第34話『民の代弁者』
翌日。スセリとムツは再び来賓室に呼ばれ、リシャナダ王、クシナダ姫と向かい合って大テーブルに座り、自らが提供した剣の金銭交渉が行われた。その話の中で、リシャナダ王はこの度の襲撃事件について、口先だけの詫びの言葉を挟みこんだが、サラバナの姫は王の心の内を見透かし、素直には受け取らなかった。
スセリビメの手元には、今、600億ジェルある。そして、クシナダに自らが持ってきた剣を最低500億ジェルで売れば、お釣りが来る。だが彼女の内心は、激情に燃えていた。武の国の荒みきった瞳をした民の姿、威張りちらす自称強き者の兵士達。隙間風の耐えない木の家で凍えながら暮らす弱き者扱いされた者達。自らが目撃した様々なラズルシャーチの民達の姿に、自らの国の現状が重なり、スセリはもはや国王に嫌味の一つも言わずにはいられない精神状態になっていった。それはサラバナ人の悪癖であることは心得ている。スセリは常に自省している。だが、今この時だけは、武の国の民の為に、言わねばならぬことがある、と彼女は強く考えた。
スセリはリシャナダ王に、800億ジェルを吹っかけた。それに対し、リシャナダ王は難色を示したが、隣に座っていたクシナダが王を睨みつけ、「では、700億でいかがでしょう」と申し出た。この交渉が纏まれば、スセリは1300億ジェルを手に入れる。これだけあれば、充分である。彼女は納得し、交渉は成立し、立ち上がると、王と握手を交わした。
その後、スセリはとある長い質問を投げかけた。
「ところでリシャナダ王、最後に、ご質問したいことがございます」
「質問? 何でしょう?」
「・・・何故、この国は、非常に優秀な兵士を、商品として他国に売りに出すのでしょう? 兵士というのは、国家の資産でございましょう? そんな簡単に手放してしまっても、よろしいのですか?」
スセリの質問に、王は雄弁に答える。
「答えは一つです。優秀だからこそ、高く売れるから売りに出すのですよ。我が国は、国民皆兵士です。男女年齢限らず、全ての民に生まれたときから兵役義務があり、入軍試験がございます。」
「試験とは?」
「べヒーモスと一人で戦い、勝利した者だけが合格です。我が娘クシナダは、2歳でべヒーモスを瞬殺してみせたのですよ」
リシャナダ王は、さも得意げにスセリにそう語ってみせた。少女は表情を崩さず、更に話を続ける。
「2歳ですか。私だったら逆に殺されておりますね・・・」
「弱き者は死、あるのみっ心折れた者に、生きる価値なしっ。それがスサノオノミコト様からのお言葉です。そして、私は王として、強く育て上げた兵士を、治安の悪い他国に高く売ることで、莫大な富を得て、そして世界の治安を維持しているのです。今その場にいるミヨシも、非常に優秀な強き者ですので、もうじきハインズケールに売りに出す予定なんです」
「そういうことですか。ですが、そのような行いを嫌がって、国から逃亡する民も多数いると聞きましたが? それに関しては、いかがお考えでしょう」
「構いませぬ。この国から逃げるような者は、所詮弱き者、棄民です。代わりはいくらでもおりますからね。この国には、強者しか必要ありません。弱き者には木の家を与えよ、強き者には石の家のみを。それがスサノオノミコト様が決めた、国家の方針の一つでございますよ」
一体この国は、民の命をなんだと思っているのか。ただでさえ怒気の強くなっているスセリの心が、更なる炎に包まれる。が、決して表情には出さなかった。隣に座っていたムツだけが、彼女の怒りに気が付き、不安を感じていた。
「ふむ・・・それは凄いお話ですね。私も、そのような厳しい掟がある国だとは祖国で学びませんでした。勉強が足らず、申し訳ございませんでした」
「いいえ、構いませんよスセリビメ殿。あなたは国賓、どうぞゆるりと、好きなだけこの国に滞在し、商いをなさっていって下さい」
「では、ゆるりと一つ、商いのお願いがございます。」
「商い? 何です?」
「クシナダ姫は付き人にすると申しましたが、おりょうと、その弟、強き者のカクは私が買い取り、これから作る街で生活させたいのですが、よろしいでしょうか?」
「スセリビメ様・・・」
スセリの予想外の交渉を聞いたクシナダは、思わず「ちょっと待って」と、声を上げる。しかしリシャナダ王がそれを遮った。
「・・・いいでしょう。」
「ついでに我が命を救ってくれた恩人、ミヨシシンゾウも、私が買い取りたく存じます。しめて三人、いかほどになりますか?」
スセリの申し出に、リシャナダ王の心はどす黒く染まり始めていた。いくら神器とはいえ、700億は払えない。ここで回収しておこうと考えたのである。
「・・・三人合わせて、400億ジェル。でいかがでしょうか?」
リシャナダの要求金額をスセリが呑めば、剣の価値は実質300億にまで下がることになる。それでは目標金額に届かない。焦ったムツがリシャナダ王に話しかけようとしたが、スセリがそれを遮った。
