第7話 久寿弥の想い

 昼休み、私達は屋上の入り口の横の陰でお昼を食べていた。別に教室でも良かったけど、私の隣を陣取っている奴のせいで、一度屋上へ避難しないといけなかったのだ。


「はあ……」

「なんだ、ため息なんかついて。ため息をつくと、幸せが逃げてくって言うぜ?」

「その原因がアンタなんだけど……?」


 怒りと憎しみを込めてソイツ──梨野に視線を向けるも梨野はどこ吹く風といった感じだ。特に驚くでもなくコンビニで買ったと思われる惣菜パンを口にしている。


「……まあ、たしかに来れるものならとは言ったけど、まさか本当に来るなんて思わなかった。それもマスクもつけて髪型も少し落ち着かせてるし……」

「私達も驚いたけど、先生が一番驚いてたよね。保健室登校してるはずなのに、急に教室にいて、授業まで教室で受けてるんだもん」

「もっとも、時間の半分くらいは寝てたけどな。それで、どうして来る事にしたんだ? やっぱり真澄に挑戦的な事を言われたからか?」


 智也が聞くと、梨野は咀嚼していた焼きそばパンをゴクリと飲み込んでから答える。


「挑戦的な事を言われたからというよりは、真澄に興味を持ったからだ。一人の女としてな」

「一人の女として……?」

「昨日のビンタ、不意を突かれたとはいえ結構効いたし、真澄の事は中々面白い奴だと感じたからな。一応ネイキッドである俺にも怯まずに話をして、ビンタまでかましてくる奴なんてこれまでにいなかった。

だから、真澄の事をもっと知りたくなったんだ。教室まで来れば教えてくれるとも言っていたからな」

「それは言ったけど……」

「うーん……それってつまり、真澄の事を異性として気に入って、好きになったからもっと知るために教室に来たって事?」

「まあ、ネイキッドの女よりは断然良い女だと思う。アイツらは俺に心を開いてるわけじゃなく、俺との間の子供のために股を開いてくるからな。ネイキッドの慣習だとしても、そんな女よりは立ち向かってきて色々言ってくる女の方が良いに決まってる」


 そう言う梨野の顔は真剣だった。梨野の状況は一般的な思春期の男子の中には夢のような状況だと思う人もいるだろうし、そんな梨野を羨ましいと思うのかもしれない。

だけど、梨野自身は違う。小さい頃から自分に近づいてくるのが全員自分を幹部の子供として見ている人で、幹部である両親への良いように言ってもらいたい人やネイキッドの考えに染まりきって梨野に体を捧げて子供を作れる事を至上の喜びだと考えている人達ばかりだ。それならたしかに私のような人は新鮮で、もっと知ってみたいと思うのかもしれない。

そんな事を考えていた時、ふと誰かの視線を感じて屋上の入り口の方へ視線を向けた。そこには誰もいなかったけど、一瞬感じた視線は私への敵意に満ちていたと思う。


「今のって……」

「真澄、どうかした?」

「……今、誰かに見られてた感じがしたんだけど、誰もいなくて……」

「ああ、毒島だろ。アイツ、携帯に鬼のようにメッセージ送ってきてたし、教室登校の件やこうして屋上で食ってる件で俺を盗られたとでも思ってんだよ」

「盗られたって……私は盗った覚えなんてないのに……」

「ネイキッドとして梨野君に身を捧げるのが一番だと考えてるなら、その機会を奪われたのが恨めしいんだろうね。私も正直その気持ちはわからないし、だいぶ毒島先生への見方が変わったけど……」

「俺もだな。そういえば、どうして昨日はここで毒島先生とそういう事をしてたんだ? こう言ったらなんだけど、別に保健室でも良かったんじゃ……」


 何とも言えない顔をする智也に梨野は少し不機嫌そうな顔をして答える。


「保健室はアイツのホームだし、色々小細工を仕掛けてくるんだよ。それに、アイツは結構変態で、屋上を指定したのもアイツなんだよ。自分が幹部の子供から子供を授かろうとしてる姿を何も知らずに来た誰かに見られたら興奮するって言ってな」

