第4話 屋上での出会い

 放課後、私は下駄箱のところで友香と智也を待っていた。その理由はいたってシンプルで、私の方が早めに部活が終わってしまったからだ。

私が入っているのは家庭科部で、いつもなら作った後の後片付けが理由で私の方が待たせてしまうけれど、今日は後片付けもパッパと終わってしまった。

それでもしかしてと思いながら二人に連絡をしてみると、新聞部の智也からも女子バスケットボール部の友香からも返事が来なかったので、いつも二人がそうしているように下駄箱で待つ事にしたのだ。


「でも、このままっていうのも暇だなぁ。どうしよ、どこか適当にブラつきながらま──」


 その瞬間、私の頭の中にある場所が浮かぶ。


「……屋上。そういえば、梨野が屋上の辺りで保健室の毒島先生とよく姿を見かけられてるって、智也言ってたっけ。屋上かぁ……行きたいなら行ってみても良いって智也には言われたし、友香の言葉も気になるけど、梨野の事がよくわかってない状態で聞いたってただ危険なだけだよね」


 クラスメートでありながらもまだよくわからない梨野への恐怖。それが私を屋上へ行くのを思い止まらせ、足を止めさせるための重石となっていた。

だけど、このままではいけないという気持ちもあり、私は下駄箱で一人考え続けた。そうして考える事数分、私は一つの考えに行き着いた後、携帯を取り出して友香と智也にメッセージを送った。


「……これでよし。二人とも、心配はするだろうけど、確認のために少し見に行くだけだから良いよね」


 自分に言い聞かせるようにして呟く。そう、私が出した結論は会いに行くのではなく噂を確認しに行く事だ。

実際に会って話そうとするのは現段階では危険な気はするし、会ったところでどう話そうかと考えてしまうのが目に見えている。

だけど、噂の確認のために見に行くだけなら、話をする必要もないし、確認した結果を二人に話して相談する事も出来る。私からしたら、これが最大限のアイデアだ。


「そうと決まれば行ってみよう。この時間にいるとは限らないけど、行ってみなくちゃわからないから」


 独り言ちた後に私は誰もいない廊下に歩を進める。放課後な上に既に部活動が終わったところもあるからか屋上へ向かう道中には人の姿はまったくなく、廊下を歩く際に出る私の足音と少し緊張した息遣いだけが聞こえていた。

保健室登校をしているクラスメートが屋上付近にいるかをただ見に行くだけなのに、私は緊張で口が乾き、心臓もバクバクいっている事から、やっぱり梨野は自分にとって危険な可能性があるという思いがあるのだろう。


「……あはは、クラスメートの様子を見に行く姿には全く見えないや」


 自嘲気味に言いながら廊下を歩き、階段をゆっくりと上がる。一段一段上がる度にまだ見ぬクラスメートへとゆっくり近づいているのだと意識してしまい、それと同時に私の心臓の鼓動は徐々に速くなり、足も石化し始めているのかと錯覚してしまう程に動こうとするのを拒み始めた。

だけど、ここまで来たからには確認してしまわないとモヤモヤしてしまうし、ここまで歩いてきた時間も無駄になってしまう。それがわかっていたからこそ、私はそのまま階段を上がっていき、遂に屋上付近の階段まで来た。


「噂があるのはこの辺りだと思うけど……うん、誰もいない。後は扉の前まで行くだけなんだけど、なんだかだんだん肝試ししてる気分になってきちゃった」


 出てくるはずなのはお化けじゃなくクラスメートである人間なんだけど、そんな事を考えて少し気持ちに余裕が出てきた後、私は一度深呼吸をしてから階段を上がり始めた。

一段一段上がり、踊り場まで来て後はもう半分だと考えていたその時、妙な声が聞こえてくる事に気づいた。


「……なんだろう、この声。女の人が泣いてるようにも聞こえるけど、この声……なんだか毒島先生の声にも聞こえるような……?」


 伸ばすのではなく一回一回切りながら上がっている少し高めの泣いてるような声。その声を泣き声のように感じていたけど、少しずつ近づくに連れてその声に色気のような物があるのを感じ、私は更に不思議な気持ちになった。

そして屋上の扉の前に着き、とりあえず息を潜めながら声の正体について探っていたその時、声以外にも聞こえてくる音がある事に気づくと同時に私は声の正体がわかってしまった。


「え……も、もしかして屋上でそんな事を……!?」


 泣き声のように聞こえていたのは毒島先生だと思われる女性の喘ぎ声で、その他にも何かがぶつかるような少し高めの音や興奮気味な息遣いと鼻息、湿った物を触っているような水音といった様々な声や音が扉を挟んで私の耳に届き、向こう側で繰り広げられている光景を想像して、私は静かにドキドキしていた。


「ど、どうしよう……梨野がいるか確認しにきただけなのに、いけない場面に遭遇しちゃった。でも、どうして毒島先生はこんなところで……?」


 別に人の趣味をとやかく言う気は無いけれど、私が想像している事を学校の屋上でしているのなら、場所を考えてほしいとは思った。

前に智也がクラスの男子からエッチな写真集や漫画を見せられていて、内容が気になった友香が聞いた事でそれを智也が話してはくれたけど、その中にも屋上や教室でそういう事をしている物があったらしいので、そういう願望がある人はいるのだろう。だけど、まさか現実でそういう状況に出くわすとは思っていなかったので、私はどうしたら良いかと迷い続けていた。

そうして迷い続ける事数分、毒島先生らしき女性が一際高い艶やかな声を上げた後、屋上の扉の向こうではボソボソと話す声やガサゴソという音が聞こえ始め、屋上の扉が開く音が聞こえた瞬間に私はバレないように陰に身を潜めた。

すると、扉を開けて姿を見せたのは、予想していた通り毒島先生であり、いつもはしっかりと整えて髪ゴムで纏めている長い茶髪もゴムで留めずにそのまま下ろしていて、白衣も少し着崩していた上に少し荒い息をする顔も軽く上気していた。

そして毒島先生は陰にいる私の存在に気づいていない様子でうっとりとしながらそのまま階段を下りていき、私はそんな毒島先生の事を陰から見下ろした。


「……あの様子だと、私が想像している事を本当にしてたんだろうなぁ。流石に少し顔を冷やしたり身なりを整えてから保健室に戻るんだろうけど、あんな姿を見たら男子はたぶんドキドキして毒島先生を意識し始めるんだろうけど、智也がそうなる姿は想像つかないや」


 本人には言ってないだけで友香一筋を貫いてきた智也の事を考えてクスリと笑った後、わたしは開きっぱなしの屋上の扉を通って屋上へと出た。

もう夕方だった事から、空は幾つもの雲が浮かぶ綺麗なオレンジ色に染まっていて、その気持ちよさの中で私は屋上に立つ一人の人物に気づいた。

少しバサバサとした茶髪が目立つその人は男子の制服のズボンは履いていたけど、上半身は何も着ておらず、その引き締まった肉体にドキドキしながら少し近づくと、私の気配に気づいたようでゆっくりと私に顔を向けた。


「……アンタ、誰?」


 その人は少し気だるそうな様子で首を傾げながら私にそう問いかけてきた。

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