第6話 異性として

 翌朝、私はいつものように家で身支度をしていた。その途中、洗面所の鏡に映る制服姿の私を見た時、ふと昨日の放課後に梨野から胸を触られた事を思い出した。


「……アイツ、人の胸を遠慮無く触るなんてほんとに最低。ネイキッドのやり方が染み付いて、異性に対しての接し方がおかしくなってるんじゃないのかな」


 実際、小さい頃から色々な異性を捧げられ、肌を重ねて来たとは言っていたし、私が来る直前も毒島先生と屋上でそんな事をしていたらしいから、その可能性は非常に高い。

小さい頃からそんな育て方をされたら、考え方も歪んでも仕方ないし、本当なら可哀想だと思うところだろう。だけど、話を聞いた見返りとして断りも入れずにいきなり触ってくるのは流石にどうかしている。私はビンタ一発で済ませたけど、本当なら痴漢で捕まっているのだから。


「まあ良いや。昨日の帰り道で二人にも話は聞いてもらって少しスッキリしてるし、今日からまた気持ちを切り替えていこう」


 そう言ってすぐに気持ちを切り替え、私は今日もマスクをつけてから洗面所を出る。そして鞄を持って玄関のドアを開けて外に出ると、そこには既に友香と智也の姿があり、安心感を覚えながら私は手を上げて挨拶をした。


「おはよう、友香、智也」

「おはよう、真澄」

「真澄、おはよう。それじゃあそろそろ行こうか」


 智也の言葉に二人で頷いた後、私達はいつものように通学路を歩き始める。すると、歩き始めてからすぐに友香は少し心配そうな顔で私に話しかけてきた。


「そういえば、昨日の件はスッキリした?」

「だいぶね。ただ、洗面所で鏡見た時に思い出して少しイラッとはしちゃったけど」

「まあ、初対面の奴にいきなり胸触られたらな。けど、それ以外には何もなくてよかったよ。真澄みたいに反撃出来るような性格じゃなかったら、最悪の事も想定出来たわけだし」

「真澄が聞いた感じだと、ネイキッドって幹部の子供は小さい頃から異性の体を知ってるみたいだし、直前まで毒島先生とイケない事をしてたようだし、抵抗感は無かったろうからね。本当によかったよ」

「うん……私もそれは反省してる。たしかに梨野は一般的なネイキッドとは違う考えを持ってるようだけど、それでもネイキッドの人間として過ごしてきたのは変わらない。その根底にはネイキッドの考えや生活の常識が染み付いてるんだよ」


 そういう幹部の子供とはいえ、まだ高校生の梨野ですらそういう考えをするから、過激派みたいな人も出るんだろう。自分のこれまでの常識は間違っているわけではなく、あくまでも少し変わっているだけや世間の方が変だという歪んだ考えが。

そんな事を考えていた時、ふと私はある事を思い付き、友香に話しかけた。


「ねえ、友香」

「うん、なに?」

「智也が急に友香の胸を触ってきたらどんな気持ちになる?」

「……えっ!? い、いきなり何を言ってるの!?」

「いや、私は梨野にいきなり触られた時にすごく不快だったけど、私達の場合は小さい頃は結構相手の体をベタベタ触ってたから、お互いを異性だって思うようになった今でも他の人に触れるよりは抵抗は無いのかなと思って」

「て、抵抗は……ない、けど……」

「え、そうなのか? 別にそんなにベタベタ触ろうとは思ってないけど、流石に俺からでも触られるのもそんなに好きじゃないかと感じてたんだけど……」

「む、胸とかそういうところは少し抵抗があるけど、手を繋ぐとか肩を揉んでもらうくらいなら別に良いよ……?」


 そう言う友香の顔は恥ずかしそうではあったけど、少し期待したような感じを受け、智也もそれを感じ取ったのか少しドキッとしたような顔をしていた。


「そ、そっか……」

「因みに、智也は友香の体には触りたいと思う?」

「えっ……」

「ま、真澄……!」

「せっかくだから、智也にも聞いておきたいなって。因みに、私も胸とかは少し抵抗があるけど、髪とか肩触られるくらいなら別に大丈夫だよ」

「そうか……俺も思春期の男だから、興味がないわけではない。昔見た姿と今の姿は確実に違うだろうし、どんな感じなんだろうって考えた事は何度もあるよ」

「智也……」

「だけど、だからと言ってその欲求を無理やり発散する気はない。それで一時的に満足したりモヤモヤが晴れたりしたとしても確実に後で後悔するのが目に見えてるし、何よりお前達を悲しませるなんて出来ない。

お前達は異性ではあるけど、俺にとって小さい頃から一緒の幼馴染みで親友で、何物にも代えがたい大切な存在だからな」


 智也の顔は嘘などをついている様子のない真っ直ぐな物で、その言葉に私は嬉しさを感じていると、友香は智也の顔を見ながら軽く目を潤ませていた。


「智也……ほんと、智也はいつだってカッコいい事を言うんだから」

「見栄を張りたいだけではあるけど、お前達の前ではいつだってこれまでと同じ俺でいたいからな」

「そういうとこ、ちょっと子供っぽいけどね。でも、私はそういうとこも大好きだよ、智也」

「……ありがとな」


 にこにこと笑う友香に対して智也が微笑み、幼馴染み二人の心の距離が少し縮まった事を感じて私は満足感を覚えていた。

けど、友香はすぐに私に視線を向けると、少しだけムッとした顔をし始める。


「ただ、この悪い子ちゃんには少しだけお仕置きが必要かな」

「悪い子ちゃんって、悪い事をした覚えはないよ?」

「朝っぱらから恥ずかしいトークをさせた事、それは反省してもらおうかな」

「あー……まあ、そうだね。それで、何をさせたいの?」

「え……えっと、それじゃあ……」


 何も考えていなかったらしく、友香が考え始める中、智也はクスクスと笑ってから助け船を出した。


「それじゃあ、俺達に一本ずつ自販機で何か奢ってもらえば良いんじゃないか? 今日の部活終わりにでもさ」

「うん、それくらいなら大丈夫」

「それじゃあそれで。まったく……マスクの件と言い、真澄も結構変わった事を言い始めるよね」

「ごめんごめん」

「……でも、ありがと」

「俺からもありがとな、真澄」

「どういたしまして」


 二人の言葉に微笑みながら返事をした後、私達はいつもと同じ他愛ない話をしながら学校へと向かった。

そして学校に着いて教室へと入り、クラスメート達と軽く挨拶をしながら席に着いていたその時、教室のドアが少し強めに開き、全員の視線が集中したけれど、そこにいた人物の姿に私は驚愕した。


「え……」

「真澄、どうかしたの?」

「だいぶ驚いてるけど……アイツ、見た事ない顔だな……」


 友香と智也が不思議そうにし、男子達がその姿に圧倒されて、女子達がそわそわとする中、ソイツは私の前に立つと、どうだと言わんばかりの顔をする。


「よう、約束通り来たぜ?」

「梨野……」


 その人物、梨野はバサバサとしていた茶髪も少し整え、白いマスクもつけて堂々としながら立っていた。

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