第10話 越えたい垣根

 校門から出発して十数分後、私達は街の中に着いた。GW中だからか歩いている人の数も多く、私達のような友達同士や恋人同士、家族連れなど様々な人がいて、その光景を梨野は珍しそうに見ていた。


「へえ……これがGW中の街の様子なんだな」

「そうだけど……やっぱり、こうやって他の人達がいるところに来る事もなかったの?」

「ないな。そもそもこんなにマスクをつけてる奴がいっぱいいるのも学校くらいしか見てないし、改めて見てみてこんなにもマスクって種類があったんだなって思った」

「俺達がつけてる食事用のジッパーがついてたり耐水性があるようなのは結構一般的で、他にも小声の人が会話しやすいように中に小型スピーカーがついてるのや外部から入ってくる有害なガスや微粒な物を完全にシャットアウトする物まで種類は幅広いしな」

「後は柄や色もいっぱいだよね。だから、ファッション誌やニュースでも今のトレンドのマスクを紹介するコーナーもあるし、こういう面だけ見たらマスクって悪い物とは思えないんだけど……」

「やっぱり感じ方が変わったのが一番の原因なんだろうね。あまりにもファッションや生活の一つとして当たり前になりすぎて、外や人前に出る時につけていない方がおかしいっていうのが世間一般の考えになってるし」

「だな……ネイキッドもそこがおかしいっていつも言ってるよ。本来ならあってもなくても良いはずのマスクがそういう扱いをされてるのに世間が何もおかしくないって感じで過ごしてるから、マスクは人間の生活や意識を侵食する悪魔の道具だって騒いで今みたいな活動をしてるからな」


 そう言う梨野の顔はどこか哀しそうな物だった。こうしてマスクをつけてくれたりネイキッドでもない私達としっかり関わったりしてくれるのは梨野自身がそういう垣根を越えてふれ合いたいと考えているからで、マスク自体も悪いと思っていないからこそこの状況を哀しく思っているんだろう。

でも、それは私達も同じだ。私の疑問から始まって、友香の思い付きで私達は繋がりを持ち、こうして一緒に出かけるなんて事もしている。

それは世間一般の考え方でもネイキッドの考えでもない昔ながらの考え方をしている同士だからというのもあるのかもしれない。だけど、それがもっと色々な人達に広がって、世間がネイキッドを忌避したりネイキッドが世間の人達に危害を加えたりするような事態が起きないようになってほしいと心から願う。

そんな事を考えていた時、梨野は両手で軽く自分の頬を叩くと、突然の行動で驚く私達を前にニッと笑った。


「よし……こんな湿っぽい空気はここまでにしようぜ。せっかくの四人での外出なのに、いつまでも暗くなってたら意味がねぇからな」

「それはそうだけど……今の痛くないの?」

「真澄のビンタのが痛かったさ。想いのこもった愛のビンタのがな」

「こもってたのは力と怒りなんだけど……まあそれは良いか。この空気をどうにかしようとくれたわけだし」

「流石は俺、だろ?」

「はいはい、そうですねー。とりあえず梨野がネイキッドだって事が知られたら良くないし、それについては話さないように気を付けよう。中にはネイキッドに対して良い印象のない人だっているわけだからさ」


 私の言葉に友香と智也が頷いていた時、近くから軽快な音楽が聞こえだし、何事かと思って見てみると、音楽が流れていたのはビルに取り付けられた電光掲示板で、そこにはマスクをつけて歌う綺麗な衣装の二人組の女の子が映し出されていた。


「ああ、何かなと思ったら『HIDEハイド&SHADEシェイド』か」

「なんだそれ? あの二人組の名前か?」

「あ、梨野君ってハイシェイ知らなかったんだね。『HIDE&SHADE』っていうのは、スピーカー内蔵型じゃないマスクでも綺麗で澄んだ声で観客を虜にする長い銀色の髪が神秘的な『HIDE』と華麗な身のこなしを活かしたダンスで魅了する短い黒髪が爽やかな『SHADE』の二人でやってるアイドルなんだよ」

「へー……」

「音楽番組だけじゃなく、バラエティでも顔を良く見るし、カラオケでもリクエストされてるランキングは上位をキープし続けてるようだから、知っておくとクラスの奴らとの会話で盛り上がれるだろうな。もっとも、梨野はもう色々な奴と話が盛り上がってるけどさ」

「まあな。けど、アイドルか……あまり見た事もなかったし、少しずつ知っていった方が良いかもな。そしてクラスの奴らを誘ってカラオケで披露する。結構良いアイデアだと思わないか?」

「良いとは思うけど、梨野って歌は上手いの?」


 私の問いかけに梨野は胸を張りながら答える。


「一応、褒められる程の歌声だぜ? 独特で聞いてると痺れるようだって言われてるしな」

「独特で痺れる……」

「それ、本当に褒められてるのかな?」

「それはわからないけど……それなら、今日はカラオケにも行くか? その歌声がどんなのか気になるしさ」

「お、良いな! 俺の愛の歌、真澄の心に響かせてやるよ」

「響く程の物なら良いけどね。それで何時ごろに行くの?」


 私の問いかけに智也は顎に手を当てる。


「そうだな……昼飯の後はどうだ? 午前は色々なところを回って、昼食べてカラオケで夕方まで歌う。それで良いんじゃないか?」

「うん、賛成」

「私もそれで良いかな」

「俺も大丈夫だ」

「よし……それじゃあ早速色々なところ巡って、何か良いのが無いか探してみるか」


 その言葉に三人で頷いた後、まだ聞こえてくる『HIDE&SHADE』の歌声を背に私達は街の中をブラブラし始めた。

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