第3話 押し付けられる考え

 その日のお昼、友香達と一緒に教室でお昼ごはんを食べていると、智也がふと何かを思い出したように声をあげた。

 

「そういえば……ウチのクラスに保健室登校の奴がいるだろ?」

「保健室登校……ああ、梨野なしの久寿弥くすやだっけ? 両親が例の団体の関係者で、自分もマスク無しで登校してるっていう」

「うん、そうらしいね」

「ソイツらしい奴が最近屋上の近くでよく姿を目撃されてるみたいなんだ」

「屋上の近く?」


 智也の言葉に私は首を傾げる。屋上はとても拓けていて広く、扉の横は少し大きめの日陰も出来るので春や夏にはお昼ごはんを食べに行く生徒もいて、私達もたまにそこでお昼を食べる。

だけど、少なくとも私はそこでそれらしい姿は見た事はないし、クラスでもそういう話を聞いた事はなかった。


「その情報、ソースは?」

「新聞部の仲間から。そもそも梨野って両親の事情もあるから、校内だとわりと名前を知られてるんだけど、顔はあまり知られてない。俺達が授業受けてる時も梨野は保健室にいるみたいだからな」

「それじゃあどうして梨野だってわかるの?」

「一緒に校医の毒島ぶすじまが見かけられてるからそうなんじゃないかってさ。そもそも保健室登校なのも色々説があって、持病があるからそれで教室まで来るのが困難だとか両親がマスクをつけてる生徒と一緒に授業をさせないでほしいって直談判したからとか」

「持病ならまだしも後者だったら何様って感じだね。別に私達と一緒だと何かあるってわけじゃないのに」

「団体関係者からしたら俺達なんて異物みたいなもんなんだろ。その考えもよくわからないけどさ」

「そうだね……」


 本来ならそんな謎めいた生徒がいたら、知りたいと考える人は多いと思う。だけど、クラス内で梨野について知りたいと言う声も保健室に会いに行こうと言う声も出てこない。

入学時から教室には姿を見せず、行事や集会でも姿を見せなかったと一年生の頃に梨野と同じクラスだった子も言っていたのにそんな事になってるのは、やっぱり両親が例の団体関係者だという話が理由なんだろう。その団体には自分から関わらないというのが世間一般での暗黙の了解みたいになっていたから。

そんな事を考えながらお弁当箱の中の玉子焼きを箸で摘まんでいた時、友香は何かを思い付いたような顔をした。


「……そういえば、朝の件って梨野だったらどう答えるかな」

「朝のって……ああ、私が言った奴?」

「うん。両親が団体関係者で本人もマスク無しで登校してるようだけど、本人の思想は違うとかないかな? もしそうだとしたら、そっち目線からの良い意見が貰えそうじゃない?」

「そうかもしれないけど、本人だって団体には賛成してる側の可能性はあるぞ。その上、過激派的な考えをしてたら、無理やりマスクを取ろうとして乱暴な真似をするかもしれないし、俺はあまりお勧めできないな」

「私も智也に賛成かな。気になる事は気になるけど、それでいらないトラブルに巻き込まれるのも良くないからね」

「そうだよね……はあ、やっぱりうまくいかないなぁ」


 友香がショボンとし、智也はそんな友香にため息をついてから静かに頭を撫でる。そんないつも通りの光景にクスクスと笑った後、私は友香の話について考えた。

入学時からそんなに姿を見られてなく、保健室登校を続けているという梨野久寿弥。友香の言う通り、両親がマスク廃止の運動をしている団体の関係者だったとしても、梨野自身が必ずしもそういう考えをしているわけではないかもしれない。

もし本当にそうなら、私の中でモヤモヤしているマスクが必ず必要なのかという疑問に対して私達では出てこないような意見を出してくれる可能性はある。

だけど、もしそうじゃない上に普段は隠しているだけで過激派的な考えを持っていたとしたら、関わろうとした瞬間に無理やりマスクを取ってきて、それが原因で怪我をする恐れだって当然あるのだ。

だから、安全を考えるなら梨野には関わらない方が良いのはわかっているけど、少しでも何か新しい意見が欲しいというのも真実だ。


「……友香の言う通り、うまくいかないね。なんでこんなにも考えって何個もあるんだろ?」

「そうやって人間が生きてきたからなんだろうな。色々な考えがあって、それを今の俺達みたいに話し合ったり時には否定しあったりしてきたのが今も俺達の中に残ってるのかもしれない」

「議論の歴史みたいなのが?」

「ああ。こういう話じゃなくても、俺達ってどこに行くかとか何を食べるかみたいなのでも話し合うだろ? お互いに行きたいところが決まってたらそのままで良いけど、そうじゃない場合はどちらかが譲らなければ自分の行きたいところが良い理由を言い合う。

そんな小さくて日常的な事でも話し合うんだから、これからも意見や考えの違いっていうのは当然出てくるんだろうな。と言うか、みんな同じ意見ばかりだとつまらないし、すごい違和感がある」

「あー……たしかにそうだね。みんな同じ表情で同じ場所に行ってみたいなのはちょっと不気味で怖いかも。争い合わないから平和とも言えるけど、なんだかみんながロボットになったみたい……」

「そうだね……でもそう考えたら、私達がずっと続けてきた常識も廃止の運動をしている団体もどっちも自分達の考えを押し付けてきてる感じがするかも」

「実際そうだしな。いつの間にかマスクを外した素顔を見せる事が恥ずかしい事だっていうのが広まって無理やり外された事がショックで引きこもる人が出たのもそもそも不思議な話なんだ。

本人からすれば無理やり服をひんむかれたような感覚だから、それで外が怖いなんていう考えになってるけど、それならこうなる前の世界は裸で歩いてた奴ばかりの無法地帯だ」

「うわ……それは本当にやだね。目のやり場に困るというか、なんだか落ち着かないというか」


 友香が本当に嫌そうな顔をする中、智也は頷いてから話を続ける。


「さっき俺はお勧め出来ないとは言ったけど、真澄が話をしてみたいっていうならそれは止めない。俺達だって真澄が話してくれたから、改めて疑問に思えたわけだし、こうなったら梨野にも意見を仰ぎたい。だけど、無理はするなよ? 少しでも危険かなと感じたら、近づこうとせずにすぐに逃げて、俺達に報告してくれ。わかったな?」

「うん、もちろん。ありがとね、智也」

「どういたしまして。それと、友香もだからな。これに限らず、何かあって困ったら遠慮なく相談してくれ。力が及ばない時もあるけど、これまで通りに出来るだけ力になるからさ」

「智也……うん、ありがと。やっぱり智也はカッコよくて優しくて大好きだな」

「はいはい」


 智也はまたかといった様子で言う。だけど、その顔は嬉しそうであり、友香も本心からそう言っているのがひしひしと伝わってくるし、クラスメート達からは微笑ましそうな視線を向けられていた。

この二人、お互いに相手の気持ちに気づいてないだけで、本当は小学校の頃からずっと両片想いを続けていて、相談にずっと乗っている私がそろそろ告白すればと言っても二人とも尻込みをしている。

正直に伝えればそれで済むのに相手の気持ちが違ったらと怖がって友達を続ける二人。そんな甘酸っぱさ溢れる青春の一ページをずっと捲るだけの日々だけど、わたしは穏やかな春の日差しの中でもどかしい青春を味わう二人の関係ももう少し見ていたいなと静かに感じた。

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