「うわ……」

「それ聞いて俺は本気で引いた。だけど、相手しないとアイツが睡眠薬盛ってでもヤってこようとするし、両親からも何で相手しなかったんだって後で言われるから仕方なく昨日も相手してたんだ。まったく……あんな狂った女の相手なんて本当にゴメンだぜ」

「それじゃあ私はあのまま息を潜めてて正解だったんだ。そうじゃなかったら毒島先生の思惑通りになってたし、結構なトラウマを植え付けられてたかも……」

「たしかにな……その話を聞いた奴の中には、ここに来た時にその話を思い出して興奮する奴もいるかもだけど俺は無いな。正直、それは本当に引く」

「……お前達の考えがまともで助かる。はあ……アイツ、早く転勤か何かでいなくならねぇかなぁ」


 梨野はとてもげんなりとしていて、毒島先生との関係や保健室登校を強いられている事が梨野のストレスになっているのは明らかだった。

こういう部分だけ見れば、梨野も他の男子達と変わらない一般的な人に見える。だけど、昨日の放課後に私の胸を平気で触ってきたように異性に対しての扱いは変わっていると言わざるを得ない。ネイキッドとして生活をしてきた分、それを自分の常識にされてきたのもあるけど、それは梨野自身が考え方を変えれば済む話だからだ。ネイキッドだろうと、異性に対しての扱いは考えてもらわないと困る。


「それにしても……私、これからどうしようかな。梨野は私から離れる気ってたぶん無いでしょ?」

「今のところはないな。ネイキッドの女より面白い奴なのは変わらないし、ここまで話してお前を俺の物にするのも楽しそうだと思い始めたからな」

「俺の物って……それ、少し遠回しな告白なんじゃ……」

「そう取ってもらって構わないぜ。だから、俺の事を早く好きになっとけよ、真澄」

「……私に好きになってもらいたかったら、少しはその性格を直してもらいたいんだけどね。それに、私は話の対価として体を要求してくる人はお断りなので」

「……やっぱり面白いな、お前。ますます手に入れたくなってきたぜ」

「アンタみたいな変人に好かれるのは結構迷惑なんだけどね……」


 別にこういう恋愛がしたいみたいな希望があるわけじゃない。でも、梨野みたいな奴に好かれるのもあまり好ましくないし、さっきのが本当に毒島先生だとしたら、私は毒島先生からこれから付け狙われる事になる。そうなると、おちおち保健室にもいけやしないのだ。


「ほんと、これからの毒島先生との事を考えると憂鬱だよ……」

「それはたしかにな……流石に直接手出しはしてこないと思うけど、梨野の件を憎んでるなら、それを晴らすために何かしてくる可能性はあるか。とりあえず、真澄が保健室に行く時は俺か友香が出きる限り付き添おう。友香も良いか?」

「うん、もちろん。私だって真澄の事は不安だもん」

「二人とも……」

「別に俺が付き添ってもいいけど……まあ俺じゃない方が良いか。無駄に刺激しても良くないのは流石に分かるしな」

「察しがよくて助かるよ、本当に……」

「ん、それじゃあ惚れたか?」

「惚れない」


 梨野の言葉にため息をついていたその時、私は今だからこそあの疑問をぶつけてみたら良いんじゃないかと感じた。


「ねえ、梨野。一つ聞いても良い?」

「良いけど、何だ? 俺の趣味か? それなら筋トレで──」

「そうじゃない。とりあえず真面目に答えて」

「……わかったよ」


 私の雰囲気から真面目に答えるべきだと判断したようで梨野は真剣な顔になり、私は友香と智也に目配せをしてからあの疑問をぶつけた。


「マスクは本当に必要か不必要か。梨野はどう思う?」

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