第37話『起死回生の秘策』
事態を聞き、狼狽した表情を見せるムツに対し、スセリは実に堂々とした顔をしていた。
「おい、リョウマ。お前、トットーネさんなんて助ける必要ないだろ。あたし達にとっては大事な金だぞ? 今からでも考え直せ」
「駄目だ。トットーネさんは、ウチらの恩人だし、きっとこの先も力になってくれる人だ。助けなきゃ、いかんぜよ」
「そんな事言っても、これからどうするきだよ。せっかくラズルシャーチまで行ったのに、振り出しじゃないかよ」
「心配するな、ムツ。まだ策がある。ウチ、ガレリア王都に銀行を作ろう思うちょるぜよ」
ガレリアに銀行を作る。その話を聞いたムツは言葉を失い、少し、怒気の入った口調でスセリに反論してきた。
「銀行って、そんなこと言ったって、ガレリアには銀行なんて文化は存在しないんだぜ? ガレリア人は、皆自分たちの家でジェルを管理したり、信頼できる商人に預かってもらったりしてるようだ。それが彼らの当たり前なんだ。いきなり銀行なんて言われても、彼らには理解できないだろうよ」
「ムツ、金儲けの極意はな、文化のないところに文化を送り込むことぜよ。靴を履いてない民族がいたのなら、靴を便利さを伝えて、売ってやればいいんだ。今、ガレリア王国には銀行がない。一部の商人達が銀行紛いのことをしちょるが、本格的に建物を作って、そのような商売は誰もやっとらん。ある意味これはとてつもない好機ぜよ。ウチらが一番乗りになって本気でやっていけば、ガンガン稼げるきに」
「なっなるほどね。確かに、ある意味好機だけど、ガレリアの人たちは理解できるのか? 銀行は信用が全てだろう? サラバナ人なんて、信用してないだろうし、まともに話聞いてくれるかね。」
「ウチが誠心誠意説明するきに。おまんは、王都の民たちに銀行開業の知らせと概要が書かれたビラを配りまくってくれ。まずはこの店に来てくれた人に率先してビラを渡していこう。ウチの店は繁盛しとる。きっと話を聞いてくれる人はいるはずだ」
この中央世界オフェイシスでは、サラバナ王国を除いて、お金の管理は、基本的に自らの家で行うか、信頼できる商人に預かってもらうかしかなかった。しかし、中には悪い商人に騙され、財産を奪われ逃げられてしまう人々も後を絶たない状況だった。その為、多くの人々は商人にお金を預けようとせず、自分たちで管理していたのである。ガレリア王国も例外ではなかった。
そしてスセリ達は動き出す。まずは繁盛している店に来た客に、銀行に関する詳細が書かれたビラを渡すことから始めた。その後、ムツとミヨシがガレリア王都中央広場で住民達にビラを配り、地道に宣伝していった。
一方スセリはネンドールを一体使用し、自らの店を銀行業が行えるように大改築させ、一週間後には小粒だが、小さな銀行設備が整った。
その後、ビラの内容に興味を持ち、出来上がった綺麗な建物の前に集まってきた民衆相手に、スセリは語りかけた。
「皆さん、聞いて頂きたい。私はサラバナ王国出身、リョウマ・サイタニという商人です。本日は、我がサラバナ王国にのみ存在する、銀行というものを、このガレリア王都でも設立したく、皆さんのご理解を得ようと、機会を設けさせて頂きました。」
高台に立ち、喋りだしたスセリを、民衆が取り囲み始める。彼女がサラバナ人であることを知り、警戒感を示す人たちも多くなっていた。
「私が作ったこの建物の地下には、金庫という、お金を管理する設備を作っています。そこで民の皆さんの生活に最低限必要な分を除いたお金を、全てお預かり致したいと思います。そうすれば、泥棒や悪徳商人に金を持ち逃げされなくてもするようになります」
切々と説明しようとするスセリであったが、民衆は納得がいかない様子の者もおり、疑問をぶつける民も出始めた。
「そのあんたが集めた金は一体何に使うんだ?」
「泥棒するつもりか? 悪徳商人めっ」
「サラバナ人は金のことしか考えてないっ」
「俺は預けてみようかな」
「一体銀行って何なの?」
「俺は騙されないぞっ」
「子供のくせに、商人気取りの詐欺師か? 流石サラバナ人だな、憲兵を呼ぶぞっ」
「子供は黙ってハンバーグでも食ってろよっ」
群集が荒れ狂い始める中、あらゆる罵詈壮言を受けるも、スセリは表情を変えず、必死に説明を続けようした。丁度そのとき、突然怒号に近い声が群集の耳に響き、一斉に声のする方に視線を向けた。そこには会号衆のカツラが立ち尽くしていた。
「待て、皆の者。彼女はとても良い物を売る店、サイタニ屋を経営している。キミ達も足を運んだ事があるはずだろう」
「サイタニ屋って、あの店か?」
「なんか色々すげぇもの売ってるよな。俺も回復魔力が込められた石を沢山買ったぜ」
カツラの登場に、民の空気が変わってきた。
「そこに立っている店の店主、リョウマ・サイタニ殿は、我らガレリアの会号衆が、今、もっとも信頼を置いている商人だ。その銀行というものについて、せめて話だけでも聞いてみないか」
カツラは会号衆の中でも特に発言力が強く、ガレリア王都の民達も信頼を置いている商人だった。そんな彼の一言に、群集の心が揺れ動き始めた。
