第2話 幼馴染みへの相談
「それじゃあ行ってきまーす」
朝食を食べ終えて寝癖直しや洗顔などを済ませた後、私は学校に行くために外へ出た。今日も春らしい陽気でとても過ごしやすく、少し気持ちを弾ませながら歩いていると、いつものように様々なマスクをつけて歩いている人達の姿を見かけた。
「これが私のいつもの光景。それで良いはずなのに……どうしてさっきはあんな事を考えたんだろう」
呟く私の頭の中には再びモヤモヤした物が現れていた。それは朝食前に感じたマスクの是非についてであり、その考えがこの世の中の風潮やこれまで疑う事すらなかった常識に反する物なのは理解出来ている。
だけど、再び浮かんでしまった疑問はさっきと同じように追いやる事が出来ず、白い靄のように私の中に広がって、気持ちまでもモヤモヤとさせてきた。
「うー……考えても仕方ないはずなのに、どうしてこんなにモヤモヤするんだろう……」
モヤモヤを抱えながら歩いていたその時だった。
「まーすみ!」
「わっ!」
突然背後から強い衝撃が走り、驚きの声を上げながら体をビクリと震わせていると、その後ろで少し呆れたような声が聞こえてきた。
「
「だって、やりたくなるんだもん。真澄、おはよう」
「お、おはよう……
「ありがとな、真澄。そう言ってくれるのは真澄だけだよ」
「お世話って……私、そんな子供みたいな言い方をされるような事はしてないよ……」
「してるんだよ。だいたい、真澄や俺は慣れてるから良いとしても、後ろから強く押されたら誰だって……」
ムッとする友香に対して呆れ顔の智也がお説教をする。そんないつも通りの光景に私は安心感を覚えていた。
黒く艶々とした長い髪をポニーテールにしたスラッとした体型の
元々、友香と智也の二人が親同士が知り合いという事で仲が良く、幼稚園の入園式の日に私が友香から声をかけられ、私の家と二人の家が結構近くにあった事から三人で度々遊んだりお泊まりをしたりするようにもなった。
素顔を見せあったのもそんなお泊まりの時で、私の家に二人が来た夜に私から素顔を見せあってみないかと言ったのがきっかけだ。まだ小さかった事もあって、三人でお風呂に入る事も度々あり、お互いの裸も見てきたのなら、同等の恥ずかしさだという素顔を見せる事も出来るんじゃないかという考えで私は提案をし、二人が面白そうだと言った事で私達は三人しかいない部屋でマスクを外した。
いつもつけているのがジッパーを開ける事で食事も出来て、耐水性もあるマスクだった事からお風呂に入ってもマスクを外していなかったため、裸すら見慣れているそれぞれの見慣れない素顔に私達はしばらく黙り込んだ。
二人とも顔立ちは整っているけれど、マスクのない状態で見えた顔の全体像は少し違和感があり、少しずつ恥ずかしくなってきて、私達はそろそろ止めるかと言ってマスクをつけた。
だけど、その後もお泊まりの際にマスクを外す機会を設けたからか次第に各々の素顔にも違和感がなくなり、抵抗感すら感じなくなったため、むしろこっちの方が面白いと考えた結果、私達三人だけが誰かの部屋にいる時にはマスクを外そうと決めて、これまで一緒に過ごしてきた。
だから、私達はそれぞれの両親よりも素顔を見た事がある関係になっているけれど、中学生に近づくにつれて自然に異性なのだという事を意識して一緒にお風呂に入る事やお互いの体を遠慮なく触るといった事は自然になくなった。だけど、お泊まりは続けているし、こうして登下校は変わらず一緒になるのだった。
ボーッと二人との事を回想している内にお説教は終わったようで、安心しながらも嬉しそうに微笑む友香を智也はやれやれといった様子で見ていたが、この大親友達に例の疑問をぶつけたいと思い、私は静かに口を開いた。
「ねえ、二人とも。二人だからこそ聞いてほしい事があるんだけど、良いかな?」
「おやおや、真澄ちゃんからの相談とは珍しいじゃないか」
「……友香、今度は何のキャラにハマってるんだ?」
「少しキザだけど、いつも自信満々な怪盗だよ。それで、何を聞いてほしいの?」
「うん、それがね……」
私は朝食前に感じた疑問を二人に話した。内容が内容だけに二人にしか中々話せなかったけれど、二人は聞き終えると、揃って難しい顔をする。
「なるほど……マスクの是非について、か」
「世間的に見れば、無しなんてのはあり得なくて、例のマスク廃止運動をしてる団体からすれば無しに決まってる。だけど、三人だけの時だと無しでも違和感がない私達の場合はたしかにどうだろうね……」
「うん……お父さん達と話してた時にマスクをここまでの必需品として考えてなかった昔だったら無理やり外されてそのショックで引きこもる人や外されて恥ずかしいと思う人も多かったわけではないはずだから、またみんなが慣れていけば良いだけだって言える。
だけど、きっかけになったウイルスの脅威もなくなった今でもファッションアイテムの一つやつけてても日常生活が送れるくらいに便利になったのも間違いないから、一概に無しにしたら良いとも言えない。だから、どうなんだろうって思うんだ」
「中々難しい話だな……有りを貫くにしても無しだと考えても世間の考えに背くか例の団体からいつか目をつけられて襲われるかになるからな。真澄には申し訳ないけど、こうだと言えるだけの答えは出せない」
「ごめんね、真澄……」
「ううん、良いの。私だってこんな考えはどうなんだろうって思うから」
そう、この考えを続けていても意味はないし、誰かにうっかり聞かれて悪意から婉曲した状態で広められる可能性もある。だから、この件については忘れた方がいいのだ。
そう考えて忘れてしまおうと思ったその時、友香が突然私の肩に手を置いた。
「と、友香?」
「考えはどうであれ、そういう疑問を持てるだけ真澄はすごいと思うよ」
「すごい?」
「うん。当たり前になってる事について疑問を持つなんて中々出来ないもん」
「そうだな。今はスピーカーを内蔵して小声やボソボソとした声もしっかりと聞こえるようにしたマスクだってあるけど、それ以前はマスク越しだと中々聞こえない時があって、それでトラブルが起きたり嫌な気持ちになった人がいたからそういうマスクが開発された。それもどうしてそんな状況を放置しているんだろうと考えた人がいたからだ」
「だから、その考えは捨てなくて良いよ。私達以外には中々話せないだろうけど、私達も考えてはみるし、その内、何か答えに近い物が見つかるかもしれないしね」
「二人とも……うん、ありがとう。もう少しだけ考えてみるね」
二人にお礼を言い、二人が微笑みながら頷いた後、私達はその事は一度置いておいて他の話をしながら学校へ向けてゆっくりと歩き始めた。
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