、お前達って俺の事大好きだよな」

「大好きとまでは言わないけど、少なくとも一緒に出掛けるのが嫌ではないからね。それなら悪い方へ行って欲しくないって考えるのはおかしくないよ」


 私達の言葉に梨野は嬉しそうに微笑む。


「……ありがとうな。やっぱりお前達は面白いし、すごく良い奴らだ」

「お褒め頂きどうも」

「そんな俺の事が大好きなお前達のためにも、俺は絶対に──」

「は、離してください……!」

「良いじゃん、俺達と一緒に遊ぼうぜ?」


 梨野の言葉を遮るように聞こえてきた言葉に私達は疑問を感じながら声が聞こえてきた方を見た。すると、そこではメガネをかけた地味目な服装の女の子を二人のチャラそうな男達がニヤつきながら腕を掴んでいる光景が広がっていた。

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