第8話 新たな絆

「マスクがありか無しか……」

「うん。私、昨日の朝に起き出してきてお父さん達と話をしている時に疑問に思ったんだ。今はマスクもファッションアイテムの一つとして定着もして、色々な工夫もされてきた事でつけながら食事も出来たり水に濡れたりしても平気になったりしてる。

でも、そういう一面がある中でつけるのがもう当たり前になっていて、つけてない素顔を見られるのは裸や下着を見られるのと同じくらい恥ずかしい事だっていう意識まで広まってる。昔はただの風邪とかの予防や飛沫防止のアイテムや衛生面を考えて使うためのアイテムだったはずなのに」

「……そうだな。ネイキッドもそういうところがおかしいって考えがあって今みたいな活動をしてる。一つの道具に収まらず、人間の意識すら変えてしまった悪魔の道具みたいな考えの元にな」

「だから、聞かせてほしいんだ。ネイキッドではあるけど、ネイキッドの考えはおかしいって思ってる梨野はどう考えるか」


 私の言葉を聞いて梨野は真剣な顔で考え始める。数分後、梨野は一つの結論を出した様子で静かに口を開いた。


「……正直、どっちでも良いな」

「どっちでも良い?」

「ああ、別に考えるのがダルいとかどうでも良いっていう意味じゃないぞ。つけたい奴はつければ良いし、つけたくない奴はつけなければ良い。ただ、それだけだと思う」

「梨野は個人の自由で良いって事か?」

「ああ。つけないと恥ずかしいっていう世間の考えもおかしいし、つけない方が正しいんだっていうネイキッドの思想もおかしい。たしかに昔はつけずに生活してる時の方が一般的だったろうけど、必要があったからつけていた物なのに、全面的な廃止っていうのはあまりにも極端過ぎるからな」

「そうだよね。そうなっちゃうと、今度は私達の生活面や衛生面に影響が出てきゃうし……」

「そうだな。だから、俺は本当の意味で以前と同じ感じになれば良いと思う。全面的な廃止でもなく集団的な心理でつけてないと恥ずかしいからっていうわけでもない自由な感じで良いんだよ」


 そう言う梨野は真っ直ぐな目をしていて、その言葉が私達への印象操作みたいなものじゃなく本心からそう思っているのだとわかった。

ネイキッドではあっても、中立的な考えを持つ事が出来ている梨野。こういう人がみんなを引っ張っていけば、世の中はまたこれまで通りに戻るのかもしれない。

だけど、世間に対してそれを訴えていくのは本当に難しいし、その場合は世間とネイキッドの両方を相手にする事になるし、私達のようにまだ力も経験もない子供では無理な話だ。


「梨野の考えはわかったけど、それを実現させるのって本当に難しいよね」

「そうだな。世間に広まった常識や意識も変えて、ネイキッドも納得させないといけない。これまで何年も経った事で出来上がった物をすぐにどうにかなんてのは無理な話だ」

「良い考えではあるんだけどね……はあ、やっぱり世の中は難しい事だらけだ」

「それはそうだが……お前達も俺の考えを否定しないんだな。真澄のダチとはいえ、否定はされると思ってたんだが……」

「私達だって真澄の疑問を聞いてたしかにどうなんだろうって考えていた側だからね」

「それに、俺達は既に素顔を見せ合ってる仲だ。今はこの三人でしか見せ合えてないけど、同じように世間の人達が素顔でも笑い合えるような世界になったら良いなとは思うよ」

「ふーん……」


 友香と智也の話を聞いた梨野は納得顔で頷いていたけど、突然ニッと笑うと、二人に話しかけた。


「決めた。真澄は俺の女にするけど、お前達は俺のダチにする」

「ダチにするって……」

「要するに、俺達と友達になりたいって事か?」

「そういう事だな。今の話を聞いて、お前達も真澄と同じで面白い奴らだってわかった。だったら、一緒にいたら面白い毎日になると思ったんだ」

「なるほど……」

「もちろん、俺がネイキッドだからちょっとって言うならそれでも良い。そこは別に強制する気もないからな」

「それじゃあ私にも梨野から好かれる事への拒否権が欲しいんだけど?」

「それはお断りだ。お前は俺の女にし、絶対に俺に惚れさせる。それは決めた事だからな」


 梨野の言葉に私がため息をついていると、友香と智也は顔を見合わせて笑い合ってから梨野に視線を戻した。


「ちょっと変わった人みたいだけど、そういうところもご愛嬌って思えば良いのかな?」

「かもな。良いぜ、梨野。今日から俺達は友達だ」

「よろしくね、梨野君」

「ああ、よろしくな。そういえば、まだ名前って聞いてなかったな。お前達、なんて名前なんだ?」

「正親友香、正親でも友香でもどっちでも大丈夫だよ」

「俺は小佐田智也、俺も小佐田でも智也でもどっちでも大丈夫だ」

「友香と智也だな。そういや、二人って付き合ってるのか?」


 梨野の突然の質問に私がため息をつく中、友香と智也は揃って苦笑いを浮かべる。


「ううん、付き合ってないよ。私達は今のところ幼馴染みで親友」

「これまでその関係を真澄とも続けてきたんだ」

「ふーん……結構深い仲なのに、俺を真澄に近づけても平気なんだな。自分で言うのもあれだけど、俺は一応ネイキッドなんだぜ?」

「梨野君が過激派とかネイキッドらしい思想を持ってる人なら遠ざけたよ。だけど、真澄が少しでも話そうと思えた人だし、私達も傍にいるからそうしてる感じかな」

「真澄は本当にコイツは危ないって思ったらそもそも近づこうと思わないし、俺達との会話があったとしても少しでも近づこうとしたならまだ良い方だ。俺達は真澄の危機管理能力を信用してるから、梨野ともこうして一緒に昼も食べていて友達になっても大丈夫だって思ったんだ」


 二人からの言葉に嬉しさで胸の奥があたたかくなってきていると、梨野も穏やかな笑みを浮かべてクスリと笑った。


「お前達、本当に良い関係なんだな。やっぱり真澄の言葉にのって正解だった」

「それはどうも。でも、二人に何かあったら承知しないからね」

「わかってる。こんな面白い奴らなら俺だって大切にするさ。三人とも、改めてよろしくな」


 ニッと笑いながら言った梨野の言葉に二人が頷く中、私はこれからの事を考えて小さくため息をついた。だけど、不思議と悪い気はしておらず、新しい友達を加えた昼食会はいつもより少しだけ賑やかになった。

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