第39話『戦姫の奮戦』

 城内の静寂を破ったのは、一階の兵士達の悲鳴だった。地下から這い上がり、次々とサラバナ城の一階に進撃してくる黒き尖兵達に、平和を謳歌して訓練を怠っていたサラバナ兵士達は対抗できず、次々と殺されていき、城内の床には血の絨毯が出来た。


「サラバナの兵士は雑魚ばかりだな。ちょうどいい、全員皆殺しにしようぜ」


 一人の黒き尖兵の狂喜を感じ、他の尖兵たちも、駆けつけてきた精鋭の兵士達を残虐に襲い始める。その事態は直に玉座の間に届き、サラバナ王のヨウドウは近衛兵達に誘導されたが、それを阻止するように、黒き尖兵長が玉座の間に顕現した。


「貴様、何者だっ」

「一体どうやって侵入したっ」


 黒き尖兵長は大鉈を取り出し、薄笑いを浮かべると、向かってきた近衛兵達を返り討ちにしていく。


 血の匂いを感じた戦姫は、すぐに兵士達が戦っている一階へと単独で赴き、「退きなさいっ」と城の兵士たちを一喝すると、光り輝く光線の神魔法を、黒き尖兵達に向けて容赦なく放った。そして残っていた残党を稲妻のような速さで次々と殲滅していき、まだ息のある兵士達に回復魔法をかけていく。


「あなた達、国王は無事?」


「こっ国王は、既に避難させています」


 それを聞いたクシナダは、少し安堵の表情をもらしたが、万が一の事があってはならぬと、後を遅れてかけつけてきた近衛隊長のヤマトと他の近衛軍に任せ、自らは玉座の間に突入することを決断した。


「お待ち下さい、クシナダ姫。これ以上、あなたが戦う必要はございません。後は私達にお任せを」


 クシナダに立ちふさがるようにしたヤマトであったが、彼女は「あなたの行動が遅いから、私が行かなきゃ行けないんでしょっこの役立たず」と捨て台詞を吐き、他の武の国近衛軍兵士達も押しのけて、広大な城内を玉座目掛けて駆け抜けていっしまった。


「やれやれ。クシナダ姫には困ったものだ」

「この程度の連中も倒せぬとは、サラバナの兵士は弱すぎるな、死んで当然だ」


 転がるサラバナの兵士達の躯を冷笑するように見つめながら、武の国の近衛軍達はぼやく。そこには命に対する敬虔さは、一欠けらの感じられなかった。


 城内が戦場に変わり始めていた頃、運悪く城門に辿りついたスセリ達は、狼狽した様子の兵士達に「どうした? 何か起こったか?」と尋ねる。


「いえ、その、城内に、黒い賊が現れまして、大混乱になっております。今は城に入るのは危険です。どうか安全なところにお逃げください」


 スセリとゼント、ミヨシの脳裏に、尖兵達との戦いの記憶が蘇る。いち早く反応を示したのは、ミヨシであり、直に城門を開けるように言い、そして開いた門を潜り抜けていった。ほぼ同時に、ゼントと銃を取り出したスセリも突撃する。


 クシナダがほぼ殲滅したとはいえ、まだ城内には黒き尖兵達が多少残っており、王宮仕えの者や王族たちを襲っていた。 

 

「ここは私が仕留めますっ。ゼント殿は他の残党を。スセリ様は私の傍にいてくださいっ」


 ミヨシの号令に、ゼントは「任せたぞ」と告げ、玉座の間へと突入する。スセリは付いてきたムツにその場に残り、傷ついた者達の手当てをするように告げると、自らもゼントの後を追いかけていった。


「一体どうなってるんだ。大変な事態だよ」

「ムツ殿、ここは危険ですっ下手に動かず、私の傍にいて下さいっ」

「リョウマが行っちゃったよ」

「ゼント様に託しましょうっ」


 ミヨシはそういいきると、自らに襲い掛かってきた尖兵達を次々と返り討ちにしていった。ムツは頭を抱えて脅えつつ、傷を受け、苦しんでいる王宮の者達に近づき、治療を始めた。


「何をやっている、ミヨシ。我らには戦う道理は無いのだぞ」


 残党狩りを終えた近衛総隊長のヤマトが、戦闘中のミヨシに冷徹な眼差しを送る。それを聞いたムツは怒りに燃えた。


「ちょっとあんた、それでも軍人かいっ人が死んでるんだぞっ助けるのが人の道だろうよっ」

「我々は来賓。国内の騒乱に力を貸す道理はございませんよ」


 拳を握り締め熱弁するムツを、ヤマトは嘲笑しつつ、そして悠然と玉座の間へ向かって部下を引きつれ歩いていった。


「ちょっと待ちなっあなた回復専門術士なんだろ? 人を癒すのがあなたの仕事だろうがっこのまま放置したら、沢山の死傷者が出るぞ。」

「弱き者を助ける道理はございませんよ」


 猛り狂うムツと視線を合わそうともせず、ヤマトは歩いて去っていた。


「あの野郎・・・なんて奴。死ねばいいのにっ」

「申し訳ありません、ムツ殿。武の国の者として、非礼を詫びます」

 