「承知致しました。では、その金額で・・・」
「おいっリョウマっお前何言ってんだよっ」
リシャナダ王は、不敵に笑う。その笑みを、スセリは逆手に取ってやることにした。
「・・・と、申し上げたいところなんですが、リシャナダ王。今回、私は、国賓として扱われながら、あろうことか、生命の危機にさらされてしまいましたね。サラバナ王国のスセリビメが、世界一の戦争強国、偉大なる武の国で暗殺未遂事件っもしこのような事が表沙汰になってしまったら、ラズルシャーチは面子を失ってしまいますでしょうなぁ」
「・・・そっそれは、その・・・」
突然のスセリの挑発的な物言いに、リシャナダの心は焦燥感に包まれた。そんな王の心理を見越し、スセリは優しく、こう続けた。
「安心して下さい、リシャナダ王。今回の事態は、一切無かったこととして、祖国にも報告致しません。ですが、その代わり、ほんの少しだけ、王が先ほどおっしゃった金額を、お気持ち程度に下げていただきたいのですが、いかがでしょう?」
平たく言えば、黙っててやるから金を出せ、という、スセリなりの恫喝であった。今スセリは、世界一の戦争強国の王を相手に、本気の恫喝交渉をしていたのであった。
「そっそれは・・・ちょっと・・・それは、それということで・・・何とか。その、今日のところは、穏便に、お引取りを・・・」
「国王っ私には、今、実に、8000億ジェルものっ懸賞金がっかけられております。王がその気になれば、私がこの場から離れた後、特殊部隊を率いて、この私を拘束し、祖国に送り返すだけでも大儲けができるでしょう。ですが、その代償は、とてつもなく、高くつく、と、だけは、申し上げておきます。その上で、今一度、先ほど申し上げたことを、改めてお願いしたいのですが?」
「(リョウマの奴、完全に武の国の王を恫喝してるよ・・・全く何やってんだよって言いたいけど、正直もっと言ってやれって気分だ。この国は、心底クソッタレの集まりだからな。特にこの王は、スセリのことなんて、一切心配なんてしていやがらねぇ)」
ムツは言葉に出さず、密かにスセリを鼓舞した。
「・・・お父様、ミヨシの価値は、確か100億にございましょう?」
このような状況になってきたら、クシナダが必ず動き出すであろうことを、スセリは見越していた。そして、自らの予想通り、戦姫は実情を吐露してくれたのであった。
「おいっクシナダ。突然何をっお前は黙っておらぬかっ」
「いいえ、黙りません。おりょうの弟のカツは、強き者とはいえ、せいぜい20億程度の価値しかない、正直申し上げて、下の中的な存在です。そして姉のおりょうは、もはや金額すら付けられない、いずれ棄民になるか、毒を飲むか、国から抜け出すか、という宿命ですよ? そのような者達に、400億というのは、幾らなんでも暴利が過ぎます。そんなことを続けていたら、お父様の方が、いつか暗殺されてしまいますね・・・」
クシナダの言葉に、リシャナダ王は歯軋りしつつ、言葉を発せずにいた。
「クシナダ姫様・・・」
「スセリビメ、今のお話、見舞い金代わり、100億で、お互い手打ちに致しませんか? ただし、おりょうとカツは私の付き人と致しますので、購入するのは、ミヨシ・シンゾウだけにしていただけないでしょうか?」
「おい、クシナダッ」
「100億ですか、承知致しました。では、これにて交渉成立ということで!! よろしいでしょうか? リシャナダ王?」
「それはちょっと・・・」
「・・・お父様? この私の、新たなる強き剣が、まだ血を吸いたいと、疼いておりまして。後で手合わせ、付き合っていただけませんこと? この私、命のやりとり、してみたいと考えております」
クシナダは猟奇的な目つきをして、自らの父親に迫った。それを見た王は観念し、交渉に応じることにした。
「わっわかった。万事承知致します。では、その、100億で、ミヨシを・・・・」
「本当に、100億でよろしいのでしょうか? お父様?」
「100億で、よいのですね? 国王?」
「いや、その、80億で・・・いかがでしょうか? スセリビメ様?」
リシャナダ王は自ら値を下げてきたので、スセリは快く応じることにした。
「実に結構でございます。お互い良き取引でございますな。クシナダ姫は最強の武器を手にし、更に王国の世紀の大失態が、優秀な兵士一人80億で手打ちに出来る、実に愉快でございますよ」
「ええ、そうですね。本当に、良き取引で、ございましたな・・・」
こうして、スセリ達の交渉は無事に終了した。彼女は700億から80億を引いた620億円を、ラズルシャーチ王国から頂く事になったのである。これで彼女の手持ち金額は1220億ジェル。目標金額に到達したのであった。
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