第5話 久寿弥との出会い
「だ、誰って……私は有原真澄。貴方がウチのクラスで保健室登校をしてるっていう梨野君……?」
「……そうだ。俺が梨野久寿弥だ」
「やっぱりそうだったんだ」
目の前にいる人が梨野だと知って私は少しホッとする。バサバサの少し暗めの茶髪にシミ一つない鼻筋の通った女子ウケしそうな顔、180cmくらいありそうな身長に腹筋も六つに割れているとても引き締まった体つき、と雰囲気も相まって少しヤンチャをしてるような不良っぽくも見えるけど、そういうのが好きな女子からは本当に人気が出そうな姿をしていた。
そうやって梨野の姿を眺めていた時、私はふと梨野が上半身裸な事や少し乱れた格好をしていた毒島先生が出てきた事について聞いてみたくなった。
「……ねえ、毒島先生がさっきここから出てきて、少し乱れた格好をしてたんだけど、あれって……」
「ヤってた」
「……え?」
「あの毒島って女、入学した時からいつも俺を誘ってきて面倒だったから、こうして昼とか放課後に相手してやる事にしたんだよ。そうじゃきゃ保健室で勉強してる時にも手を出してこようとするからな」
「あ、相手って……もしかして梨野君と毒島先生が付き合っていてそれでとか……」
「付き合う? はっ、あんな体だけいっちょ前で頭空っぽな女なんて願い下げだ。だいたい、俺とヤりたがってるのだって、アイツが“ネイキッド”の人間だからだしな」
梨野は吐き捨てるように言う。ネイキッドとは友香達との会話にも出てきたマスク廃止運動をしている人達の団体名で、マスクをつけていない素顔をマスクという拘束着を脱ぎ捨てて人間として再び生まれたままの姿になっているのだと考え、裸という意味を持つ『
そういう特異な考え方から、ネイキッドは新興宗教的な側面もあるのではないかとも言われているけれど、毒島先生がネイキッドの人間だったのは初耳だった。
「毒島先生ってネイキッドだったんだ。たしかにネイキッドの中にはそれを隠して普通の人として暮らしてる人もいるって聞いた事があるし、不思議ではないのかもね」
「ネイキッドは世間の嫌われ者だからな。一般的にはマスク廃止を訴える活動をしている団体だが、時にはマスクを受け入れない異常者集団だの時代遅れの低知能団体だの言われてる」
「ひ、酷い……ネイキッドは暴力的な手に出る人もいるって聞いたけど、そこまでの言われ方は間違ってるよ」
「……アンタ、ネイキッドじゃないのにいやに肩を持つんだな」
「ちょっと事情があってね。それで、毒島先生がネイキッドだからってどういう事?」
その問いかけに梨野はい抜くような視線を向けてきた。
「アンタ、ネイキッドが新興宗教だって話、聞いた事あるか?」
「新興宗教的な側面もあるかもとは聞いたけど……」
「内情は似たようなもんだ。まつってる御神体や神がいないだけで、ネイキッドはマスクに傾倒した愚かな人間とは違う選ばれた考えを持つ人々だとか言って、ネイキッドはネイキッドとしか結婚もしてはいけないし、子供も作ってはいけない。
その上、ネイキッドのリーダーや幹部達はその中でも選ばれた存在で、その子供達も同じように選ばれた存在だから、ネイキッドの下っぱやその子供は幹部や幹部の子供に小さい頃から体を捧げるように言われているし、交われたり子供を授かれたりするのはこの上ない幸せだと言われてるんだよ」
「え……」
「だから、本当にネイキッドの思想に心酔してる奴らは子供が小学生くらいになったら、幹部や幹部の子供に差し出してるし、俺も小学生の頃からさんざん色々な女をあてがわれてきた。
毒島もその内の一人で、親がここに俺を入学させて保健室登校させてるのも毒島がいるからだ。親からすれば、さっさと毒島を孕ませろなんて考えてそうだけど、俺はそうもいかない。あんな馬鹿げた考えのネイキッドもそれに傾倒して幹部にまでなりやがった親も一回りも違う俺に涎を垂らしながら子供を作らせてくれと言ってくる毒島も気にくわねぇんだ。ヤる事になっても避妊だけはきっちりとしてるしな」
そう言う梨野は本当に嫌そうな顔をしており、その言葉と態度からネイキッドの関係者ではあっても、梨野自身はネイキッドとは違う考えを持っているのは明らかだった。
それがわかっただけでも私としては大収穫だったため、私は梨野にバイバイをして帰ろうと考えた。友香が考えていたようにネイキッドらしい考えをしていない梨野なら私の疑問に新しい意見を出してくれるとは思うけど、あまり初対面の時点で関わろうとしても良くないため、まずは二人に相談をしようと思ったのだ。
「色々話を聞かせてくれてありがとう、梨野君。それじゃあ私は人を待たせてるからそろそろ……」
「話だけ聞いてそれじゃあなんて……許すと思ったのか?」
「……え?」
梨野の言葉に疑問を感じていると、梨野は上半身裸のままでズンズンと近づいてきた。そして私の目の前で足を止めると、迷う事なく手を伸ばして私の胸に触れた。
「え……」
「ほー、制服の上からだとあまりわからなかったが、結構ありそうじゃねぇか。女の体に興味がねぇわけじゃねぇしな、さっきの話の礼としてネイキッドじゃねぇアンタの体を少々……」
「……最低」
「……あ?」
梨野の不思議そうな声が聞こえた瞬間、私の右手はスッと動き、気づいた時にはパシンという音を屋上に響かせながら梨野の頬を平手打ちしていて、何が起こったのかわからない顔を梨野がする中、私は恥ずかしさと怒りで顔を赤くしていた。
「……ネイキッドの関係者だったとしても少しは良い人なのかなと思った私がバカだった。結局、性欲まみれのろくでなしじゃない!」
「いった……へえ、良いビンタするじゃねぇか。アンタ、中々面白いな。もう少しアンタの事を教えてくれよ」
「お断りよ! そんなに知りたかったら、親の言う通りに保健室登校してるのを止めて、マスクをつけて教室にでも来たらどう!? まあ、梨野みたいなどうしようもない奴には出来ないと思うけど!」
「……それじゃあそうしたら話してくれんのか?」
「出来たらね! それじゃあ!」
怒りに任せて言った後、私はそのまま屋上から走り出て、顔に熱を帯びるのを感じながら階段をかけ降りた。そして昇降口のところまで来てみると、そこには友香と智也の姿があり、二人は足音で私の存在に気づいたけれど、すぐにその顔は心配そうな物に変わった。
「真澄……どうしたの?」
「連絡したのに返事しないから心配してたぞ?」
「……屋上に行ったら上半身裸のろくでなしと出会っただけ。ほら、早く帰ろ」
「う、うん……」
「真澄をここまで怒らせるなんて……ソイツ、だいぶ嫌われたもんだな」
智也が苦笑いを浮かべる中、私は頭の中でまた梨野に対して暴言を吐きながら下駄箱で靴を履きかえ、二人に話を聞いてもらいながらそのまま下校した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます