第36話『ヨウドウの策略』

 杖を使い、ガレリア王都に戻ってきたスセリとミヨシは、さっそく自らの店を新装開店し、いつものように商いを始めた。その一方で、ムツは王都外縁の草原でひたすらに剣を振るうゼントの修行に付き合う日々を過ごしていた。十束剣は、抜いた瞬間に猛毒状態に陥る。そして、所持しているだけで常時睡魔に襲われる、呪われた剣でもあった。ムツはゼントに万が一のことがあってはならないと、彼の猛毒状態を解除するため、寄り添っていたのである。

 

 ゼントは既に十束剣を巧みに使いこなせるようになっていたが、自らの体内を循環する猛毒には耐え切れず、途中で膝を付くことが多かった。その度に彼は剣を鞘に収め、ムツから解毒の治療を受ける。


「大丈夫かい、ゼントさん」

「ああ、すまないな、ムツ。」

「剣にも慣れてきたみたいだし、ミヨシ君に稽古相手になってもらったらどうだい?」

「いや、それは無理だ。この剣は、長時間は使えない。確実に勝負を決める、その一瞬にかけるためだけの剣だ。普段は木刀で戦わないといけなくなるだろう」


 ゼントの言葉を聞きつつ、ムツは十束剣を抜いたときの彼に違和感を覚えていた。


「ゼントさん。あんた、その剣を抜いたら、突然レベルが見えなくなってたけど、気づいてるかい?」


 剣を振ることに夢中で、剣士も気づかずにいたが、十束剣を引き抜くと、レベルが一気に100倍に上昇するのである。それは、流浪が魔綬によって付けた特別な力である。


「レベルが・・・そうか。なら、剣を抜いたとき、身体能力も大幅に向上していたのは、そのためか・・・」

「何だかよくわからないけど、あまりその剣は多用しない方がいいね。体に負担がかかりすぎる。最悪寿命を縮めるよ」


 ムツの助言にも耳を貸さず、ゼントは再び十束剣を引き抜き、今度は自らがかつて習得した流派、示現流の大上段の構えを取った。そのあまりにも無防備な姿に、ムツは「それじゃ斬られちゃうよ」と警告するが、ゼントは「いや、これでいい。今俺の中で、この剣を有効活用する手がかりが見つかったような気がするんだ」と苦しそうな表情をしつつ、返したのである。


 ゼントとムツが草原にいた頃、スセリとミヨシは、再開した店の切り盛りに大忙しであった。特にミヨシは初めての接客や会計に戸惑い、スセリに優しく手ほどきを受けていた。しかし持ち前の柔軟性と吸収力で、ミヨシはすぐに仕事を覚え、そつなくこなせるようになっていた。


「商いとは、中々に大変ですね」

「まぁな。でも一番ミヨシ君に任せたいのは、ウチの護衛と店番だ。賊に入られたら、退治してくれ。」

「承知しました」


 二人が話している最中にも、客が次々と押し寄せてくる。武の国であらゆる物珍しい調度品や、武器、防具、アイテムを調達してきたスセリは、それを目玉にガレリアの民たちをひきつけていたのである。調度品やアイテムは、カバンで在庫をちゃっかり増やしていた。

 そして少し店が落ち着いた夕刻、スセリの店に、会号衆の一人、カツラが尋ねてくる。最初は客人としてきたのかと思ったスセリだったが、彼の重々しい表情を見て、直に不穏な気配を察知する。


「よう、カツラさん。どうした。会号衆達との融資の話し合いはまだ1週間後だろう?」

「その話で、やってきたんだよ、スセリビメ」


 そしてスセリは、カツラの口から、信じがたい言葉を聞くのであった。


「会号衆は一切投資しないって、一体どういうことぜよ?」

「落ち着いて聞いてくれ、スセリビメ。誰かはわからないが、サラバナ人が、キミがガレリア王都を拠点に活動してることを、王国に密告したようでね。」


 非常に申し訳無さそうにそう語るカツラに、スセリは思わず視線を落としてしまう。事態は飲み込めなかったが、何か良くない事が起こったのだろうと察したミヨシは、神妙な面持ちになった。


「なんということだ・・・それで、今の状況は? 会号衆は大丈夫なんか?」

「私は大丈夫だが、サラバナ領事館の外交官に呼び出され、スセリビメに金銭的な協力をしたら許さない、と圧力をかけられた」

「そか、なら、仕方ない。投資の話は無しにしよう。幸い、土地を買うお金も貯まってるしな」

「それだけじゃないんだ」

「まだ何かあるのか?」


 カツラは、一度咳払いをしてから、スセリに衝撃的な一言を告げる。


「トットーネ氏に、スセリビメと関わった罪として、直に500億ジェルを払わないと、牢獄に軟禁されることになったんだ。更に経営していた全ての店を差し押さえ、されてしまった」


 その事実を聞いたスセリは思わず声を上げる。そんな命令を下すのは、自分の父親以外考えられない。


「・・・そんな・・・それは、父上、いや、ヨウドウ公の命令ということか?」

「ああ、そうだ。だから、我々としては、あなたに協力したいが、出来ない状況になってしまった。申し訳ない。」


 カツラは非常に申し訳無さそうに、スセリに一礼した。それに対し、彼女は思わぬ申し出をしたのであった。


「謝るのはこっちの方ぜよ。国の王族として、詫びるきに。トットーネさんの500億、ウチが払って不問にさせる」


「しかしスセリビメ、そんなことをしたら、せっかく貯めた資金が・・・」

「いいんだ。これはウチの責任だから、トットーネさんを救わんといけん。金のことなら心配するな。また地道に稼いでいくぜよ」


 スセリは内心追い詰められていたが、表情には出さず、カツラを笑顔で送り返した。


「スセリ様。一体どうしましょう」

「ふむ・・・まっこと、世の中はそう上手くはいかんもんだな」


 流石のスセリも頭を掻き、店内の椅子に腰掛け、新たに金を稼ぐ算段を考え始めていた。


「建国祭のときに戻られて、国王と交渉してみてはいかがです。実の父親でしょう」

「それは無理だ。父上は、一度決めたことは絶対に撤回せん」

「なんと・・」

「建国祭・・・あのサラバナが、何だか恋しくなってきたぜよ。建国祭のときだけは、国民中がお祭り騒ぎで、トマトをぶつけ合ったり色々するんだ。銀行なんかも、商いしたい人に無担保で融資してくれたりするきに。」

「銀行とは、何です?」

「住民や商人達のお金を預かってくれる施設だ。まだ世界にもサラバナにしか無い」

「サラバナにはそんなものがあるんですか。武の国では金は家で管理して、基本奪い合うものですからね・・・武の国にも銀行が欲しい物です」

 

 ミヨシは母国の窮状を憂う。


「そうだな。あるといいな。全く、建国祭のときだけだな、サラバナが良い空気になるのは・・・はあ・・・ん。」


 そう呟いたとき、スセリの脳内に、突然突拍子もない閃きが産まれたのであった。そして立ち上がり、ミヨシの手を取り、彼に感謝の言葉を述べ始める。事情がよくわからないミヨシは、少し困惑していた。

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