 戦闘が終わり、申し訳無さそうにそう頭を下げるミヨシを、ムツは擁護する。


 玉座の間には、既に沢山のサラバナ近衛兵達の死体が転がっていた。そして国王のヨウドウは、まだ生き残っていた最後の近衛軍総隊長に守られている状態だった。


「ヨウドウだな。殺しに来たぞ」


 黒き尖兵長が、口角を尖らせ、怨念の篭った声色でそう囁いた。


「きっ貴様っ骨鬼族の刺客かっ」


 サラバナの近衛総隊長が叫んだときには、彼の首は跳ね飛ばされていた。ヨウドウの顔に、血しぶきがかかる。が、国王は動じなかった。


「その者、我が神聖なるサラバナ王国での不遜極まりない行い、許されると思っているか」


 決して脅えることなく、堂々とした調子で、ヨウドウは黒き尖兵長に言葉をぶつける。尖兵長は質問には答えず、すぐさま国王に切りかかってきた。ヨウドウは自らの命の終わりを覚悟する。尖兵長の大鉈を刀で受けたのは、駆けつけた戦姫のクシナダであった。


「悪いけど、あなたの好きにはさせないわよ」

「邪魔だ、女。どけっ」


 黒き尖兵長は瞳を光らせると、クシナダの体を宙に浮かせ、壁に叩きつけた。あまりの出来事に、彼女は生まれて初めて、多少の動揺をみせた。大鉈を受けた両手がまだしびれている。なんという重い一撃。この黒い影は、他の雑兵とは比較にならない。戦姫は声を張りあげ、全力で尖兵長に突撃していった。が、彼女の剣は軽く交わされ、腹に膝を入れられる。その余りにも重たい一撃に、クシナダの顔が微妙に歪んだ。だが空中で体を捻らせて着地し、ヨウドウの前に立つと、必死に構え、臨戦態勢を整えた。黒き尖兵長も、クシナダの力量を察知し、咆哮を上げ、彼女に全力で切りかかっていく。戦姫は必死に剣を受けつつ、隙を見て残撃を浴びせるが、黒き尖兵長には通用していなかった。


「馬鹿な・・・」

「クシナダだな。ついでにお前も、殺しておこうか」

「くっ無礼者。武の国の誇りにかけて、あなたのような雑兵には、遅れは取りませぬっ」


 クシナダは鬼の形相で多彩な乱舞を黒き尖兵長に見舞うが、全てほぼ弾かれ、そして回避され、わずかに一撃浴びせるのが精一杯であった。それは、戦姫にとっては初めて感じた脅威であった。黒き尖兵はニヤリと笑い、体を軽く跳ね上がらせると、周囲に衝撃波を生じされ、クシナダとヨウドウを弾き飛ばした。


 クシナダは直に起き上がり、再び臨戦態勢に入ったが、ヨウドウは傷つき、足を押さえている。それを確認した彼女は回復に回ろうとした隙を、尖兵長は見逃さなかった。


「死ねっクシナダっ」


 襲い掛かる尖兵長の体を、スセリの銃弾が貫く。思わず怯んだ巨躯の黒き影は、スセリと、そして共に立っているゼントの方を向いた。


「久しぶりだな。雑兵」


 ゼントは不敵な笑みを浮かべ、黒き尖兵長に威圧感を与えた。ヨウドウの回復を終えたクシナダは、国王を抱え、ゼントとスセリの傍にやってきた。 


「クシナダ、無事かっ」

「私は無事よっあなたのお父様もねっ」


 クシナダは、スセリに軽い笑みを見せていたが、既に両腕はしびれており、刀を持つ手には力があまり入らない状態であった。


「クシナダ・・・お前は下がってろ。後が俺とリョウマでやる」


「何を言ってるの?! この私がやらなくてはっあなた達の手には負える相手ではないわよっ」

「クシナダ、ウチらなら大丈夫だ。連携取れるきに。お父上を守ってくれ」

 

 スセリは笑顔でそう言うと、目の前の黒き尖兵長に視線を合わす。


「ふふふ、ヨウドウに、スセリまで。一石二丁だな。それにしても、ゼント、貴様、死んでいなかったのか」


「貴様を倒すまでは、俺は死なん」


 そう言って、絶世の美男子の剣士は木刀を取り出し、構えを取った。スセリもおりょうの加護をかけ、銃を構える。  


「私があなた達を回復するわっその雑兵を倒しなさいっ」


 クシナダは、二人に激を飛ばし、自らは、階下から上がってきた黒き尖兵の残党の一人を瞬殺してみせた。

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