第9話 休日の始まり

 五月に入ったある日、私は友香と智也と一緒に学校の校門の前に立っていた。その理由は至って簡単だ。GW真っ只中の今日、梨野を連れて街中を歩く事になっているからだ。


「はあ……なんか不安。ねえ、本当にアイツを連れて平気かな?」

「大丈夫だよ。梨野君はネイキッドでもマスクを付ける事に抵抗はなくて、手当たり次第にマスクを取ろうとするような事はしないだろうしさ」

「それに、今日の予定は梨野の希望だ。それなのに、自分からトラブルを起こそうなんてしないだろ」

「だと良いんだけど……」


 友香と智也は大丈夫だと考えているようだけど、私は不安しかなかった。智也の言う通り、今日のお出掛けは梨野の希望で、それはGWに入る数日前の昼休みに突然言い出した事だった。

四月の半ば頃に私の挑発に自ら乗って教室に来るようになった梨野は初めこそネイキッドだという事でみんなから少し距離を置かれていたけど、梨野自身がまったく敵意のない姿を見せ、私達が普通に接しているところを見て、みんなも少しずつ梨野に話しかけたり近づいたりするようになっていった。

その結果、梨野自身のコミュ力が結構高い上に余程の事じゃなかったら他人の趣味も否定しない奴だった事が梨野の人気を高め、梨野は一躍クラスの人気者になった。

相変わらず私達と一緒にいる事が多いけれど、今ではクラスの男子達とばか騒ぎをしたり少しオタク気質なクラスメートにもその話題について混ぜてくれるように言いに行ったり女子からも変わってるけど良い奴だという認識をされていて、梨野が受け入れられた事を私達も嬉しく感じていた。

そんな経緯もあって、梨野はクラスに受け入れられた一因となっている私達に感謝をしているようで、今日のお出掛けも梨野が言うには私達への恩返しのような物なのだという。


「梨野って意外と律儀だよね。私達がみんなに仲良くしてやってくれなんて言ってないのに、こんな風に恩返しとして一緒に出掛けようとするわけだし」

「だね。だから、根本的なところはやっぱり悪い人じゃないだと思う。ネイキッドの生活にまだ少し染まっているだけで、私達と同じ中間的な考え方はしてるわけだし」

「そうかもしれないけど、私の事を狙い続けるのだけはやめて欲しいかな。クラスでも私の事をいずれは自分の女にしてみせるなんて言うから、みんなからも彼女だなんだって言われるようになってるし……」

「たしかに真澄からしたらあまり良い気はしないだろうな。だけど、毒島先生から何かしらのアクションを起こされる事もネイキッドらしい奴が近づいてくる事も今のところ無いわけだし、これは梨野が裏で何かやってくれてるからかもしれないぞ?」

「まあ、そうだとしたらたしかに感謝しないといけないか……」


 智也が言うようにここまで毒島先生や他のネイキッドが私に危害を加えてくるような事は起きていない。特に毒島先生からしたら、梨野は自分が所属する団体の幹部の子供であり、自分が子供を授かるために何度も性交渉を持っている相手だからそんな梨野が好意を抱いていて自分が愛を求める機会を奪った私の事を恨んでいてもおかしくはない。

実際、お昼休みにこっそり屋上まで来ていたりすれ違った際に敵意のこもった視線を向けたりしてきていたから、私は毒島先生から何かしらの危害を加えられるのではないかと考えていた。

けれど、そういう事が起きていないのは、たしかに梨野が裏で何かしてくれていて、私や友香達だけじゃなく、クラスのみんなや先生も守ってくれているからなんじゃないかと思い始めていた。

そんな事を考えながら少しは梨野に対して扱いも考えて良いのかなと思っていたその時、ファッション誌に載っていそうな服装に身を包んだ梨野が現れ、しっかりとマスクをつけていた事に私はホッとしていた。


「梨野、ようやく来たんだね」

「よう、待たせたな。こうやってダチと出かける機会も中々無いから、何着てくか迷ってたんだ」

「中々無いって、やっぱりネイキッドだから他の奴と関わる事が少なかったとかか?」

「そんなとこだな。小中も基本的にネイキッドの奴が保健室にいる学校で保健室登校してたし、学校の行事も全部やってこなかったから、ネイキッド以外のダチなんてお前達が初めてなんだ」

「梨野……」

「今日だって両親からあまり良い顔されなかったけど、後で何人かまとめて相手する事にしたら良いって言われたし、今日は存分に楽しもうぜ」


 そう言う梨野の顔は本当に楽しそうであり、この四人での外出が心から楽しみだったんだとハッキリわかるものだった。


「……仕方ない。約束はしてたし、そんなに嬉しそうにしてるなら、私達だって梨野を嫌な気分にして帰らせるわけにはいかないから、色々な事をしたり食べたりして良い一日にしよう」

「うんうん、私も今日は楽しみにしてたし、いっぱい楽しい事をして、良い一日だったって帰る時に言えるようにしたいな」

「そうだな。因みに、どこに行きたいとかって決めてるのか?」

「いや、決めてない。決めてても良かったけど、前もって決めずにお前達と話しながら街の中をぶらぶらした方が楽しいしな」

「なるほどね。その考えはなんだかんだで嫌いじゃないかな」

「お、それじゃあ俺に……」

「惚れない。ほら、そんな事言ってないで早く行こう。ここで話してても時間が過ぎるだけだから」


 梨野の最早お決まりになった言葉を遮るように言うと、三人は笑みを浮かべながら頷き、私達ののんびりとした一日がこうして始まった。

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