第35話『クシナダ姫の約束』
来賓室を出て横に並んで歩いていたスセリとムツは、互いに喜びを分かち合っていた。少し後ろに付いて来ていたミヨシも、何だか小気味よい感覚を覚えていた。自らが間もなく売られる身の上であることは承知していたが、スセリビメに買い取られるのならば、本望であった。彼女のために、忠を尽くそう。若き優秀な少年槍使いは、新たなる自らの旅路に、胸を躍らせていたのである。
「やったなリョウマっあの国王の脅えた面、民の皆に見せつけてやりたかったぜ。威厳なんて丸つぶれだよ、いい気味だぜっ」
「うむ、ちぃとばかし、ムキになってしもうた。ウチの悪い癖だ。直さんといかんきに」
「とにかく、これで目標金額に到達だ。しかもお釣りが来る。街を作る金も少しは出来たぜ。しかも会号衆達から400億も投資してもらえる。あたし達としては大助かりだよ。」
ムツは有頂天状態になって喋り続ける。そんなときだった。戦姫クシナダが、来賓室から飛び出してきて、スセリ達の後を追いかけ、そして呼び止めたのである。二人は振り返り、クシナダを見つめた。
「ねえ、スセリっ」
「? ・・・何でしょう? クシナダ姫?」
「そんな畏まった喋り方はやめてっ」
「そのように申されましても・・・」
「あなた、この国の実情に、心底幻滅したんでしょう?」
「・・・それは・・・」
「正直に言ってっさもないと、試し切りさせてもらうわよ?」
「うっウチは今、猛烈に怒っちょるきにっ正直この国の土は、二度と踏みたくない気分ぜよっ」
売った武器をチラつかせるクシナダに対し、スセリは正直に答えた。
「同じね。私も、この国が大嫌いでしょうがないの。母国なのに、愛せなくて・・・。」
「・・・・クシナダ」
「何とか国を変えたいと思ってるんだけれど、私には、剣を振るうことしかできない・・・」
「・・・おまんの心は、真っ直ぐだな。ウチと同じだ。そのままでええ。いつか、ウチが、何とかしちゃるぜよ」
「ありがとう。私ね、凄く胸がスカッてした。あなたがこの国に来てくれて、本当によかった」
「ウチも、おまんに会えて良かったぜよ。おりょうのこと、よろしくな」
「任せて」
クシナダは胸に手を置き、スセリに微笑みかけた。かつてみたこともない姫の様子に驚いたミヨシは、瞳を丸くする。
「ねぇスセリ・・・・その、もしよかったら、その、この私と、その・・・・」
「おまんのこと、気に入った。友達になろうや」
スセリは満面の笑みを見せ、そして包帯の巻かれた右手を差し出した。クシナダはその手を見て心を痛めつつも、優しく両手で添えるように握った。
「スセリ・・・・例え国同士が少々険悪でも、私とあなたは、その、お友達、ということで・・・お願いね」
「わかっちょる。いつの日か、一緒に祖国をもっと良い国にしていこうな」
「ええ。決めたわ。私、今年のあなたの国の建国祭に出席するっ」
クシナダの思わぬ申し出にスセリとムツは素直に喜んだ。未だラズルシャーチ王家の者は、サラバナ王国の土を踏んだことがない。もし現実となれば、歴史的な喜ばしい出来事となる。
「ホントか? そいつは嬉しいぜよ。父上も喜ぶだろうな」
「船を使って、1週間で行くわ。だからスセリも、そのときは、私をもてなして」
「うむ。。。もてなすか、そうは言っても、ウチは今街作りの真っ最中だし・・・国に戻ったら、父上にしばき倒される状態ぜよ」
「なら私があなたのお父様に、この剣を振るってあげるわっあなたがやったみたいに、ね」
「ははは、そいつは愉快だな。世界最強のクシナダ姫に剣を抜かれたら、たまったもんじゃないきにのう」
そして二人は朗らかに笑いあい、再会を誓い合った。
最初は、自分の街さえ作れれば、それで満足だったスセリの心は、今、嵐のように大きく揺れ動いていた。本当に、それでよいのであろうか? この世界の国々は、あらゆる深刻な問題を抱えている。世界一の富裕国サラバナの王族で、権威を示せる立場の自分が、一度真剣に、世界中の国々を歴訪し、このオフェイシスを綺麗に洗濯していく必要があるのではないか? いや、そんな大それたことは、自分には不可能だ。スセリの志は、少しづつ、だが大きく膨らみつつあったが、今はまだ、花開くことはない。
「後は、ガレリアに戻って、会号衆から投資してもらうだけだな。それが済んだら、土地を買って、街作りの準備だ。忙しくなるよ、リョウマ」
陽気な調子のムツに、スセリも応じた。
「そうだな、ムツ。でも、楽しみじゃ。ウチは絶対凄い街を作っちゃるきにのう」
二人がミヨシに先導され、城を出たとき、門の外、馬車の近くでは、ゼントが腕組みし、立ち尽くしていた。右腰に十束剣と木刀を装備しており、口元は衣服に合わせて青い布で隠されている。スセリは思わず再会できた相棒に駆け寄り、抱きついた。
「ゼント、おまん、何処行ってた? 無事だったか? 怪我はないか」
「俺は問題ない。お前は無事なのか」
「ウチは全然元気だっこれからガレリアに行って、会号衆達に会ってくるきに。おまんも来い」
明るく元気に話すスセリと仲間達に、ゼントは自らの新しい剣のことを話した。それを聞いた一同は、目をひん剥く。
「他の者達には、剣の秘密は他言しないでくれ。俺はこれから、この剣を使いこなすための修行を行う。俺の仕事は終わりだ。ガレリアに着いたら、後はお前達で頑張るといい」
「何を言う、ゼント。おまんも仲間だろっ一緒にずっとついて来い。金ならいくらでも払っちゃるきに」
スセリの力強い言葉に、ゼントは呆れたように軽く笑みを浮かべ、「承知した」と述べるに留まった。
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