「カツラさん・・・」
スセリはカツラを視線を合わし、丁寧な仕草でお辞儀した。これが私にあなたに出来る唯一の手助けですよ、スセリビメ。そんなことを想いなから、カツラは群集の先頭に立ち、スセリの話を聞くことにしたのであった。
「カツラさんがそういうなら・・・」
「おい、ハンバーグ好きそうな子供、その銀行で、一体俺たちの金をどう利用つもりなんだ。」
スセリは子供で見た目も幼いゆえか、多くの民たちに、彼女はきっとハンバーグが好きなのだろうと一方的に思い込まれている。父親であるヨウドウも、ゼントも、ミヨシも、密かにそのように考えていた。しかし、彼女はハンバーグは好きでも嫌いでもなく、割と渋い味覚をしており、今は軍鶏とラズルシャーチで手に入れた菓子、柿の種に嵌っていたのであった。
「聞いて下さい、皆さん。銀行は、単に民の皆さんのお金を預かって、守っておくだけの場所じゃありません。皆さんから預かった大切なお金は、何か商売がしたいけどお金が足りないという人や、生活の為のお金に困っている人、会社、時には国家に資金を提供し、期限を設けて少し利息をつけて返して頂くようにするのです。例えば100万ジェルで店を興したいという方には、商いの内容を厳密に審査した上で、融資する価値がある、私達が信用出来ると判断したら、100万ジェルを御貸しし、頑張ってお店を経営してもらいます。そして儲かったら、貸した100万に少し色を付け、例えば103万ジェルほどにして返していただきます。銀行は、色を付けた3万ジェルで長期的に利益を出し、皆さんの預かっているお金にもしっかり還元し、定期的に利息、という、ちょっと預けたお金よりも微々たる物ですが増えるお金をつけさせて頂きます。そういう行為を繰り返し、利益を出すのが銀行というものです。銀行に預けるだけで、ちょっとづつですが、自分たちのお金が増えていくのです。我がサラバナには、その銀行という会社があり、全ての民や商人、国家のお金をしっかり管理し、運用し、預かったお金には定期的に高めの利息をつけているのです。勿論、預かったお金は、いつでも自分の好きなときにお金を引き出し、預けるということが可能です。皆様が銀行に預けたお金が減る事は一切ありません。銀行はそういう物でございます」
スセリの力強く、堂々たる物言いを聞き、カツラは拍手を送った。それに釣られて、多くの民衆達も彼女に拍手を送り始める。そしてカツラが「私が最初の客になっても良いですか? リョウマ殿。100億ジェル、お預けいたします」と申し出たのである。それを聞いた他の民衆達も、各々金を預けたいと言い出し、そして直に店は大量の行列状態になった。店の前で受付をしていたムツとミヨシが口座開設の手続きを順次行っていき、ゼントは預かった金を金庫に運ぶ作業をしていた。
そして気が付けば、スセリ達は約2000億ジェルもの資金を手に入れることが出来たのである。スセリとムツは喜びを分かち合い、ミヨシはその様子をほほえましそうに見つめていた。ゼントは十束剣の影響で、深い眠りに落ちていた。
そんなとき、店に、いつかドワーフの里で出会った、小さいくせに足だけは長い悪人面のホビットの男がやってきたのである。そして受付に座っていたスセリに話しかけた。
「久しぶりだな、ハンバーグ」
「ん? 誰じゃ、おまん。口座開設希望か? なら手続きするぜよ?」
スセリは、たまたま出会った人の顔や名前を熱心に覚えることはなく、むしろよく忘れる子供であった。当然の如く、ホビットのことなど脳内から消え去っていた。
「おいお前、この俺のことを忘れたのかよっドワーフの里で会っただろうが?」
「ドワーフの・・・ああ、ひょっとして、ホビットの取立て屋か?」
「思い出したか、ハンバーグ。お前の話、聞いたぜ。面白そうだな。もし借りた金を返そうとしない奴がいたら、俺に任せろよ。キッチリ取り立ててやるからよぉ」
「あまり手荒な真似はせんといてくれ。皆が怖がるきに」
「馬鹿野郎っ貸した金返さないような屑は、徹底的に追い詰めるべきだぜ。そうでもしないと、銀行なんて成り立たないだろうがっ」
「まあ確かに、サラバナの銀行にも、債権を回収する会社と手を組んでたな」
「ならその会社、この俺様に任せてみろ。安心しろ、手荒な真似はしねぇさ。最初は優しく、眠れないようにしてやるだけさ、へへ」
「あのな、ホビット。それは最後の手段ぜよ。期限までに返済できない人には、更に利子をつけて、返してもらうのを待つもんだ」
「なんだ、温いな。自宅も財産も全部奪っちまえよ」
「だからそれは最終手段、と言ったろう。まあ他にアテがないし、おまんに任せてもいいが、ウチのいう事を聞かず、やり方を改めないなら、直に辞めさせるぞ。解ったか?」
「ああ、わかったよ、ハンバーグ女」
「ウチはハンバーグは好きでも嫌いでもない。今は軍鶏だっ」
スセリは少しムッとした表情で、ホビットにつっけんどんな調子で言い切った。
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